11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たちの作品情報・感想・評価・動画配信

「11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち」に投稿された感想・評価

菫

菫の感想・評価

3.5
美に殉じた男と、三島に惚れた男。

三島由紀夫が「楯の会」を結成し、11月25日に自決するまでを丁寧に追った作品。
井浦新さん演じる三島は、まるで冷たい炎のようで、圧倒的な存在感だった。
自宅で観ましたぁ〜。

訴えたい。
この国のために。
この国を考えているから、

武士道。
日本の文化。

死ぬ事は、美しい。
決して、醜くない。

という、
そんな三島由紀夫の言いたかった事が伝わってくる。

映画としては、
事実を追うような感じになってるかも、、、。


ドキュメンタリーの、ほうも観てみたい。


やっぱり映画は面白い🤣
kuu

kuuの感想・評価

3.8
『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』は、メッセージ性は強い社会派作品を撮ってきたって云う若松って監督が、三島由紀夫が自決にいたるまでの日ーとその心中の葛藤を描き出すぅ!!ってプロットです。DVD で
『三島由紀夫vs東大全共闘〜50年目の真実〜』を見る前に(まだ予定だけど)と思い立ち、再度鑑賞しやした。俳優陣たちからは熱~い意欲が伝わった。決してクリソツとは云えないARATAやけど演説は真に迫ってたし、似てるかなって錯覚はありましたね~
三島の思想にイカれて共に割腹しよった森田必勝役の満島真之介も大味ながらピュアさが見えるし好感を持てました。
『三島由紀夫vs東大全共闘〜50年目の真実〜』と合わせて観るもよし、単発で観るもよしです。
偖、かなり脱線しますが。
三島って人は、ともすれば国粋主義者というよかUltraが付く超国粋主義って描かれる事が多々あるかなぁ。 
なら、三島は内心から超国粋主義者であり、日本の当時の現状を憂いていたんやろか?って疑問がいつもある。超国粋主義なら、(ファンの方には失礼ながら)とるにたらん三文野郎やと思う。
小生にゃ、どないしても三島の盾の会てのや、帝室制度に対する考えも、己の死の演出装置にしか思えへん。
三島は、初めての手慰み体験が『聖セバスチャン』やてのは有名で、
絵画『聖セバスチャン』
矢で射られ、苦悶する美青年の姿に、若き日の作家・三島はトキめいて、自らからの『ヰタ・セクスアリス(ラテン語で性欲的生活を意味するvita sexualis)』を告白するに至っとる。
彼は、セバスチャンの何に興奮し、美を見出したんか?
確かに素晴らしい作品やし、セバスチャンは中世から非常に信仰を集めた聖人で、
19世紀の世紀末ぐらいには同性愛の守護聖人って云っても過言じゃないかな。
オスカー・ワイルドも、ジェノヴァのパラッツォ・ロッソにあるセバスチャンの絵について、今までに見たモンの中で最も美しい絵だと語っとる!
『セバスチャンーー若い近衛兵の長ーーが示しよった美は、殺される美ではなかったか。
(中略)
彼自身もまたおぼろげに予知していた。
彼の行手にあって彼を待つものは殉教にほかならないことを。
凡俗から彼を分け隔てるものはこの悲運のしるしにほかならぬことを』
(仮面の告白)
三島の死に対する憧れはガキんころから一貫していたんやと思う。
せやし、ただの死じゃなく、何らかの形で英雄として、英雄の只中でなんらかに殉教することを望んでいたんちゃうやろか。
彼は自分を凡俗から分け隔てるために、現人神たるヒロヒトさんの復活を望み、
日本を憂い、
日本のために殉教し英雄になるという演出を着々と作り上げていたんやと小生は考えている。
三島は、自分の人生に対する死生観はAestheticism(耽美主義)が土壌にあると感じるし、ほんで至上の美とは彼にとって英雄の死ちゃうかな?
英雄の死てのは、英雄の状況の只中で死することではじめて美を構成する完結する。
どんな英雄であってもクソジジイになってもた英雄の状況を、過去として追憶の中死するのは、
美ではない。
つまり、殉死、殉教でなくてはならへん!(乃木希典がええ例かなぁ京都の伏見ら辺の年配者方々は神のように祭ってはった)
英雄は、そのさなかで死ぬんやからこそで、
つまりは老いさらばえ生きながらえんのじゃなくて夭折が説かれる。
せや、夭折の美を求めながら、三島は歳を取っていき焦燥感を募らせたんちゃうかなぁ!
せやから、彼は、英雄として散った西郷隆盛の49歳を夭折といえる限界と定めた。
乃木は歳を取り過ぎ、そやし、三島は自分の人生を完成させるためにや、死がなんとしても必要であったんやろし、
そのためには、天皇ちゅう宗教が必要であったんかなとも推測する。
また、それには、盾の会が必要であったんやろな。
ほんで、49歳までに自分が死ななければ自分のストーリーは完全なものにはならないと考えていたんやと自分は空想のなかで、三島の風景を見てる。
三島にとっての生とはいかに死を迎えるかということに収束されていたのであれば、葉隠れに惹かれていったのもよく理解できる。
武士道!
そうした日本的な精神論は三島の死生観と良く合致したんやろうなぁ。
それは、ヨーロッパの騎士道にもみられっかな?
ほんで、自ら死を決行する切腹はもっとも極限な美を作り出す殉教の形とも云える。
三島由紀夫本人と比べて井浦新の声がいいせいか、言ってることがすっと入ってくる。
crn

