ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホームの作品情報・感想・評価

「ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム」に投稿された感想・評価

松本

松本の感想・評価

3.7
カッコいいなぁ!
1位がビートルズのヘルプで、2位はボブディラン。彼らは永遠に音楽の歴史の中で語り継がれるだろう。

#331本目
60、70年代のロックやそれ以前の音楽が好きな人にオススメ!
なにより、ボブ・ディランを好きなら絶対。

ローリング・ストーンズやボブ・ディランなど、自作の映画へのBGMに好きなロックを用いるスコセッシ監督のこだわりも感じました。
やっとボブディランの良さがわかる歳になった、最高だ、くそかっこいい
nosonoka

nosonokaの感想・評価

3.4
60年代激動のアメリカとフォークの狭間のボブ・ディラン音楽史映画
フォークソングに影響されたルーツとデビューから数年間の短い期間を濃厚に深々と描いている
が、なかなか長く時系列も行ったり来たりで解りづらい
ボブ・ディランのことも、当時のアメリカの公民権運動などの時代背景もほぼ無知の状態でこの映画に挑むとやや難易度高めかもしれない
50〜60年代やそれ以前の貴重なアーティストの映像が見れるだけでかなり価値のある映画であることは間違いない
20そこそこの青年が作った歌をプロテストソングと大衆は崇めてはフォークの貴公子と代名詞を付けてもてはやし、歌詞に意味や説明を付けようと理解したがるマスコミや周囲の大人、大げさな自分のイメージや期待に戸惑う
歌いたい歌を歌う、ジャンルとかメッセージ性とか社会的意味とか超越して言いたい事を歌にのせる、当時の社会情勢に縛られ揉まれながらも若さと抵抗を爆発させる
それにしてもこの頃のボブ・ディランはアイドル並の容姿でどこか可愛らしさが残っててイイ!と浅はかな感想を持つ自分もレッテルを貼りたがる大衆の1人に過ぎない
取り巻く人々に辟易とし疲れ果て⌜ただ家に帰りたい⌟と吐き出す
ブーイングが響き渡るホールに吐き捨てる“I don't believe you!You're a liar!”からの⌜ライク・ア・ローリング・ストーン⌟の怒涛のエレクトリック演奏は心を打つ
NONAME

NONAMEの感想・評価

4.0
ボブ・ディランの歴史をすべて見せてくれる映画ではなく ボブ・ディランの誕生から あの突然のバイク事故と隠居生活までを追い アーティストとは一体何なのか アーティストの偉大さをこれでもかと見せてくれる素晴らしい映画だ。

ディランがのっけから登場し ベラベラと半生を語る。これが淀みなく喋る。これだけの歴史を生きてきたのだから まあ語ることはたくさんあるのだろう。さまざまな過程で 社会的背景や音楽シーンの中でボブ・ディランそのものがどのように形成されていったのか をこれほどストレートにわかりやすく見せるのは それはそれで至難の業であろう。
とにかく よくもまあこれだけの素材が残っていたものだと感心せざる得ない。アメリカという国は無敵に広いからいくらでも残しておけるだろう。人々も 無駄に長生きしたりするのだろう。
もしディランそのものに関心なかったとしても これは本当に見事なまでにアメリカのポピュラーミュージックの歴史をレアな映像(いや 実際にはそれだけでなく ジャック・スミスのアンダーグラウンド映画の断片さえ登場する!)で構成しているので 見る価値は十分にある。特に前半に登場するオデックの映像には ガツンとやられた。これは衝撃だ。僕などオデックなんてベスト盤みたいなものしか聴いていなかったので この映像を見られただけでも感謝しなければなるまい。あとジム・クウェスキン・ジャグ・バンドまで出てきたので絶句!そして(写真と言及だけだが)タイニー・ティムも‼︎
これはもう本当に興奮の連続である。死ぬ寸前と思わせる痩せ細りすぎたアレン・ギンズバーグの姿はちょっと痛々しいが まあこれも追悼の意をちょっぴり込めて感謝だ。
しかし ディランとスコセッシはこの今作で 音楽ドキュメンタリー映画は90%正しいけど 10%が違うんだよ と言っているかのようだ。その10%がアーティストなんだと思う。というかその10%がすべてであり それがアーティスト 表現 作品だと俺達に突きつけてくる。この映画はなぜディランが詩人ディラン・トーマスから名前を拝借したか なぜウディ・ガスリーになろうとしたか なぜフォークからエレクトリックになったかを描く それはなぜかとは映画では言っていないが ビシビシと伝わってくる。それはアーティストだからだ。『ブロンド・オン・ブロンド』のレコーディング・ミュージシャンが 「あれらの曲はボブ・ディランが作ったのではない 神が降りてきて作っていたのだ」と語っている。そうなのだ この映画はなぜディランに神が降りてくるのかを克明に描いている。それがディランがウディ・ガスリーになることであり 昔のフォーク・ソングを焼き直すことである そうしていくうちに神が降りてくるんだ。カッコいいじゃないか 神が降りてくるためにすべてを捨て すべてをオンにして全身全霊を捧げる それがアーティストなのだ。
フォークからエレクトリックになった時のヤジの中で演奏するディランの凄さ ほとばしる言葉 アメリカのフォークを現代の楽器でやり直す素晴らしさ それを理解しない頭の固い聴衆の中で文句も言わずただ素晴らしい歌を歌い演奏するディランは「地球は丸い」と言っているガリレオのようである。そうなんだ ガリレオもダーウィンもアーティストなんだ。

