眠る虫の作品情報・感想・評価

上映館(1館)

眠る虫2019年製作の映画)

上映日:2020年09月05日

製作国:

上映時間:62分

あらすじ

「眠る虫」に投稿された感想・評価

tnsnkn

tnsnknの感想・評価

-
バスを舞台として人が入れ替わっていく事で空気も変わっていく感じがとても好きだった。
休日は昼まで寝ているみたいな映画だった気がする。咀嚼して美味しいスーリーはなくてもいいのかも。あと、今みたら多分スリッパの呼吸で鬼滅の刃思い出してた。またみたいなー
グリーンピースバンド


ひとつ以上の緑のアイテムを身につけるとあなたもグリーンピースバンドに入れる。バック演奏で休符の間、うんうんうんうんと拍子をとってうなずいている往年のビートルズみたいな髭づらの小さなひとらの奏でるシュール。指の腹でおしてあげるとつるんぴゅーんととんでいった、緑の小玉、木霊、谺響、こだま。あの人はぷらっとでかけていった。いまもどこかの街なかを連結して走ってる。「乗りものって人の体の中みたいな音してるよね」「まるでサラウンドシステム5.1ch」「自動扉ってなんか健気」「案外運動量多そうだよね、閉めた後けっこう呼吸乱れてるし」「白筋って感じ」。緑のバス、緑の吊革、他愛のない会話をしてさ。
03

03の感想・評価

3.5
人の生活を縫うように肉薄した距離に近づき生きていけるのは電車よりバスだよね。ってラストシーン見て思った。
S

Sの感想・評価

3.0
不思議な体験だった。
まずサウンドデザインが特徴的。BGMに別のメロディーをかぶせたり、片方のステレオだけから鼻歌を流したり(その方向に座っているお客さんが鼻歌を歌い出したのかと思った)、バスのブザー音が極端に大きかったり。
これは明らかに意図的だろうけど、ごく小さな音量で"せりふ"が流れるときもあった。耳を傾けていないと聞き逃してしまうような繊細なところもある。
かと思うと主要人物たちが随分スムーズに事態を受け止めていて、その骨太さにおどろくところもあった。脚本に台詞として書かれた言葉は私の好みとは少し違うかなとも思うけど、主人公の佇まいは良かった。
緩い感覚の異人譚。

お婆ちゃんのキャスティングは如何なものか、と思うけど、バス内の長回しはとても良い雰囲気でしたね。
ただ、あの小箱。事務所で使ってるいろんなゴム印を納めた古い木箱そっくりで。そこはちょっと違和感。

一時間強という上映時間がぴったりくる素敵なひと時を過ごすことができました。
肉

肉の感想・評価

4.3
信仰のない時代にしか生まれなかった映画だとおもった。
あとは、バスの中を、後部座席の真ん中を焦点に置いた一点透視図みたいな撮り方で撮るので、画面の奥から手前に空間が拡大し劇場内の他の人たちごと映画に巻き込まれる。分かる?音があちこちから聞こえてくることもあり、劇場で観るべき作品
東佳苗

東佳苗の感想・評価

4.3
いつ観に行ったか覚えてない、フワーッと地に足が着いていない気分の時に観たので夢だったのかなぁ〜と思ってしまった 
そういう名前のない感情の時に観たいなぁと思える映画が一番すきで いつだって世界に必要
彼岸と此岸の境界を溶かすような作品だった。虚構と現実あるいは夢と覚醒の境界と言い換えてもいい。

前半、ありふれた日常の長回しを映画館の暗闇の中で観ると、映し出される日常が悪夢化する。物語性の欠如により意識が物語を求めて些細なディテールに過剰に注目し、強迫観念を誘発するから。この映画は意図的にディテールに意識を向かわせるつくりになっている。主人公はミュージシャンであり、音に対して神経症的なほど鋭敏で執着している。そんな内面の表現として、このような手法を使う映画は初めてだった。

後半、登場人物の関係性=物語性が出てくると、神経症的悪夢が世界を見つめる繊細さと化して、ネガポジ変換のように温かみを帯びてくる。そのために前半の無機質な冷たさがあったのだろうか。温かさをもたらすのは他者との交わりであり、それを媒介するのは死者である。生者と死者を媒介するのが「音」であるというのもとても示唆的。死にゆく者の五感の中で最後まで残るのは聴覚である、とはチベット仏教の教えだが、監督がそれを知ってか知らずかはともかくとして、この映画では此岸が彼岸に内包された入れ子構造として描かれている。映画の内容は虚構だが映画を観るという行為は現実である、つまり映画鑑賞とは入れ子構造の体験であることと、この映画のつくりは直結している。監督はそのことに極めて意識的であるように思った。

さらに言うなら、そもそも現実は入れ子構造なのだ。我々が現実と呼ぶものは、実は五感からの入力情報を基にして脳が組み立てた虚構である。10人いれば10通りの微妙に異なる現実がある。いや、精神状態が変われば現実は容易にその様相を変えるので、10通りどころではなく現実のあり様に際限はない。世界とは意識内容のことであって、完全に客観的な世界などあり得ない。夢と覚醒の違いとは、感覚器官からの情報入力により世界が絶えず修正・統制(つじつま合わせ)されているか否かであって、脳が組み立てた虚構という意味では本質的な違いはない。夢と覚醒が地続きであることを、この映画は示そうとしている。特に終盤のオーバーラップによる死者の視点から世界が描かれるシーンなどにそれが如実にあらわれていた。恍惚となる瞬間であった。

いろいろと理屈を重ねたが、実を言うと観ている間、あまりの心地よさに何度か寝落ちした。通常の娯楽映画の場合、寝落ちすると物語の脈絡がわからなくなって自分の中で作品内容が破綻してしまうものだが、この映画はそうならなかった。まどろみと映画がみごとにリンクして、ふと目覚めると夢の続きがスクリーンに映し出されているかのようだった。そういう映画体験を与えてくれたのは、この監督とタルコフスキーだけである。
yuka

yukaの感想・評価

3.7
ある出来事をきっかけに死者と遭遇するという話は結構よくあると思うんだけど、この映画ではあちら側/こちら側といった境界がそもそも存在しないような雰囲気で、死んだものと生きてるものが自然に混ざり合う世界観

ポレポレの音響が良かったのかもしれないが、あちこちから響く立体的な音がとても心地良かった
>|