上映後にカミーユ・ヌヴェール氏のたいへんハードコアな講演。
魔女狩りに代表されるような被=排除の気配を漂わせる「魔女」という語彙が、観客たるわれわれに魅惑の魔法をかける「魔女」として肯定的であること…
幽霊映画として観ると興味深い。正直な話、あらすじはほとんど掴めなかったが、フィックスの映像と台詞を排した効果で、登場する人物たちを場所に囚われた地縛霊のように映すことを可能にしていた。
また鏡の向こ…
疲れ切った体で見る映画ではないことは、大使館のパーティーのシーンで船を漕いでしまったことが物語っている。しかし、上映後に行われた、カミーユ・ヌヴェール女史による大変ハードコアな、3時間弱にも及んだ講…
>>続きを読む1回目:2025.2.9、映画館
2回目:2026.6.13、DVD
ロンズデールの咽び泣く声とダレッシオの甘ったるいメロディが残響し続ける。時間が経つほど記憶に強く刻みつけられる忘れがたい映画。…
30年ぶりくらいに再見。ニュイッテン監修のリマスターがとても美しいからか、こんなにもワンカットごとに手の込んだ映像だったのか、とびっくりした。凝りまくったライティング、コントラストの低い逆光のシルエ…
>>続きを読む語られる/映されるのは過去の存在であり、それ自体痕跡としてのエクリチュールである。
語りの主体である〈声〉のエクリチュール、忘却という記憶の痕跡。
唯美主義的な映像が苦手だった。
上映後の批評家…
流れるようにpanされたカメラが映すのは、実際にそこにある、目に見える景色だけでなくその場に残った記憶、人の残り香、残像とも言えるような朧げながらも確かな姿である
人物を直接撮るのではなく鏡を使っ…