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ゴジラ1954年製作の映画)

GODZILLA:THE KING OF MONSTERS

上映日:1954年11月03日

製作国:

上映時間:97分

ジャンル:

3.9

「ゴジラ」に投稿された感想・評価

Mel

Melの感想・評価

4.2
ゴジラ:ビームを出して街を蹴散らし大暴れする大きな恐竜

怪獣映画に興味がなかったからゴジラの知識ゼロで、これが私のゴジラのイメージだった。
水爆実験による産物だったのか。思っていたよりシリアスで重い話だった。

博のお父さん(志村喬)がこちらでも教授で登場。学のある役が似合う俳優さんですよね。
研究熱心すぎてゴジラを殺してはならないとか何とか言っているが「んなこと、言っている場合じゃないだろ!!」と。
研究したい気持ちは分かるよ。でも、あかんだろ。

あの有名な音楽も何度も流れて、ゴジラムード満載になりました。

1954年の映画としては圧倒的なクオリティーで素晴らしかった!冒頭の津波で家が流されるシーンなんかどうやって撮っているんだろうと思えるほど。壊される家のほとんどがミニチュアなんだと思うけど、崩れすぎることを除けば本当によく出来ていてすごかった。白黒なのも相まって粗も目立たない。

ゴジラの方もお人形ぽさや着ぐるみっぽさはありつつも迫力はちゃんとあって、口からビーム(氷かと思っていたら燃えてた。放射能?)も出していてよく出来ていた。ちっちゃな飛行機に攻撃されているときに手がピコピコ動いていたのはなんか可愛かった~!

「さようなら、みなさん、さようなら」
この映画で一番強烈な印象を残した人物でした。
死が目前に迫っていながらも仕事を続けるアナウンサーとカメラマンたち。タイタニックの音楽隊じゃないけど、似たような魂を感じた。
派手じゃないのにこれほどまでに死の恐怖を見せつけられる演出はない。これは映画史に残る名シーンだ。

ゴジラから逃げ惑う人たち。大荷物を持って大移動。軍も出動。
まるで戦争のドキュメンタリーのようにリアルだった。終戦から9年しか経っていないからこそ出せた生々しさなのかもしれない。あそこにいる小さな子ども以外は全員戦争を知っているんだもんな……
それもあって"水爆実験を繰り返してはならない"と"化学兵器を世に広めてはならない"というメッセージを重く受け止めることができました。

芹澤さんはオキシゼンデストロイヤーを生み出したが、それが武器になることを恐れていた。
えみ子、泣いて謝ったからいいってもんじゃないぞ!!女は泣けば許されるみたいな考え方は良くないよ!
芹澤さんがお人好しで心配になりました。芦澤さんは例え資料を燃やしても自分がこの世にいる限りオキシゼンデストロイヤーを武器にしようとする人は消えないと考えたのだろう。私が心配した通りの結末になってしまった……

アインシュタインが核兵器を生み出した結果それが武器になってしまい後悔したのと同じだね。
人間は過ちを繰り返す愚かな生き物だ。欲にまみれた生き物で、自分たちのすることを正当化しようとする。

今後も水爆実験が繰り返されるかもしれない。あらゆる社会問題が提起がされている想像以上に深い映画でした。そして、ゴジラも被害者じゃないかと。

でも、総じて純粋に面白かった!!

そしてある意味では続編を匂わす終わり方になっていて、続編ができたのも納得でした。
ゴジラって親戚多いね!?
OMRICE

OMRICEの感想・評価

3.8

このレビューはネタバレを含みます

名作遅刻シリーズ。
この作品も遅刻してた。
思っていた以上に二次大戦の色が強くて驚いた。燃え上がる東京。泣き叫ぶ人々。水爆。兵器。放射能。ラジオに祈る姿。特攻隊的セリザワ博士。皮肉どころじゃないなーこれ。
女性議員っぽい人が事実は公表すべきだって言ってるのも印象的だった。実況のような語りもおもしろい。志村喬さん出てたのも知らなかったから驚き。オキシジェンデストロイヤーはかなりぶっとんでるけど、そこは気にしない。
観たい特撮がいっぱいあったので鑑賞