あと “ライク・ア・ローリング・ストーン”が元々は小説だったいう事実も初めて語られるんじゃないだろうか。関係ないですけど 日本人のほとんどが“ライク・ア・ローリング・ストーン”の歌詞/内容を「俺はいつまでも転がっていくぜ」みたいな解釈をしてるような感じがしますが それは誤訳ですから。「俺のことをバカにしてた奴 でも今はお前の方が落ち目だね 落ちていく気分はどんな感じだい」という皮肉な歌ですから。ボブ・ディランがそんな直球な歌歌うわけないからね。

それにしても歌ってものはいいもんだ。と心の底から思った。そういう興奮だけでグイグイと長時間を引っ張っていくのだが これはもうスコセッシが素晴らしいとかディランが偉大だとかそういうつまらない話ではなく さまざまな問題を抱えつつも やはりアメリカの文化という 浅い歴史なりに濃密なものを知り脅威するにはもってこいのドキュメンタリーである。
決してボブ・ディランに興味のある人のためだけには作っていない。これだけは強調したい。
音楽自体に関心のある人はもちろん ドキュメンタリーとしても もう文句なしの傑作である。

Natsu

Natsuの感想・評価

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We could listen to the songs and actually learn how to live.
mp96

mp96の感想・評価

5.0
ラッキーなことにNHKで鑑賞。

今も渋くてセクシーだけど、若い頃のボブディランてスーパーキュートでハンサムだ。悪戯っぽい表情と、若い未熟な表情の奥に自分の中の世界と世の中の評価の違いを見つめて少し戸惑っているような表情が垣間見れるところが、荒削りだけど魅力的。記者からの質問や、エゴイスティックなファンの対応に、独自のユーモアで切り返しているところがたまりませんね。
記者も転がされてるような空気。
後半の、僕の曲聞いたことないのに?っていうやりとりが何とも言えないなぁ。
売れっ子になった、スターにはある光景なのかなぁなんて。
当時のボブディランの人気と、社会や周りが評価するボブディランと、ボブディラン自身の表情や想い、その後に一曲、またその繰り返しで展開されていて、ボブディランの歌詞の意味とかこのフレーズがどういうことを言いたいのかとかが見えるような作りだった。
そして最後にlike a rolling stone で、監督マーティンスコセッシって、もう完璧やな。
NHKで深夜放映してたのを鑑賞。良かった。ヤングディランはカッコ良い。
名ドキュメンタリー
批判を受けながらも自分の音楽を作り続けるボブ・ディラン
こんなん普通の人なら精神がおかしくなりそう
感動した
個人的な音楽のルーツがジャズとクラシックにあって、ロックの官能を上手く受け取れず、40歳を過ぎてしまった。

私なりのロックの理解は、音楽的には、ブラック・ミュージックの "下手な模倣" が逆にとってもヒップだっということ、そして精神的には、2択があればいつでも、不利で危険で失われるほうへ向かおうとすることだと思っている。

だから、ディランは精神的にはロックかもしれないけれど、音楽的にはロックじゃないという直感があり、このドキュメンタリーを観て膝をうつような思いだった。

スコセッシ監督だからこその、すごくいい仕事だと思う。さすがです。