脳内ニューヨークの作品情報・感想・評価

「脳内ニューヨーク」に投稿された感想・評価

m

mの感想・評価

3.0
30分置きに「ヒ〜まだこんなにある」って思いながら観た
チャーリーカウフマンの映画、湿ったダークコメディみたいな雰囲気がどうも死にたくなっちゃって苦手
後半部分の“完璧に作り上げたセットの中で役と現実が入り混じる”って設定だけ美味しくいただいた。主人公の孤独が加速していくのが、観ていて辛かったけど。全体的にじめっとした展開や、やけにリアリティのある比喩表現が多くて取っ付きづらかった。
めちゃくちゃおかしなことが起こりまくるのに誰も(見てるわたしも)気に留めない。そんな人生をなんの疑問も持たずに受け入れて今を生きる。自分の役を演じるその時を待ちながら。

大多数にとって人生や運命ってそういうもんだろう。でもこの映画の主人公であるケイデンにとっては違う。

ケイデンは自分の頭の中を生きていて渇いた自分を満たしてくれる、自分を「特別(主人公)」だと思える何か(劇的な死やマイノリティであること)が自分の身に起きることを期待している。そんな風に人生をメタに据えてしまうこと、人生を演出することそれをエゴだと言われてもそのエゴを捨てないと孤独に枯れていくのだとしても捨てられないケイデンの気持ちはなんとなくわかる。
一見同じような出会いや別れすれ違いを繰り返しているだけでなく、時間軸も順番もわからなくなるということで脳内を生きる主人公ケイデンの孤独がより伝わってきた。

人の人生を羨むわけではないし、何が起きて欲しいわけでもない、人生はドラマじゃないとわかっているのに、些細な事で思い悩み火事の家に住む様な勇気もないくせに、わたしにはいつ起きるのだろうと思ってしまうのだ。
そんな利己的な脳内の世界がどんどんと膨らんでいくのもそれを止められないのも。それを止めることができるのは死だけだということも。とてもリアルだと感じる。

見終わった後は妙な爽快感と安堵感に包まれ不思議とスッキリした気持ちになった。わたしのこの傲慢で利己的な発想も恐怖や孤独もいつかは終わるんだ。
現実と虚構、絶望と希望、不安と期待の中を彷徨うようなフィリップ・シーモア・ホフマンの演技が素晴らしい。彼が演じているケイデンが決して悪い人物ではないと思えるのが救い。
まぁ、それにしても不可解なことだらけでちゃんと解説とか読んでみようかなぁと久しぶりに思った。そんな映画。
seta

setaの感想・評価

3.2

このレビューはネタバレを含みます

意味が分からなかった。
とりあえず燃えてる家で普通に話してる度おかしくてしょうがなかった。あれは一体なんだったんだろう…。

日本人から見て外人の区別がつきにくいからもっと分かりやすい配役だったらよかったなぁ。わがままかもしれないけど。
ネット

ネットの感想・評価

5.0
すごく面白い!とかはないのだけど、この映画が世界に存在していること自体が救い。この映画がある限り誰も自殺願望の映画を撮らなくていいし、誰もこれ以上の自殺願望映画を撮れないと思う。映画を見てここまで鬱々としたのも久しぶり。この世に存在する平凡な人間の平凡かつ果てしなく深い苦しみ・絶望・あらゆるネガティブさを一身に引き受けているよう。ラストがマジでキツい。
ただ長い。さすがにちょっとダレる。
フィリップ・シーモア・ホフマンとキャスリン・キーナー、二人とも大好きな役者。『カポーティ』のペアでもある。サマンサ・モートンも良い。ていうか役者陣がみんな良い。しかもカウフマンなので、老人メイクへのこだわりっぷりが半端ではない。
歳月の重みと愛は比例せず、線上の運命は相違させるために二本ある。本物と偽物、つまりは二つの偽史があり、正しい個人史などは存在しない。そんな状況下で起こるドラマに誰が哀愁を感じずにいられようか。

