川の流れに草は青々の作品情報・感想・評価

「川の流れに草は青々」に投稿された感想・評価

Tyga

Tygaの感想・評価

3.7
やはり、子どもが沢山出てくる映画というのは好きだ。

これなんか、子どもが沢山遊ぶこととうんちを冷蔵庫に入れるやつと、牛乳パックに入れてくるやつがいること以外、5年経てば忘れてしまいそうなのだけれど、それでも好きだ。

そんで、最後には大人まで遊びはじめちゃったから、もうなんかオールオッケーってなってしまった。

いつか、電車を走って追いかけてお別れを言ってみたい。
田舎の風景で物語を描くのが上手いホウ・シャオシェン監督の佳作である。 

ある田舎町に、代理教師としてやってきた若い青年ターニェン(ケニー・ビー)。 
彼と小学校の子供達、教師仲間の美人音楽教師(シャン・リン)とのほのかな恋愛感情、川など自然との触れ合いを描いていて、輝く映画になっている。 

冒頭の「電車と少年たちのかけっこ」は、やはりホウ・シャオシェン監督のどれかの作品で観たと思うが、どの作品か思い出せない。(今度、他のホウ・シャオシェン監督作品を再び観て探そう! 笑) 

少年たちが、学校で渡された検便をめぐって、容器を便所に落としたり、取った便を冷蔵庫に入れて母親に叱られるなど、ホノボノとしたエピソードも楽しい。 

台北からターニェンを追いかけてきたBMWに乗った派手な女のエピソードもグッド。 

川で魚を獲るのに、電気や薬を使って獲る男達が居て、川を守ろうとするターニェンは常に正義感にあふれた好青年という感じ。 

観ていて気持ち良くなる映画であった。

このレビューはネタバレを含みます

5.0連発するとこんなに素晴らしい映画見たとき困っちゃうな・・・。
図書館で男二人号泣してる光景は異様だっただろな。久々の慟哭シネマ。

ユートピアみたいな田舎の暮らし。子供は笑い、大人は歌う。働いて、恋をする。ひたすらこれが続けばいいって思ってた。

でも、そんな牧歌的なまんまで終わんない。大人と田舎のいろいろなところが露呈してくる。金、政治、ムラ社会、自然を壊す人間、、、

子供はいつも正しい、悪いことをするときでさえ。で、理解できないような大人の姿をみて、悩み、大人に反抗したりする。でも、そうして自らが大人になってしまう。狂気のなかで理性を保つのは狂気だから。。。だから、誰かが悪いとかじゃない、大人が悪いとかじゃないんだ。都会が悪いわけでもない。そういう二項対立を解体したさきに待ち受けるラスト、、子供と大人の境界も消えて、、みんなで遊ぶ。家族愛、歌、、永遠のサイクル。もうオールタイムベストじゃ・・・
なやら

なやらの感想・評価

4.0
初期の3つの中では一番好き。
清々しい川、綺麗な夕陽、いつもわちゃわちゃ走ってる子ども、、、
どこまでも果てなく続いているかのように見える線路×電車ラストのエモさ。ボックスシート。
あと村の映画館が下宿先って最高。
cinefils

cinefilsの感想・評価

3.9
前2作に比べ一気に変わった印象。アイドル映画でありつつも、造形等が格段に良くなっているし(坂道や階段の多い地形が面白い)、何よりも子供たちのイキイキした感じが素晴らしい。教室でのそれぞれの表情が皆バラバラでリアルである。

あと、列車のシーンも素晴らしかった。

それにしても、「風が踊る」とあわせ見るに、ウンコネタが好きなのか?
陽気な歌謡映画としての前2作の雰囲気を残しつつ、結構暗いエピソードを不意に挟むあたりが良い。

それにしても、ホウ・シャオシェンはウンコが好きなんやなあ。
かす

かすの感想・評価

3.0
典型的なメロドラマだが
物語が不快な方向に進もうとする瞬間
他の侯孝賢映画の片鱗がみえる
netfilms

netfilmsの感想・評価

3.6
 緑溢れる山々、靄がかった朝の水田地帯、台北から遠く離れたのどかな田園地帯では、今日も人々の生活が静かに始まろうとしている。トンネルを抜けてやって来る単線鉄道、瑞々しいブルーのディーゼル車がトンネルを抜けると、登校中の小学生たちが横並びに立ち、駅に向かって全力疾走で追いかけっこをする。ここは台北から通じるひたすら長い単線鉄道の終着地点。『冬冬の夏休み』のロケ地である銅羅(トンロー)と台北とのちょうど中間地点にある村・内湾(ネイワン)。登校する生徒の手から給食袋が川に落ち、幼い姉と弟は水面をしばし見つめる。校門前の線路を先ほどの青いディーゼル・カーが通過すると、勢いよく校舎になだれ込む村の子供たち。やがて朝礼の鐘が鳴り、学校のすぐ側に住む少年は、急いでランドセルを背負い、坂道をダッシュで駆け下りると、校庭に並ぶクラスメイトたちの後ろへ走りだすロング・ショットの光景。教室では答案用紙が返され、先生が悲しい表情で、家族とのインドネシア移住を知らせる。学期途中に降ってわいた悲しい報せ。子供たちが校庭で蹴球をしていると、背中にギターを抱えた青年が校庭に現れる。青年の前にゆっくりと転がるボール。「職員室はどこ?」という青年の問いに悪ガキたちは答えない。こうして臨時教師として学期末まで担任になることが決まったターニエン(鐘鎮濤)は田舎町に赴任して来る。

