17歳のエンディングノートの作品情報・感想・評価

「17歳のエンディングノート」に投稿された感想・評価

Mio

Mioの感想・評価

3.0
よかったと思うんやけど
全く内容が出てこないんだ

最後のシーン感動だった記憶
けーご

けーごの感想・評価

3.8
17歳の少女テッサは白血病。同情されることや死への父親との考え方の違いから毎日に嫌気がさしていた。そんな時、隣に住むアダムと出会う。そして二人は共に過ごす中で距離を縮めていく。--


ダコタ・ファニング主演。ダコタが演じるテッサは死に逆らわず余命を全うしようとするが、父はそんな娘を心配でたまらない。生きることに希望を持てないでいたテッサがアダムと出会ってから少しずつ変わり始める。

もう二度と会えなくなるその日を知りつつ、最後の時まで一緒にいようとする二人に感動した。アダムは大切な人を失った後も生き続けなければならない。そう思うだけで切ないし、テッサが部屋をめちゃくちゃにするシーンは苦しくなる。

「人生は瞬間の連続」。今を大切に生きることで未来がある。年を取ったときに、いい歳の取り方したな、と思えるように日々を過ごしたい。
Tako

Takoの感想・評価

3.7
人生は瞬間の連続、、。
こういう映画観ると毎日を大切にしようって思うけど、気づいたら日常に戻ってるよね。それがある意味幸せなんかね
おんなじようなテーマの「きっと星のせいじゃない」を先に見てたせいでどうしても比べてしまった。

テッサの苛立ちの理由が
病気のせいなのか
ティーンのそれなのか
よく分からなく描かれていたのが残念
17歳。子供と大人の狭間でやりたいこと、でもやれないことばかりが交錯する年頃でもあるテッサの葛藤を見るのが辛かった。

やりたいことリストはどんな年齢で書いても書ききれないけど、書き始めたやりたいことリストは刺激の中に(自分が生きてきた世界にはないものを求めて)生きてる実感を得たかったのかなと思ったけど、アダムと出会ってからのやりたいことリストはテッサが未来に向かって進んでいこうとする2人のリストに変わっていた気がする。


テッサのお父さんへの態度はお父さんをたくさん苦しめたかもしれないけど、お父さんがテッサに泣いて気持ちをぶつけるシーンではテッサもお父さんを苦しめてるのは当然わかっていて、2人がなんか2人の気持ちを共有できたようにみえた。
お父さんもテッサに気持ち言えて良かったんだなってそう感じた。


生きる=一瞬一瞬の積み重ね。
あんまり好きなタイプの映画じゃないけど、映像が綺麗で良かったな〜〜 原題のNow is Goodってほんとそうだね
M

Mの感想・評価

2.5
17歳で抱えるには大きすぎる問題だけど、病だから何をやってもいいとはならないと思う。刺激のある生活の中で生きてることを実感していたのかもしれないけど、本気で心配してるお父さんが可愛そうだった。

でも、最後の方で初めてテッサが流した涙や夢でみた幸せな光景等々涙無しにはみられなかった
hinano

hinanoの感想・評価

3.8
青春真っ只中の年齢で余命を宣告されたテッサが、やりたいことリストを友達とこなしていく中で、予想外の出会いが訪れ。。。

テッサのやりたいことがぶっ飛んでいたり、誰に対しても棘のある態度をとってしまうのは、ただでさえ多感な時期である上にどこかで無理をして強がってるだけだったんだろうなあ…。彼女の繊細な表情の変化1つ1つがどれも胸に刺さってとても苦しくなりました。

そして何と言ってもお父さんの存在。お父さんとテッサ2人のあるシーンではもう涙腺が崩壊してしまいました。テッサもずっと、お父さんの表に出さない気持ちは分かっていたんだろうなあって思ったり…。

いろんな瞬間の集まりである人生において、どんな瞬間も大切にしていきたいと思わせてもらえる作品でした。
父を逆に励ます姿に感動。ダコタ・ファニングはいい俳優になりました。
「自分を大切にする」というのは、決して健康を突き詰めて慎ましく長生きする事ではない。悔いが残らないように生きる事だ。
白血病で死が間近に迫っている少女テッサは[やり遺した事リスト]を消化していく為に、親友のゾーイと行動する。
ドラッグ、万引き、様々な“悪い事”に手を出して気分を晴れさせていくテッサの行動は、“病気”ばかり見て自分自身を見てないような親への苛立ちからも来ているのだろう。
しかし、大切な娘に一秒でも長生きして欲しい。何か、何か奇跡が起きて病気が明日にでも治るかもしれない。そう想い娘を『大切』にしようとする親も間違ってなどいない。

自分の為に残り少ない人生を使うと決めたテッサと、親の為に生きようとしてる少年アダム。
お互いの寂しさと優しさに惹かれ合い、寄り添い合っていく。

台詞の一つ一つもよく考えられていてニヤッとする。

自分が死んだ後の事を心配していたテッサは最期の最後まで泣かなかった。自分が消える事で遺された人達のことを、自分の苦しみ痛みよりもずっとずっと我慢していたのだろう。

ダコタ・ファニングの可愛さ綺麗さだけじゃなく、この映画には生きる光の美しさが描かれている。
「泣かせる為に」じゃなく「生きる為に」描かれた映画だ。
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