crnの感想・評価

3.0
美意識を煎じ詰めて論理を排した三島は、美意識にそぐわない現実を力で改変することで認知的不協和を解消しようとする。かいつまむとそれだけなのかもしれない。

どの時点まで遡れば文学者のままでいられたのか、ノーベル賞か、と考えたけれど、たぶんもっと昔。子どものころからの思想であり、三島由紀夫という文学者には、この自刃に帰結する(ような)彼でないとなれなかったのだろう。そう思わせる史実性を感じた。

三島という人のよく分からない面と闘争等の事実の捉え方によって、評価が分かれる作品。むしろ、純粋に作品として評価しにくい。三島と森田以外のキャラクタの弱さが作品の弱さにつながっているけれど、実際の二人の特殊性を示すため敢えてなのではないかと思った。
harunoma

harunomaの感想・評価

1.0
ゼロ以下。別に若松がいつも正しかったことはないし、実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(2008年)、海燕ホテル・ブルー(2012年)などはよかったが、ここまで調子に乗って、何か俺は語れるとか若松が晩年に考えていたのであれば、ほとんど老年の免罪符のような立ち位置として安い知識人になった。
三島由紀夫はギャグだが、そのまま上塗りのギャグを井浦新で再現することは、醜悪でしかない。
外側の中心の主題として、冒頭に三島事件を持ってきた『KT』(阪本順治)が唯一まともな時代感覚を持っていただろう。まぁ脂の乗り切った原田芳雄と佐藤浩市がいたからできたのだが。
森田必勝とか犬死そのままのキャスティングで安さと軽さを助長する。
デジタルのどこまでも明暗のないハイキーの曇ったコンビニ映像が続き、ゴミのような俳優が、クソみたいな台詞をしゃべり、どこまでも映画馬鹿げていた。最後まで見る必要なし。
若松はこの後、中上健次を撮るが、やはり最早くたばっていい類の映画監督であった。
アデュー。黒沢もいまこの領域にいるかも知れぬ。
あらた

あらたの感想・評価

3.5
純粋故に死に取り憑かれてしまったのだな。
やはり若松孝二は右翼より左翼を描いているほうがイキイキしているような気がする。
三島由紀夫は大好きなのに演技が大根すぎて見てられなかった。非常につまらなかった。W
り

りの感想・評価

5.0
みなさんのコメントで情報回収
一番に思ったこと、それは現代に三島由紀夫がいたら、今、日本はどうなっているのか?


頭の悪いわたしでも、この作品で三島由紀夫という人物がどのような方だったのか、少しだけ分かったような気がしている。
気がしているだけなのか、
少しつづ三島由紀夫に触れていきたい

この事件を後世に残してくれたことに意味があると思った。

若松作品、やはり大好きです。
m

mの感想・評価

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このレビューはネタバレを含みます

だめだった、、、最後まで見れなかった、、
三島由紀夫好きだけどあまりに、、
演技もウーン
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