大河のうたの作品情報・感想・評価

「大河のうた」に投稿された感想・評価

mare

mareの感想・評価

4.0
オプー三部作の二作目。前作でオプーの幼少期を描き、今作は新しい地で暮らす家族とオプーが大学に進学するまでの青年期を描くが相変わらず観ていて辛すぎる展開。今作は母と息子という部分に焦点が置かれる。貧乏な家庭で唯一の希望であるオプーは勉学に励み優秀な成績を残し親の元を離れ新たなスタートを切る。時折、手紙を送られてくるも離れ離れの生活に母の心は痩せ細っていき、息子の自立や成長を喜びつつも孤独な日々をおくる母の姿は心が締め付けられる。その一方でオプーは晴れやかな青春を謳歌していて、故郷を退屈に思いなかなか帰省するに至らない描写だったり、かつてのような純粋さが見られず自分の道しか真っ直ぐに見ていなかったりと、本来なら親孝行であるはずの行為が無意識に心の距離を開いていってしまってるのは虚しい。もうやめてくれと言いたくなるようなラストシーンは衝撃。
Jeffrey

Jeffreyの感想・評価

4.8
「大河のうた」

冒頭、新生活の地ベナレス。ガンジス河岸、肺炎、結咳、夏の休暇に帰る息子、印刷所の屋根裏、田舎の生活、家庭の召使い、父親の死、母親の死、熱、学校、ガネシュ祭。今、大河の流れに似た人生の流転が映される…本作はビフティブシャーン・バナールジの小説"パテル・パンチャリ"を3部作構成で、サタジット・レイが監督・脚本を務め試みた第1部「大地のうた」に続く第2部である。オプーの学生生活に厳しいリアリズムの目を向けて家族の崩壊を見つめていくドラマで、1957年ベネチア国際映画祭金獅子賞受賞した監督の傑作の1本だ。この度、DVDボックスを購入して再鑑賞したが素晴らしい。




さて、物語は大都会に出た一家は相変わらず貧しい生活をしている。父親は風邪が元で死んでしまい、成績抜群のオプーは奨学金を得て大学に進む。オプーの成長だけを頼りに田舎で待つ貧しい母親は、息子との心の隔たりが痛手になって亡くなる。親戚たちは村に残れと勧めるが、彼は悲しみを超えて大教会に期待をかける。


本作は冒頭はから美しい車窓からの風景が写し出される。そこには河が見える。カットは変わり、男が鳩に餌を与えている描写に変わる。鳩は空を飛び街にありふれる。カメラはゆっくりと河に反射する夕日を捉え、そこに生きる人々の日常生活を静かに映す。そこに父親の姿がある。彼は水をヤカンに入れ階段を上り路地裏を歩き、新しい新居である自宅へ戻る。家では母親が掃除をしている。彼女は近くに学校があればちょこまか動く息子がいなくなって少しは静かになるのにと口にする。

夫が妻に欲しいものを聞き、息子の大好物などを買ってくるように伝える。そしてカットは少しばかり成長したオプーが物陰からひょっこりと出てくる場面を捉える。彼は街を走り回る。オプーは母親に2階にいるおじさんにマッチを2本もらってきて欲しいと言う。そして彼は2階に上がり、おじさんにマッチ箱を1箱もらい、それをストーブに使う。

続いて、川岸で父親が祈りをする。彼は帰りにお菓子を購入して帰宅するが具合が悪そうなのに気づいた妻があなたどうしたの…とおでこに手を当ててものすごい熱だと判明する。彼女は心配しつつ夫をベッドに横にさせる。そこでお小遣いで花火を購入した息子がやってくる。父親との会話、英語を教えてくれる友達がいると言う事を話す。

カットは変わり、具合が随分治った夫に薬を飲ませる妻、水飲み場に猿が来て驚く妻、勉強する息子、川岸で水を汲む夫、メガネを忘れたぞと商人に眼鏡を渡される場面がある。彼はまた河岸の前にある階段を上る最中に具合を悪くする。そして倒れてしまう。街の人に担ぎ込まれた自宅へ戻り妻に看病される。そして父親が死んだ途端にカメラは何百羽の鳥が空を飛ぶシーンをとらえる。