つまりは、偽史を演じるのではなくて、演じることで全員が偽史に加担していく。その様が本当に切なすぎる。
KS

KSの感想・評価

4.5
死をテーマに、ある男の孤独を描いた映画。

著名な劇作家である主人公は、徐々に体の自由が効かなくなり涙や唾などを薬品で頼るようになっていく。それは演劇的な行為であり、自分の人生が演劇の一部となっていく。


演劇的な行為が自分の一部なのか、自分の一部が演劇的な行為なのか、その境目が分からなくなっていく。

本作には複数の女性が登場するが、その女性たちは性的な部分があからさまに強調されている。それは女性における演劇や映画といったエンターテインメントの中にある男性が作り上げたアイコン(偶像)としての女性像を表しているのだろうか。しかし、物語が進むに連れて、立場や役や性別と言った役割がミックスされていく。

自分を規定しているモノは何だろうか。相手を見ているつもりでも、それは自分の認識であり、自分以外の何者でもない。演出の声が入る事で、上演された舞台なのか、彼の実人生なのか、それとも両方なのか。全ては自分の中の出来事なのかもしれない。そして、どんな人も、ちっぽけな自分として死を迎えるのだろう。そういう意味では誰もが悲劇を生きているのかもしれない。でも、最後に歌がある事で、それでもいいのかなと、全てが美しい物語に変換される。不思議な作品。

12年ぶり2回目の鑑賞。
JT

JTの感想・評価

5.0
大きな渦の中に小さな自分がひとり
小さな他の人間たちに見向きもされない
一瞬で過ぎる生涯で浪費され消費される
小さな仕事と小さな食事を済ませて
なんとなくごまかしてただやり過ごす
誰も長い時間を持たないのに期待して
死が待つことを知ってても考えはしない
自分の役を演じては誰かに演じさせて
世界に失望しては人々にまた失望して
優しさとか愛なんて本当はそんなにない
本当に大切なものなんてきっと数少ない
そうやって生きては誰かを失望させる
自分と他人が抱えているものは同じでも
それを簡単に割り切れたら面白くもない
結局はみんな傲慢で身勝手で必死だ
人生は尊いだなんてもう聞き飽きたし
愛がどうだこうだってのにもうんざり
所詮ちっぽけな自らの存在を否定する一生
何者も何者でもなく特別でもなんでもない
だからもっと嘆いて怒って涙を流しなよ
死んだらみんな一緒になっちゃうんだから
弱く在ることで美しく愛しく感じられるから
Fsuke

Fsukeの感想・評価

5.0
チャーリー・カウフマンはマジ素晴らしいですね。
こんな映画ばっかりだけど、大勢の熱心に映画を見てる訳じゃない人達からしたら、意味わかんねーで終わりじゃん。

でもその反面わりとシンプルに帰結する。
実はかなり真摯な人なんじゃないかなと思います。
映るもの、登場人物にメタ的な意味や比喩があって、全く物語に関係ないんじゃないかと思えるような人物にまで、スポットライトがあたる。

頭の中のごちゃごちゃを整理するように、最後は自分を見つめ直して、身の回りの人達がどれだけ人生に影響を与えてるか実感する。

シリアスな終わり方が多い気がするけど、見た人の人生もメタ的に繋がっていると考えたら、かなり前向きな映画ばかりじゃないか?
“もう終わりにしよう”もそんな感じじゃないか?
こじつけすぎ?

あと、最後まで見たら、大体こんな話かなって思えるけど、前半意味わかんなすぎて、全く頭に入ってこないのは困ったもんだ。
誰だって、なんで家燃えてんねんってなるでしょ。
大口叩いて、満点つけたけど全然分かってねーわ。
大好きな世界観なんだが、ちと難し過ぎる。

入り組んだメタ構造が面白いのだが、それがもう途中からかなり複雑化してきてけっこう置いていかれてしまった。

断片的に理解できるところを見つけては、ああーこういうことをしたいのかと楽しめる。でも、全てを理解できていないストレスも少し今作は大きかった。

もうほんの少しシンプルになれば、僕の中では傑作になったかもしれない。でもこれはただ、僕の理解が追いついていないだけな感じもするので少し悔しい。

てかカウフマン何作か見て思ったけど、赤髪の女性好きすぎだろ。性癖なのか、過去のトラウマなのかめちゃくちゃ気になる。
>|