セントラル・パークの作品情報・感想・評価

セントラル・パーク1989年製作の映画)

Central Park

製作国:

上映時間:176分

4.2

「セントラル・パーク」に投稿された感想・評価

び

びの感想・評価

4.4
苦手な映画監督3凶(コスタ、ブレッソン、ワイズマン…)のうちのひとりだがこれはめちゃくちゃ面白かった。もちろん私的ワイズマンベスト。街とはコミュニケーションが断絶された空間で、いろんな人がいろんなことをしてるものだから、とにかく情報量の多さに圧倒される。あのカメ、「小さくてカワイイ〜」って思ってたけど実際はバカくそデカくて笑った。コッポラ〜。
ワイズマンの後期はここから始まる。発話や演奏等の音声と画面があたかも同期しているかのように装う偽の編集、より徹底した照明のコントロール、主対象ではなく周縁を切り取り続ける視点設計。それはつまりこの監督が一層純度の高い映画作りを目指し始めた証。ちなみにコッポラが普通に出演しててびっくりした。
nagashing

nagashingの感想・評価

4.0
動植物の生態系(人間と恐竜ふくむ)が豊かすぎる。本来同居するはずのないものが同居しまくるカオス空間。前景に森林、後景に摩天楼というのもあらためて異様な光景。公共圏の「楽園」性の定義をめぐる対立という点で『ジャクソンハイツ』の姉妹作という感じも。あやしい演出家(?)の聖書引用と「メン↓、ウィ↑メン」に、まさかリアル神父が共鳴するとは思わず笑った。ホン・サンス以上にぶっきらぼうでドタバタしたズームイン・アウトも炸裂。葉から枝へとスケールアップするローアングルの剪定、ミシシッピ・フライドチキン・コンテスト(謎)、筋子にしか見えない恐竜を模した赤い連結バルーン、ランナーの横断を連ねるリズミカルな編集、市長ハイタッチの縦構図、クレオパトラ・ガールズ(かわいい)を撮影するコッポラなどなど、濃厚な画面がベルトコンベア。ストレスママ恐竜の鳴きマネ、なぜカットしたし。
tmr0420

tmr0420の感想・評価

4.0
おれのかんがえたおもしろい恐竜の声コンテストのくだりがひどくて笑った。「プレイボール!プレイボール!」
半分くらい寝てしまった。要再見。公園ドキュメンタリーなら夢で作られる森のが面白かった気がするが。
ミシシッピフライドチキンコンテスト。
謎の恐竜集会。
ワンカットも撮れなかったコッポラ。
菩薩

菩薩の感想・評価

4.5
「自由」の国アメリカの、その最も栄えた街のど真ん中に存在する、造られた「エデンの園」であるセントラルパーク。その管理された「自由」を謳歌する主役は、もちろんその管理に多額の出資をする白人富裕層である。300万ドルの予算があるからとテニスコートに隣接するクラブハウスの建て替えについての論争を交わす一方で、今日も黒人ホームレス達はゴミ箱を漁る。「自由」とは言えそこは偽りのエデンの園であり、この公園には既に「罪」が存在している。だが人々は罪を罪と知りながらも、それを犯し罰を受ける。芝生の上に上半身裸で寝そべる白人男性、その芝生に自転車で乗り入れ荒らす人々、管理組合は「見つけられない」と嘆くが、この映画にはバッチリ映されている。公園の隅の屋根のある場所で、掻き集めた新聞紙を敷き詰め睡眠を取る黒人男性、彼はこの偽りの「自由」からは排除される。「平和」の為だとルールも守らずTシャツの販売に執念を燃やす活動家、思想弾圧だ!何が自由の国アメリカだ!と嘆くが、少しばかり自由を履き違えてはいないか。街の為に公園があるのではなく、公園の為に街があるとでも言いたげな過激な思想を展開する管理者、公園の為の出資は市民にとっては当たり前の義務だと言いたげだが、それが利用者の特権化に繋がる危険性は感じないのか。これがおそらくかつての「自由の国」の生の姿、そして30年を経た今新作で明らかにされるアメリカの姿はどう進歩しているか、同性愛者のパレードに向けての「同性愛者恐怖症」の落書きは、しっかりと市民の心の中から消されただろうか。
エピソード多すぎてすぐ忘れそうだけど、テニスハウス新築討論から場面変わって木の陰に佇む黒い女装した男(スンゴイおしゃれ)からゲイレズビアン・パレードへの流れが素晴らしい。公園管理課での議題、芝生を自転車で横断するバーグマン夫妻をとっ捕まえるためにわたしもボランティアでイキイキ警備したい!自転車のマナー悪いやつ許さん!
神

神の感想・評価

4.0
大都市の中の公園。利用する人も開催イベントも数が多い分、公園管理も大変そうだ(市公園課以外に民間管理団体もある)。
恐竜語コンテストってのがくだらなくてよかった。
kyoko

kyokoの感想・評価

-
初ワイズマン。
1988年のニューヨーク、セントラルパーク。

長いし、特別なドラマがあるわけでもない。だけど不思議と退屈しないのは、パーク自体が坩堝となって、様々な人種や文化が通り過ぎていくのを、まるで自分があそこのベンチに座ってぼんやりと眺めてるような気分になるからだろうか。
うっかり油断してるとパヴァロッティとかコッポラとか出てくるし。


乗入れ禁止されている自転車で芝生を疾走しているという、なんとか夫妻が現行犯で捕まるところが見たかった!
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