湯を沸かすほどの熱い愛の作品情報・感想・評価 - 629ページ目

湯を沸かすほどの熱い愛2016年製作の映画)

上映日:2016年10月29日

製作国:

上映時間:125分

4.1

あらすじ

死にゆく母の熱い想いと、想像もつかない驚きのラストに、涙と生きる力がほとばしる家族の愛の物語。 銭湯「幸 さちの湯」を営む幸野家。しかし、父が1年前にふらっと出奔 し銭湯は休業状態。母・双葉は、持ち前の明るさと強さで、パートをしながら、娘を育てていた。そんなある日、突然、「余命わずか」という宣告を受ける。その日から彼女は、「絶対にやっておくべきこと」を決め、実行していく。 家出した…

死にゆく母の熱い想いと、想像もつかない驚きのラストに、涙と生きる力がほとばしる家族の愛の物語。 銭湯「幸 さちの湯」を営む幸野家。しかし、父が1年前にふらっと出奔 し銭湯は休業状態。母・双葉は、持ち前の明るさと強さで、パートをしながら、娘を育てていた。そんなある日、突然、「余命わずか」という宣告を受ける。その日から彼女は、「絶対にやっておくべきこと」を決め、実行していく。 家出した夫を連れ帰り家業の銭湯を再開させる。 気が優しすぎる娘を独り立ちさせる。 娘をある人に会わせる。 その母の行動は、家族からすべての秘密を取り払うことになり、彼らはぶつかり合いながらもより強い絆で結びついていく。そして家族は、究極の愛を込めて母を葬(おく)ることを決意する。

「湯を沸かすほどの熱い愛」に投稿された感想・評価

netfilms

netfilmsの感想・評価

3.6
 栃木県足利市、空に立つ1本の印象的な煙突からは煙が出ていない。銭湯の前に貼られた「湯気のごとく、店主が蒸発しました。当分の間、お湯は湧きません」という墨で書かれた達筆な文字。ベランダで洗濯物を干す幸野双葉(宮沢りえ)は娘のスポーツブラを見て、まだ大丈夫と言い聞かせる。朝の食卓ではパジャマ姿の幸野安澄(杉咲花)がぼんやりとテレビを眺めている。「食べるか見るかどっちにかにしなさい」と窘められた安澄は箸を置くと、双葉はリモコンでテレビを消し急かす。テレビを見る娘のお団子を作る双葉の姿は、母親と娘の数少ないコミュニケーションの機会になる。玄関先の花に水をやる最中、安澄は突然、学校を休みたいと言い出す。後ろ向きな娘を鼓舞するように、途中まで後ろに乗っていく?と差し出す自転車。思春期の安澄は母親との2人乗りなんて恥ずかしいとその申し出を拒否する。1年前に父親である幸野一浩(オダギリジョー)は「1時間ばかりパチンコを打って来る」と言い残し、銭湯の仕事を投げ出して蒸発した。それから双葉は1人娘の安澄と2人きりの生活を送っていた。日々の生活の足しは双葉のパン屋さんでのアルバイト代だけで、日々の生活は苦しい。そんなある日、バイト先のレジ打ち中に双葉は倒れる。精密検査の結果を待つ中、医師は双葉に厳しい病状を告げる。

 もし医師に余命数ヶ月と言われたら私たちは一体どうするか?ステージ4の末期癌、もはや手の施しようのないところまで転移が見られると突然告げられた双葉は真っ暗な銭湯の片隅に蹲る。だが次の瞬間、お腹を空かせた娘からの電話に出る彼女の声は気丈にも堂々と母親をしっかりとこなす。「お母ちゃん決めた、安澄のために今から超特急で帰って、美味しいカレー作るから」少し頼りない娘を慮った母親の言葉に思わず涙が溢れる。人生の残り時間はあと2ヶ月、果たして自分に何が出来るのかを逆算し、活発にフットワーク軽く終活に励む母親の姿は強く気高い。それに対し、夫の一浩(オダギリジョー)の描写は心底最低で、その存在感は空気よりも軽い。自分が神様だったら、明らかに母親を残し、この父親を真っ先に天国に送りたい思いに駆られる。そんな心底ゲスな父親役をオダギリジョーは水を得た魚のように、飄々と演じるのが憎らしい。双葉ほど残酷な境遇には置かれていないが、安澄もスクール・カーストという名の陰湿ないじめに遭っている。それは実の母親の甘い言葉を信じて健気に待つ鮎子(伊東蒼)も同様である。双葉、安澄、鮎子、それに後半重要な場面で登場する酒巻君江(篠原ゆき子)も女性陣はそれぞれが重大な問題を抱えている。対して一浩を筆頭にして、向井拓海(松坂桃李)や探偵の滝本(駿河太郎)の存在感の希薄さは女性上位時代の現代を象徴する。

