きみはいい子の作品情報・感想・評価 - 263ページ目

「きみはいい子」に投稿された感想・評価

虐待されている子供、虐待する親、学級崩壊に悩む担任、認知症のおばあちゃん、それぞれが悩み、疲れ果て、そしてほんの少しだけ救われる映画。
物語中盤で非常に印象的なシーンがあり、そこからはもうずっと泣いていました。号泣です。このシーンの素晴らしさは凡百の言葉を費やしても表現できないのですが、自分の拙い言葉で表現するならば、このシーンの瞬間、すべてが救われた気がしました。
虐待、学級崩壊、認知症、これらのストーリーは明確に繋がっていません。しかし上記のシーンの瞬間、物語の繋がりはないにしても、映画全体が、もっと言うと映画の外側にいる自分までもが優しさで包まれて、繋がったような気がしたわけです。
きみはいい子って言われたいのは子どもだけじゃない、世界中のすべての生きとし生ける者たちなんだと教えてくれる映画です。そしてきみはいい子と言われたら、ほんの少し救われて、言われた人はまた別の誰かに、きみはいい子って言ってあげられる。
ロック

ロックの感想・評価

3.0
人の弱さを鋭く切り取る呉監督の力量が今作でもたしかに発揮されていた。

時に社会ドキュメンタリーを見ているかのようなリアルさで気が滅入ることもあって人を選ぶ映画かもしれない。
ただ、人には温もりが必要であるといった普遍性を、今の時代の億劫とした側面を通して真摯に描いていて、観た後は誰しも何かしら感じるものがあるのでは。

「そこのみ~」と比べて救いもはっきりと描かれていて苦手な閉塞感は少なかった印象。音楽を効果的に使ったラストシーンは素晴らしかった。
#172-2015/6/30
呉美保監督の前作「そこのみにて光輝く」は正直はまらなかったんだけど、今回は毎日のように目にする小樽が舞台ということで半ば義務感というものを背負いながら見てきた。

ウィングベイや観覧車、いつも目にしているあの風景ではあるけれど、海を見渡される公園をはじめ、まだまだ知らない一面があるんだなあ。

実に素晴らしい映画だった。大人も褒めてもらいたい、抱きしめてもらいたい。たしかにその通りだと思う。でも子供、大人関係なく人間の自然な感情なんだよね。そこには年とかの区別なんていらないのかもしれないし、いくら年を重ねても子供の部分は残っていくんじゃないかな。

物語は子供を虐待している母親尾野真千子、なんだかぱっとしなく頼りない新任教師高良健吾、少しボケてきたおばあちゃん喜多道枝の3つのエピソードからなる。

人物の描き方、関係性、丁寧に丁寧に描かれる。どのエピソードもじわりじわり感情が積み重なっていき、後半心の内側からどっと溢れかえる。
このエピソードの中で特にお気に入りは高良健吾の教師の話。よくいそうな、なよっとした感じの若者を演じており1度目の前の生徒から逃げてしまう彼、しかし彼の中でもゆっくり、同時に激しく何かが変わったんでしょうね。最後の変化なんかは、光の入り方なんかも含めて大好きなシーン。

あの急な小樽の坂を走った高良健吾、ナイスラン。
そこのみにて光輝くからは全く想像できない高橋和也、等身大の子供達、子供を虐待して自分も心に傷を負っていく尾野真千子、どの役者さんも素晴らしかったが、池脇千鶴は日本の宝だと再認識した。
とにかく子役の演出が凄い。特に生意気な子供の自然さは驚異的。「そこのみにて光輝く」も良かったがこっちもハイクオリティ。
ジェンダーフリーとか、やや記号的な現代が抱える子育ての闇という問題提起感が前面に出過ぎているのがちょっと残念なポイントではあるんだけど。
子どもたち宿題の感想