続いて、猿がたくさんいる神殿のようなところにオプーがやってきて猿に餌を与える。汽車に乗る母と息子、窓から外の風景を眺める。2人は新たな住み場所にたどり着く。そして夜、食事をする。彼は母親に近所の良い学校に行きたいと懇願する。母親はお金がかかるから分かってと伝える。だが、彼の姿が学校にある。

続いて、彼は学校では2番目に優秀と言うことで奨学金も出ると校長に伝えられる。そして彼はカルカッタで勉強しようと考える。反対されそうな母親にはなかなか言い出せずにいて、ある日思い切って伝える(この時、彼は成長して子役の役者から青年の役者へと変わる)。母親と口論になり、母親は息子を平手打ちする。それに対して黙って家を出てしまう。1人になった母親の姿が映される。

彼女は、息子の名前を呼び外に出て探し始める。そして彼を見つけて謝りに家に一緒に戻る。そして母親のへそくりを彼に見せて息子は驚く。彼女が少し持っていきなさいと彼に差し上げ彼は大喜びする。そして先生からもらった地球儀の模型を母親に見せて僕たちがいる地球はこれだよ、カルカッタはここだよと指差しする。翌朝、荷物をまとめていざ出発。へ…

オプーは紹介された部屋にその事務所で働くことを理由に家賃を無料にしてもらい共同生活をし始め学校に通う。そして母親に無事に着いたことをお手紙にして送る。ここから母親と息子のクロスカッティングが何回か映し出される。そして久々に2人は再会する。母親は少し身長が大きくなったねぇと息子に触れる。そして夜、息子に手料理を食べさせる。母親は何を食べているのと聞く。息子はいろいろだよと答える。そういった話が繰り広げられる。


翌日、街の大道芸人のパフォーマンスが写し出される。オプーは朝早いからと言い、ベッドで眠り始める。そして彼がまた大都会に戻ってしまう日、母親は悲しげな表情をする。そして眠っている息子の顔を眺めそっと彼に触れるそして呼ぶ。彼女は息子を起こさなかったことにより、息子が起き上がったときには遅刻寸前で、なんで起こしてくれなかったのと母親に言う。

そして彼はカルカッタ行きを逃し、自宅に戻り母親に間に合わなかったから明日帰ると伝える。母親は喜んだ表情で何か食べると聞き、彼は後で食べると言う。カットが変わり、様々なカットが映る。そして彼はカルカッタへと戻るのだった…と簡単に説明するとこんな感じで、孤独の母親を捉えるシーンが何とも言えない。





いゃ〜やはり名作である。
あの息子に貯めていた貯金を渡して、にこやかな表情で息子を送って行った後に訪れる母親の暗そうな表情がとても印象的に残る。それとカルカッタ行きの汽車に乗り、その汽車を上空から撮影する場面の線路の入り込んだ画作りがスタイリッシュだ(モノクロでより映える)。それに息子が母親の死によって大樹の横で座りながら泣く場面も切ない。

それにしたってこの作品もショックの連続で、新生活を求めてベナレスにやってきた家族が、ガンジス河の岸で経典を朗読して僅かに得られる金だけで生活を賄わなくてはいけないこの地獄のような生活が田舎町から都会に移っただけで、ほとんど何も変わってないと言う状況が観客に突き付けられた時、色々と考えてしまう。

その中で、我々に唯一の救いを与えてくれたのが、田舎町から都会生活に変わって、息子のオプーが都会生活の新鮮さを楽しんでいる姿を見れたことだ。ところが皮肉なことに、田舎町で風邪をひいて熱を出したことによって姉のドゥルガが肺炎で死んだ事柄が、父親にまるっきり同じ状態で襲いかかって結局父親も肺炎で死んでしまうと言うあまりにもひどい現実を母親と息子に突きつける点はあまりにもショックだ。

そしてさらに観客にショックを与える出来事がある。それは母親の唯一の生き甲斐とする息子の成長を新生活で見ることも出来なくる…それは2人は上流家庭の召使いとなって生活を工面することになるのだが、その家庭の主人にアゴで使われるのを見ていた母親が、耐えられずに叔父さんに頼んで息子と共に田舎に舞い戻ってしまうことだ。だが母親にはまだ周知が残る。