 率直に言って今作の脚本は商業映画を10本20本撮ったベテランに相応しい力量の要る物語構成である。それを撮ったのが今作が商業デビューとなる若手・中野量太氏だと聞いて素直に驚いた。登場人物のほぼ全てが家族から切り離された精神的孤児だが、双葉の死の匂いを契機とし、それぞれが最高の疑似家族の一員を演じる。煙突の煙は生の要素を多分に担うが、私がそれよりも感心したのは家族の食卓を毎回まったく違うレイヤーで登場させたことに尽きる。導入場面では双葉と安澄だけだった幸野家の寂しかった食卓が、双葉の病気を契機に1人また1人と賑やかな食卓を取り戻していく。現代日本では核家族化が深刻な問題として叫ばれる中、今作の奇妙な連帯はその傾向とは真逆を行き、各々は結果として美しい繋がりを見せる。中野量太の脚本は映画的必然性よりも、むしろ商業的な妥当性との折り合いを考えた上での決断だったことは容易に想像がつく。それゆえの向井拓海(松坂桃李)であり、探偵の滝本(駿河太郎)であることを重々承知の上であえて言うのならば、むしろ彼ら血縁のない関係性をバッサリと切り捨ててでも、双葉と一浩の夫婦関係にもう少しフォーカスしても良かったはずである。1時間程パチンコに行くと言って出て行った夫が1年間蒸発したことを母親としてではなく、妻としての双葉のわだかまりを通して描き出していれば、クライマックスへ向けた下地は出来たはずである。もともと痩せ型である宮沢りえのクライマックスでの更なる追い込みには女優魂を感じ、涙が溢れた。中野量太の映画に対する真摯な思いが素晴らしい。
まり

まりの感想・評価

4.1
強くて優しい女性になりたいと心からそう思いました。
kitkitkit

kitkitkitの感想・評価

4.0
目当ての映画が満席で急遽これを。
おもわず泣きました。

余命2ヶ月の一家を支えるおかあちゃん(宮沢りえ、ほんとスゴい)。複雑な家族関係なんだけど、人への想いは実にシンプル。予定外でしたが、観ることができて良かった映画。それにしてもオダギリジョーって、ダメな旦那役多いですよね〜(笑)。
終末期を迎えるお母ちゃんとその家族を描いたストーリー。ところどころに散りばめられたお母ちゃんの愛情に抱かれた人々がそれぞれに成長しお母ちゃんを温かく見送る。優しくもあり厳しくもあり…全てのキャストからあふれ出す温もりに涙がでた。
ヤマダ

ヤマダの感想・評価

5.0
強さの中に優しさが溢れてる
映画で映し出されるおかあちゃんの行動や言動に全て意味があって、こんな芯のある人になりたいって思った。

"情熱の赤が好き"
あの場面でおかあちゃんはなんて声をかけるのかなぁって思ったら、コレよ。すごい。

もう一度噛み締めながらみたい映画です。
ミイコ

ミイコの感想・評価

4.5
泣けるシーンが何度もある映画
強さと弱さそして愛のある素敵な映画
切なさではなく家族を想い合う熱さに泣かされる。素晴らしかった!

非常にポジティブ且つ練り込まれた脚本が見事。
家族の問題を一つずつ乗り越えていく構成だが、重々しいシーンでは適度にクスッと出来る要素が入り、常にフラットな気持ちで次の場面を向かえられる。更に細部に張り巡らされた伏線も見事に効いてくるので、映画としての満足度もかなり高かった。

今回杉咲花さんの魅力に初めて気づいた。彼女の表情が力強くて何度も泣かされた。
Masao

Masaoの感想・評価

4.5
こりゃ湯も沸くわ!!
最後にバッと決まるタイトルテロップで、くーーってなる。それは沸く。
愛の大きさを表現するのに、深い、厚い、濃い、重い…て色々あるけど、この愛は"熱い"

実話系のお涙頂戴系かと思いきや、めちゃめちゃフィクション。色んな伏線があって、その回収が全部、愛に繋がってくのが、もうとても良い。
こんなの現実的じゃない!って思ったらきっとハマらないと思う。
ただやたら宮沢りえが病気に蝕まれてるのがリアル。この映画の後本当に死んだわけじゃないよね?
そこがリアルだから他の部分が多少現実離れな展開でも、こんなの嘘じゃんて冷めずに見れた。これぞ泣かせるための映画。

病気になってから愛が芽生えるんじゃあお湯は沸かないわけです。おかあちゃん最高。

あーっ、溢れ出た涙を銭湯で流したい♨︎


銭湯に行って追記:
やっぱり銭湯ってのがよい。
親子だったり、友達とだったり、ひとりだったり。おじいちゃんだったり、外人さんだったり、刺青の人だったり。
知らん人たちだけど、湯に入った時のふぁぁっていう表情は愛に溢れてる♨︎
前田

前田の感想・評価

3.8
オダギリジョーってこんなに人懐っこい感じのひとだっけ?とこちらが勝手に困惑するぐらいひと懐っこい、魅力的なお父さんだった。
第一声の「わお……」が本当に好き。
ダメダメだけどね。

松坂桃李はいつみてもパッと見で松坂桃李だってわからない。

エンドロールの入り方が素敵。
piroko

pirokoの感想・評価

3.9
個人的に少し前評で
期待値をあげすぎてしまったかなぁー。

でも宮沢りえさん、素敵でした。

傷ついた人ならではの強さと美しさ。

歯を食いしばって
笑顔になって
自分を奮い立たせて生きること。

似たような昔の日々を思い出したりして
何処か懐かしい気持ちに。

自分にとっての『大切』な人のために
命を燃やせる人生でありたい。
明確な『所属』がなくとも、
そうした日々の積み重なった関係性が、
居場所を作ってゆくんだなぁ。。
そんなことを思った。