なんていとしいの
ほんものの顔がうつってた
のこ

のこの感想・評価

3.6
子供も、大人も、どの人も~救われるといいなあと
みんな大なり小なり人には言えない辛いこと、特に家庭環境の~自分では選択できなかった父、母
虐待の ゆくへは子供から親となってまた繰り返される悲劇!愛されたことがない子は愛することができない親に!
愛する大切さを教えてくれた映画でした!
救われた瞬間~嬉しかったですね!
c

cの感想・評価

4.5
何もかもに、ありがとうと言いたい。むやみやたらにではなく、愛をこめて。この世のすべてに。
映画を見て、私は、女手一つで育ててくれたお母さんのことを一番に思った。「あなたはいい子」と言って育ててくれてありがとう。書いているうちに涙が出てきたのでやめます。
tuji

tujiの感想・評価

4.3
人に優しくすること。
それは、
人を許すということ。

この映画は、
親と子供、
教師と先生、
高齢者と子供、
いくつかの関係性の中で、
人の許しを描く。

この映画の登場人物は
大人になっても、
とても未熟で、
痛いことや、辛いことは、
いつまで経っても、
慣れないまま。。

根が真面目だからか、
軽い気持ちで、
サラリと関係を流せない。
とても不器用な人が
中心に描かれる。

優しさとはなんだろう。
許すとはなんだろう。

そういう問いを投げかけてくる。その問いには、
簡単な答えはない。

映画の前半は
残酷で、
鬱屈した空気、
ただただ辛い日常を描く。

でも、
後半では
そこに一欠片の優しさをかけ、
救われる人が一人でも現れるかもしれない、という希望を感じる。いや、きっと、救われる。その救いは、子供も大人も関係なく、人は人の不思議な温かさがある。

子供たちの宿題の感想は、
シンプルに感動した。

この映画は
楽しいから、
見てみなよ!
というような、
軽い気持ちで進められるほど、
愉快ではない。

でも、
誰かと生きていきたいと
思う人には
とても重要なことを描いていると思う。

多くの人に見て欲しい。

少なくとも、
自分の身近な、
大事に思っている人には
見て欲しいと思った。

自分も、
この映画で描かれたように
誰かを抱きしめたいし、
だきしめられたい。

ちぐはぐな感想だけど、
思ったことを
瞬間的に記した。
amok

amokの感想・評価

3.6

このレビューはネタバレを含みます

自分が小学生の頃は、まだギリギリ竹刀を持った教師がいた。そのせいではないが、この映画で描かれている、小学校の教育現場には、違和感を覚えた。
小学生を男女差別なく、さんづけで呼ばなければいけないなんて、違和感しかない。
男子は普通に君づけで呼べば良いと思う。別に君で呼ばれたからって、差別されていると感じる人はいないと思うし、男と女はそもそも体のつくりが違うのだから、何でもかんでも平等にするのはどうかと思う。
差別を完全になくせというのなら、女にも当然の様に、力仕事をさせることになると思うのだが…どう考えても不自然ではないか?
それぞれ特性が違うのだから、適材適所があるのでは? なんでもかんでも平等にする必要はないと思うのです。そんなだから、まだまだ人として、土台ができあがってないちびっこが、ネットで知恵をつけ自分勝手なことを言って、膨張していくのだと思う。大人も然りだが…

小言はここまでにして、高良健吾演じる小学生教師、岡野先生はある日生徒に特別な宿題を出します。
それは、家族に抱きしめてもらうこと。
次の日、岡野先生は、生徒一人ひとりにその感想を聞いてまわります。このシーンでは、子どもたちも高良先生(⁉︎)も、役ではなく本音の語り合いをみせてくれます。(このシーンには、台本が無さそう。)
それまで、バラバラだった教室が一つになり、温かい物が胸いっぱいに広がりました。
自分のオールマイベストの一つ、『ブタがいた教室』を思い出しました。

「抱きしめられたい。子どもだって。大人だって。」

まさにこの映画のコピーそのものだと思います。大人だって、子どもだって、愛されたいし優しくされたい。誰かに愛され、誰かに優しくされた経験があれば、自然と誰かを愛し、優しくしてあげることができるのだと思いました。
母親が子供に優しくする。子供はそれを受けて他人に優しくする。これを愛と呼ぶ。児童虐待を大人の視点から描く。呉美保さん、あっぱれ。