息子は学校に入り成績抜群で奨学金を受けてカルカッタの大学に入り、母親と離れて住むことになるのだ。それが母親にとっては耐えられない事実である。嬉しい反面悲しくてショックなのである。だが、少年から青年になった彼にとっては憧れの都会カルカッタでの生活は金銭面では辛く苦しいけれども、青春を存分に謳歌できる夢と希望に溢れた土地なのである。

そして母親はそういった中で、唯一の楽しみが年に1度増えるのだ。というのも今まではずっと一緒にいた息子が離れてしまって、なかなか会えない中で彼が夏休みで戻ってくる数日間が彼女にとっての新たな生き甲斐で待ち焦がれたものである。故郷での久しぶりの母子の対面は感動極まるものがある。だが、心の交流はそこまで埋まらずに、どちらかと言うと喪失しているような感じがして、それに対して母親は失望感を感じているのだ。息子との再会だけを待ち続けながらラスト彼女が大樹の下で死んでしまうクライマックスは号泣と言う話では済まされない。慟哭と言う言葉をこの作品に使いたい位だ。

そして最後に彼が決断した生活には果たして希望があるのかわれわれはこの時点ではまだ知らないのである。それを知る事はこの3部作の最後を飾る」大樹のうた」で明らかにされる。この映画を見て思った事は"大抵の子供は親を気にかけない"と言う事だ。そして小津安二郎の「東京物語」の一場面と台詞が走馬灯のように蘇る。それは原節子演じる娘がみんな大人になったら自分の生活でいっぱいいっぱいになって自分が大事に思うのよと言う場面と彼女の祖母にあたる叔母が亡くなってその祖父が死んでしまうのが分かっていたらもっと優しく接してあげればよかった…と言う場面が記憶に蘇る(そういった台詞だったかまでは忠実に思い出せないので、今自分が言ったようなセリフでは無いとは思うが、話の趣旨はこんな感じである)。




余談だが、前作の大成功にも拘らず、興行収入のほとんどがプロデューサーである西ベンガル州政府のほうに流れてしまって資金がほとんどなかったが、カンヌでの受賞を機に、小額の予算ながらにプロデューサーがつき、続編が同じスタッフで制作開始できたそうだ。ちなみに監督自体はギブスを足にはめて入院しなくてはならないと言う災難にもあったそうだ。

このレビューはネタバレを含みます

サタジット・レイ監督の表現は当時はきっと、センセーショナルだったと思う。
父親が死んだ瞬間に沢山の鳥が飛び立つシーン。
よくある表現ではあるのだけれど、何故だかそれが凄く新鮮に映った。
父も失い、母も失い、これからどうなっていくのか第三部が気になる所ではある。
息子が勉強したがっているのに、手元に置いておきたがる母親。
田舎はつまらないと連休なのに帰らなかったオプー。
母はオプーが帰ってくるものだと思い、汽車の見える場所でじっと待っている。
母の愛情。
若者の人生。
息子を手元に置いておきたい母親の気持ちもわかるし、勉強をしに大都会へと行きたい若者の気持ちもわかる。
どちらの気持ちもわかるだけに切ない。
天涯孤独になってしまったオプー。
これからどうなるのだろう…
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