予算の都合もあるかもしれないですが、めちゃくちゃ人間関係がメイン。時代背景もありますが、日本人として考えさせられます。

特に国会のシーン、逃げ遅れた母子、ラストは個人的にぶっ刺さりました。
メモ
怪獣"という言葉は、紀元前の中国で編纂された書物"山海経"において、妖怪を指す語として使われたのが起源であり、以来日本でも同様の意味で使われている。
つまり怪獣とは妖怪のことなのである。

では妖怪とはなにか。 柳田國男氏の著者"妖怪談義"の「前代信仰の零落した末期現象」という表現に代表されるように、妖怪とはすなわち信仰を失った八百万の神様(あるいは御霊)の成れの果てなのだ。

上記を踏まえた上で初代ゴジラについて考えてみると、ゴジラは太平洋戦争(あるいは核)が顕現した姿だという通説にも合点がいくだろう。

ところで議論がやや前後するが、ゴジラが怪獣(妖怪)になってしまった理由を明確にするために、ここで戦後東京の町並みの変遷についても少し言及しておきたい。
国土地理院のホームページではおよそ100年分の古地図を検索できるが、これを参照すると終戦の45年からゴジラの54年の間に東京の町並みは50年頃の戦争特需を経て様変わりしていることに気がつく。人々は高度経済成長の熱気に浮かされ、それがどんな意味を持つかを考える前に過去の遺物を破壊しコンクリートで押し固めてしまったのだ。ある映画監督はこの時代の東京にはもはや戦後なるものは存在しなかったと述べていたがまさにその通りであろう。社会や歴史の巨大記憶装置であるはずの都市から戦争の記憶を削除してしまったのだ。

だからゴジラは怪獣になったのだ。そして東京はその逆鱗に触れたのだ。ゴジラはコンクリートの街を踏み潰して東京大空襲もかくやという火の海に変え、人々は9年ぶりに"疎開"という言葉を口ずさみ、ラジオからは賛美歌が流れ、放射能汚染で赤子が息絶えていく一連のシーンは圧巻である。東京に戦争状況を再現したのだ。ゴジラの東京上陸は決して青天の霹靂などではなく、戦争を忘れた東京(あるいは日本)と人々に対する積年の祟りなのである。
そのためゴジラには通常兵器が効かない。大砲や機関銃で祟りを鎮めようなんて論外なのだ。
ゴジラは芹沢博士を人柱とすることで鎮められたが、私はあのシーンは英雄的自己犠牲とか特攻の再現というよりも、戦争に囚われた男が怒れる怪にシンパシーを覚えて心中するシーンに見えた。
 54年制作の本多猪四郎監督によるゴジラ映画の第一回目の作品である。

 その前年に公開されたハリウッド映画「原子怪獣現る」がほぼ下敷きとなっている。

 日本の怪獣映画の元祖と言っていい存在であるが、そもそも怪獣という言葉はまだ無く、映画の中では「巨大不明生物」と表現されている。
 それは水爆実験がもたらした太古の生物が巨大化したもので、自然を破壊する人類に報復をしてくるという筋立てであった。

 時代的に1945年以降人類は2000回に渡って核爆発実験を行なっており、しかもそのほとんどが海中を含む大気圏内での実施であった。
 ビキニの水爆実験による日本の第五福竜丸被爆事件も54年に起こっており、世相としても自然破壊、放射能汚染に敏感な時代であった。よくもまあ輝くようなブルーラグーンの中で水爆を爆発させるものである。

 こうした背景の中で「ゴジラ」は大自然からの報復のメタファーとして誕生してきたのである。

 映画自体はモノクロ、特撮技術もまだ稚拙で着ぐるみ、模型破壊の世界であったが、実は私はこの稚拙感がたまらなく好きである。というか愛しいに近いかもしれない。
 言い換えればアナログでリアリティーを出そうとする努力、心意気にほだされると言ってもいいかもしれない。
 デジタルには無い物理的仕振りが心地よいのである。
 それってレトロ回顧趣味?と言われるとあながち間違ってはいないかもしれない。であるが故に余計な事まで考えてしまう。

 ゴジラの中に入って水中に潜るシーンって相当怖かったんじゃないかとかゴジラが大戸島の民家を襲う時と東京に現れた時のビルや鉄橋、電車のサイズ感は合っているかとか一方で考えている自分がいる。
 その点良くできている。