姉との入れ違いでの村への赴任。紹介された下宿先で主人公は運命のヒロインに出会う。今では休業中の映画館の二階、ここの管理人を音楽の先生チェン・ユースン(ジャン・リン)の両親がする縁で、2人はすぐに親密になる。2人の運命は最初の視線の交差ショットから全てが決まっていたかのようである。ステージに上がり、ミュージカル風に踊る人気歌手鐘鎮濤の嬉しそうにはしゃいだ歌声。肥満体の同居人との暮らし。微笑みかけるチャン・ユースンの笑顔。今作は前2作同様に、主人公とヒロインがロマンスに落ちるアイドル映画としての便宜上の体裁を保っている。更に免罪符として用いられるのは、子供達の屈託なき笑顔や無邪気な姿である。テストの点数を覗き見る姿、100点を取って自慢げにはしゃぐ少年、検便のうんちを冷蔵庫に保存する少年の可笑しな姿、テストに親の印鑑を勝手に押す子供、親に食事抜きを言い渡されるが、姉の機転により、勢いよく食事をする少年の姿、ホウ・シャオシェンの鋭い観察眼は、普遍的な子供心をしっかりとフレームに収める。川釣りの最中、大人が電気で気絶させ、魚を釣っているのを真似したところ、少年が誤って感電する場面など、若い時分の苦いエピソードを伏線として盛り込みながら、子供たちの好奇心と、ゆっくりとした心の成長にカメラを向ける。更に今作のレイヤーをより一層豊かにしているのは、途中に転校してくる身体の弱い美少女とガキ大将のうぶなロマンスである。成長の波に晒されるのは何も子供だけではない。『冬冬の夏休み』同様に、今作でも台北という大都会での生活に疲れた主人公が、田舎の自然溢れる森の中に分け入ることで、本当に大切なものを取り戻していく。ホウ・シャオシェンの映画は最新作『黒衣の刺客』に至るまで一貫して、美しい緑溢れる森の中に人間たちが吸い込まれていく。森、川、学校、子供、線路、電車、坂道、雨、映画館、自転車、ガジュマルの木などの数々の象徴的なイメージで映画を彩りながら、歴史という大きな流れの中に翻弄される田舎町の人々の姿を描く下地は早くも垣間見える。

中盤、校庭に現れた1台の車は文明社会からの警告のメタファーであり、その後、山道を散々連れまわされた主人公は、彼女の両親を悪く言うことで許しを請う。噂はたちまち村中に拡がり、ヒロインにさえ無視されるようになった主人公は父親に縋る。台湾や中国において結婚とは、両親の承認なくしては成立しないものだった。その傾向は日本以上に、台湾や中国の方では強かったのだ。前2作では盛んに親の求める政略結婚にヒロインを従わせようとしたが、今作では主人公のアイデアと機転が状況を打開する。監督は前2作のように三角関係や四角関係の恋の鞘当てにあまり深入りせず、目立たなかった成績優秀者の衆少年の父親の密漁を主眼に据える。魚に電気を走らせ、薬剤を撒き、自然環境を破壊した貧乏な父親の暴挙は、「愛川護魚」を掲げる主人公の理想とはかけ離れ、その姿はコミュニティの反感を買う。その様子に居た堪れずに、台北に住む離婚した母親の元へ衆少年と妹は家出する。やがて駅員に補導され、駅に駆けつけた先生と父親の姿を見た衆少年の失望は云うまでもない。彼は優しい母性を欲しているのである。ラストの環境保全の幸福なイメージに、コミュニティの一応の安定化は図られたように見えるが、台湾語を話す外省人である彼ら親子の未来は決して明るくない。一見、見事なアイドル映画を作る一方で、ホウ・シャオシェン独自の批評性やメッセージは至る所に感じられ、前2作までの田舎vs地方の構図以上の、隠しきれない普遍性と親和性を帯びている。台湾ニューシネマが世界を席巻した1980年代後半直前の、批評性とアンビバレントな幸福感に包まれた第1期の無邪気な傑作である。
叙情的で、牧歌的。瑞々しく、そしてどこか懐かしい。
しかしノスタルジーを喚起させるものではないこの不思議さ。
田舎の独特な地形を子供たちが動き回り、カメラが自然とフォローするかのような錯覚が心地いい。
rico

ricoの感想・評価

3.4
映る風景の昭和感がハンパない、、、既視感、、、
のっけから爆発する瑞々しさと伸びやかさで、話の内容的には昭和の青春ドラマ。

葉っぱをお面にする、傘にする、フクロウ拾う、とかいちいち可愛い。
さりげなく道に置かれている昼食入りのかご、教員みんなで食べる作った賄いとか食事シーンも美味しそうな雰囲気でいいなと思ったりした。
学校の風景とか、なぜかなんとなくすごい湿度を感じる風景なのもいいな。
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