3.5
【আমার ওটা চমৎকার লাগে ৷(とても美しいですね)】
サタジット・レイの踊らないインド映画。

父の死で田舎に帰った母とオプー。オプーは成績優秀で奨学金により再び上京。人生上り調子だが、母は離れる息子に喪失感を抱く。

親離れにより老いていく母をサタジット・レイ十八番の美しい音色に乗せて描く。

(毎回誰か死ぬオプー三部作)
field

fieldの感想・評価

4.0
オプー第二作、より母親の心情がクローズアップされてる。ドゥルガたち登場人物の行末、人数が絞られた分当然と言えば当然か。

なんて人生なんだ。蛍の明滅のように儚い人生、木陰で汽車を見つめ息子の帰り待つだけの生活が及ぼす心身への負担。転居したガンジス川沿いのベナレスで僧侶階級らしく聖なる川と共に生きた優しい父ホリの最期も悲壮だったけど。
田舎暮らしが身に付き田舎よりは都会の街で人が密に暮らす事に慣れなかった母、上階の住民にもそう。叔父の配慮で移った田舎でも人付き合いが出来ず、もう少し上手く生きられたなら楽しみを見つけ長生きしてたかも知れない。
別にと詮索する母に細かく話したがらない年頃の子供も気持ちも分かるな。ベナレスでは近所の子と走り回るもどこかフラットな印象だったオプーが猿のエサ上げでようやく笑顔を取り戻したのも田舎暮らしを彷彿とさせるからかな。しかし子供の方が遥かに適応力がある。理系に才能があり、カルカッタに一人移り印刷業をこなしながら学業に精を出す青年オプー。手紙もほぼ出さず帰省もそこそこ、幻聴を聴くほど心配する母をよそに。
叔父を見て事態を把握し座り込み泣きじゃくるも翌日に葬式も出ず戻る身支度をするオプー、叔父の祈りも受けず出る姿は一人で生きていく決意をしたのだろうな、母の為にも。

胸をはだけて眠り続ける姿に父の最期を重ねたか心配する姿や額を撫で優しく接する母の姿に愛情がよく出てる。母への後ろ髪を引かれながら学業に励む対照的な親子の隔たりがより一層強く感じさせるように思う。母の目の隈も凄かったな。
流れるように進む人生、タイトルも素晴らしい。
s0o0gle

s0o0gleの感想・評価

4.1
原題 : Aparajit

オプー三部作の第二作で以前第一作を見たんだけど続きをそういえば見ていないなと思って鑑賞。ちなみにすでに観たことはある。

このオプーってのがインド人にはどんな感じに映るんだろうね。この映画ではまだ学生だけど、そこそこ頭の良い層に属するとは思うから庶民性をどこまで持っているのかは不明なんだけど、学問を選んで母ちゃんを捨てる(捨てるって言うほど酷いことはしていないけど)みたいな、今までの糞家族を大事にするインド映画の基準から考えると割りとロックな選択をしているのかなと想像。
名作だと思うんだけどオプーの評価が気になった。
Imapotato

Imapotatoの感想・評価

4.5
前作と比べて、演出の腕が明らかに上がっているのがワクワクした。
第二部。
母ひとり子ひとりとなったオプーだか、都会での大学生活に溶け込み、田舎の母とは疎遠になりがち。寂しさに暮れる母は寂しく死んでしまう。
第三部は天涯孤独となったオプーのこれからか。
お母さんが重い。

重すぎて心配になってくる。

出歯亀の存在が嫌でした。こいつ、エスカレートしていくんじゃないかとずっと不快でした。

成長するオプー

どんどん大きくなるから頼もしくなってくる。

息子の進学を反対するお母さん

誰が私の面倒をみるの?

マジギレ

あちゃーと思いながら、その気持ちも分からんでもない。思えばずっと孤独だったからね。

朝、起こしてと言って眠ってしまうオプー。このお母さん、もしかして起こさないんじゃないの?

ドキドキした

オプーは揺り動かしてもピクリともしない。甦る恐怖に後ずさりするお母さん。ああこのお母さん、ずっと引きずってるんだなあって。

いつも物憂げなお母さんの表情からは、どこかにドゥルガの面影も感じながらも、いたたまれない寂しさだけが伝わってきました。汽車に乗り遅れるオプーの優しさが嬉しかったです。

文化、信仰、人々の暮らしを育んできたガンジス河の聖なる流れは雄大にして人の命が殊更に儚く感じられてしまう。生々流転。それはオプーの家族、オプーの人生を象徴しているかのようでした。
田舎に引っ越してから、学校で優秀な成績をおさめていくオプーは、母親の意に反して進学を決意する。

何度も登場する家から駅へとつながる道を、母親が寂しそうにぼんやり見ているシーンが印象的。
「乗り過ごしちゃった」と帰ってくるところがかわいらしかった。
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