 問題なのはその後に作られていくこうした特撮ものの中に手抜きなのが見え見えで不埒千万極まりないものが多くなっていく事である。
 場面によって怪獣のサイズ感が変わったり、怪獣の背中にYKKファスナーが見えたり、宇宙船の噴射煙がひたすら上に昇っていったりといい加減にしてもらいたい。
 TVに至っては言語道断である。
 仮面ライダーの宿敵ショッカーが宇宙船から車に乗って降りて来たそのフロントガラスに車検マークが貼ってあったり、仮面ライダーを追いかけるショッカーが車で右折するのにウィンカーを出したりするのを観たことがある。

 アナログ感満載だけれどこの映画は手を抜かずに一生懸命に撮ってると感じる。
 白黒で暗い場面が多くゴジラがはっきりと見えないところがまたいい。
 大戸島の山の尾根の上に巨大な頭を昼間出すシーンがあるが、凶暴性がなく大山椒魚のような丸いシルエットでむしろ愛らしい。
 この頃の方が良かったのに時代の変遷の中でいつしか凶暴な顔つきになっていく。

 そして志村喬演じる古代生物学者と狂気の破壊兵器オキシジェン・デストロイヤーを創造した芹沢博士の対比もいい。これって手塚アニメでよく出てくるいい博士と狂気の博士の設定に似ている。
 それでも芹沢博士はこの兵器を秘密裏に廃棄しても自分の頭の中に知識が残っている以上自分が死なない限りこの兵器が拡散してしまうとして自らがこの兵器を持って特攻するのである。
 この辺りは原爆開発者であるロバート・オッペンハイマーへの面当てもあるかもしれない。

 ところで志村喬は同年制作の「七人の侍」にも出演していて超多忙であったろう。老け役が多かったとは言え当時まだ49歳であった。

 兎にも角にもこの映画から怪獣映画が盛況を極めていくことになるが、自分の中では愛すべき一本となっている。
特撮の金字塔。白黒だがストーリーはとても深く科学的な要素が豊富。時代が時代のためしょうがないが、特撮技術が稚拙に見えてしまう…。
takumi

takumiの感想・評価

4.0
ここまで色褪せない名作とは思わなかった。素晴らしすぎる。
どう頑張ってもこれは超えられないんだろうな。
全ての始まりの映画
昔の映画だけど今見ても全然見れる素晴らしい作品
tyapioka

tyapiokaの感想・評価

4.0
2019.06.03
2度目の観賞。1度目の観賞時は、そこまで感動せず、見返すこともないだろうと思っていたが、時間が経つにつれジワジワ見たい欲求が高まった。エンタメ的に面白いか、というとゴジラの登場時間は短く、演技も大根、ストーリーもどこか説教臭いため微妙なところ。しかし、ゴジラという神々しさと禍々しさを兼ね備えた存在が素晴らしい。メッセージ性を組み込んだ怪獣モノとして手本となるべき作品だと思った。ゆっくりと歩くところにモンスターとは違う雄大さがある。モノクロなのもどこか不気味でよい。口から吐き出す放射能より、それによって燃え盛る街のビジュアルが恐ろしいのは戦争を経験したからこその描写力なのではないか。そして、何より音楽とゴジラの鳴き声が凄まじい。少し音割れしている荒さに痺れる。オープニングの凄いものが始まったぞ、という感覚は中々味わえない。
2020.09.12
音割れのようなゴジラの咆哮がよい。疎開、父ちゃまのところへ逝く、さようなら、の台詞が自然に出てくる時代だったのだと歴史的な観点から評価を高めてしまう。怪獣のスタンダードをつくりあげた功績も大きい。ゴジラのビジュアル、背鰭を光らせるアイデアや黒々した皮膚、長い尻尾は完璧。今でも大迫力で見劣りしないかと言われると全肯定はできないが、溶ける塔、曲がる塔、崩れる建物の演出とズンズン地響きのような足音は今でも見惚れる。テーマのある怪獣映画なため、スナック感覚になった怪獣映画と違ったしこりが残るのが心地よい。白黒ゆえの怖さもあった。
特撮などはスゴくチャチ(当時は最先端)。だがメッセージはメチャメチャ伝わる映像はオマケ作品。
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