《🇫🇷第7回映画批評月間
フランス映画の現在》⑳
マルグリット・デュラス全作特集⑯
監督の代表作『インディア・ソング』(1975年)と全く同じサウンドトラック(…
人物が映るカットは後半に片手で数えるほどしかない作品で、ナレーションによって語られる物語とともに、画面が移ろっていくだけなのだが、全ての自然光が余りにも見事かつ刹那的(瞬間的)。懐中電灯の使い方も、…
>>続きを読むここまでsens(意味、方向、感覚)を喪失、破壊させた映画を初めて見た。
表象、形式のどちらも何も成さず、『インディアソング』の、人のいた、エクリチュールの痕跡のみがある。
結果的に私には全くハマら…
2回目
人物の不在はもちろんだが、『インディア・ソング』で最も強烈に脳裏に焼き付いた赤い自転車の不在が、色彩の欠落をよりいっそう際立たせる。純粋なイメージから始まる空や海が色彩そのものへと転じる瞬間…
デュラス通い
違う映像に違う映画の音をぶち込むなんて(しかも2時間⁉︎)めちゃくちゃだし、無茶な映画ではある。
うたたねの中で目を開ければ何か廃墟と光の中に見えてはいけない人の霊のようなものが見…
−彼女は誰にも与えるの。彼は火と死に呼びかけ笑っていた。
アスファルトの亀裂
夕焼けの空
廃墟の居室を抜ける廊下
切り落とされた壁紙
割れた窓ガラス
人間がいない空間、声と話だけがある。不確か…
『インディア・ソング』を未だ観れていないので全部を理解できたとは言えないが、僕の廃墟好きもあって2時間楽しめた。
廃墟の先に海が出てくるのはダニエル・シュミット『季節のはざまで』を想起したが、シュミ…
前作の終わり、地図の境界から続く風化したアスファルトのヒビ割れ。建物の身体は風化し、経過した時間に破壊された亡骸。記憶は忘却の彼方から音だけが響いている。人を映していた鏡は透過し、ガラス窓から自然を…
>>続きを読む「インディア・ソング」(1974)全編の音声に、同作ロケ地のフィラーをのせた実験的作品。
本作と「インディア・ソング」が同じブルーレイディスクに収録されていて、うっかり本作を「インディア・ソング」…