泳ぎすぎた夜の作品情報・感想・評価

泳ぎすぎた夜2017年製作の映画)

La nuit où j'ai nagé

上映日:2018年04月14日

製作国:

上映時間:79分

3.8

あらすじ

雪で覆われた青森の山々。毎晩、魚屋の父は街の市場に出かけてゆく。父の出がけに目を覚ました6 歳の息子は、そのあと眠ることが出来ない。皆が寝静まる家の中、少年は絵を描き、それをランドセルにしまう。翌朝、彼は眠い目をこすりながら学校へと登校するのだが、いつしか道をそれて、雪の中をよろめきながら街を目指す。少年の小さな冒険が始まる。

「泳ぎすぎた夜」に投稿された感想・評価

いみ

いみの感想・評価

2.8

このレビューはネタバレを含みます

予告が終わって本編始まるときに銀幕の幕が狭まった作品は初めてかも。

なにも起きない映画です。
想像はしてたけど想像以上にシンプルな作りの映画でした。
セリフゼロです。
でも
音が良かった。
食べたら歯磨きして寝なよーと心のなかで突っ込みつつ(笑)ポテチの咀嚼音!
雪を踏みしめる音
呼吸音に寝息の音…
シンプルだから集中して音を楽しめました。

男の子がひとりでお父さんに会いに行くってだけのシンプルな作りだけど
人生もこんな風にシンプルに考えればいいんだなということを感じさせられました。
生きていって死に向かうという。
そう考えると深いのかなぁと思いました。

主演の男の子は可愛いし「小さな冒険」という宣伝コメントに何も偽りはないけど…
でもやはり何か起きてくれることを祈ってしまった…
つまり退屈な映画でもありました。

ちなみにどうでもいいことですが
後半の車内でクラシックが流れたけどあれはラジオか演歌でしょうに、おしゃれに走ったなと残念(本当にどうでもいい好みの問題ですが)。
手袋の行方をかんがえて、みつめ続けていたら終わっていた。好きです。
zer0ne0

zer0ne0の感想・評価

5.0
五十嵐耕平監督の作品がもつ多様さのセンスが好きだ(ダミアン監督はベストマッチなのだろう)。
本作は作り手のスタンスの素晴らしさに加え、何よりも鳳羅くんの存在が素晴らしい。
どんな俳優にも真似できないと思わせる生の表現であり、演技とは反応なのだ、という事実を見せつけられた。
演出を押し付けるのでなく、あるものをねじ曲げるのでなく、受容し取り入れる監督達の手によって、スクリーンに生きた時間、奇跡的な時間がながれていた(音の使い方や配慮、照明など素晴らしい)。
その嘘のない生さがスクリーンを越えて現在とリンクし没入感を生み、館内が白い世界となり、あの頃が今となる。
まるで自分が冒険しているかのような感覚、ノスタルジックな体験。
少年の思いつき、孤独、旅、抵抗、想いが心をゆさぶる。
(『息を殺して』でもスクリーンという「境界」を越えて異次元へと誘う体験があった)

しかし本作は、難解で複雑な構造をもった作品ではなく、かといってミニマルで洗練されたアート作品でもない。
ありふれた採点、つまらない批判等は不可能というかこの作品には不粋だ。
むしろ言葉はいらない。
ただ奇跡的な時間だった。
彼が世界を飄々と泳いだ時間が頭に残り離れない。
この映画を観れてよかった。

このレビューはネタバレを含みます

子供の力強さや太々しくも目が離せない不思議な魅力が伝わってくる、静かで豊かな映画だった。

アフタートークで印象に残ったこと
「帰ってきてお母さんに抱きつく、とか、そういうのはもう見た」
「想定できることなんて大したことない。」
新しい表現に挑戦したり、想定外のことも取り入れて進めたり、とても若々しい
QTaka

QTakaの感想・評価

4.5
映画に求めるものってなんだろう?
それは、「映画だから出来る表現との出会い」ってことはないだろうか。
そんな事を考えさせられる一本でした。
唯一無二の一本ですね。
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小学校1年生の男の子の冒険を撮った映画だね。
有る意味、「はじめての…」的な気もしないでもない。
なんて、思いながら見始めたけど、ちょっと違う、いや、全然違う。
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主人公は、たから君、小学校1年生。
雪の降る、冬の弘前郊外が舞台。
冬の一日、早朝、まだくらい時間から夜まで、丸々一日ね。
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前編通じてほとんどBGM無し。
ちょっとピアノの音が入るくらい。
セリフは無い。
だれもしゃべらない。
強いて言うなら、「うぅ〜、ワン。ワン。」
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静かに、でも、至近距離で撮られているので、とても身近に見える映像が、いつの間にか少年と寄り添うような距離感で流れて行く。
だから、少年の仕草、行動が、本当に自然であることに驚く。
というか、自然で当然なのだけども。
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朝早くから魚市場へ仕事に行くおとうさん。
その姿を、夜明け前に見送って、眠れなくなった少年は、おとうさんに会いに行くことに決めた。
そこから大冒険が始まるのだけれど。
そこからどうなるかなんて実はどうでも良くって、
「そこからの顛末をこの少年はどう演じるのだろう?」ってことが一番のポイント。
でも、そこは全くの杞憂でしかなくって、彼は、実に堂々と演じきってしまっている。
そこは、大人たちの色々な努力も有ってのことだろうけどね。
でも、セリフ無しで、雪原をひたすら歩き、電車に乗り、街をさ迷い。
その途中途中で、居眠りもし。
この自由すぎる姿は、本当に人を魅了する。
この子は、凄いのかもしれない。
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キャストは、ほぼ少年の実の家族。
そのへんも、少年の自由な仕草や表現に繋がっているのだろうね。
そういえば、犬の「はな」も優しそうなワンコだったな。
そういう家族なんだね。
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ラストシーン、お父さんが夜遅く帰ってくる。
(お父さん、魚市場の他に、除雪の仕事もしているみたい。)
結局、少年は、丸一日、お父さんに会えなかったね。
お父さん、ちょっとだけ少年の横で一緒に寝てあげる。
少年は、ぐっすり寝ちゃってて、気付くはずも無く。
今日は、いっぱい歩いちゃったからね。
(いっぱい泳いだからね。)
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とても不思議な気持ちになった映画でした。
静かな映画っていいですね。
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ちょっと気になったこと。
少年の描いた絵について。
少年は、お父さんの仕事場の事を思いながら色鉛筆で絵を描きました。
魚と、タコと、亀?
魚市場に、亀?いませんよね〜
「これは、とても小さな、新しい冒険の始まり」っていうコピーに嘘はないけれど、親目線で観てしまったので、少年が帰宅した後の、TVを見る母と姉の表情とか、少年の眠る部屋の前で暗がりに佇む父とか、一回諦めた人たちの安堵にも見え、なんか怖かった。
子供らしいけど、多分子供はもっとすぐに音を上げるかな?、とも思った。どこかにもう少しフィクション強めなエピソードがあったら、素直に受け入れられたかもしれない。
やっぱり母は死ぬほど心配したはずよ。現代ならば…。
YUKI

YUKIの感想・評価

3.0
寝息、鼻歌、犬の鳴き真似、雪を踏む音で作られていた映画。
看板から雪がドサって落ちて来てびっくりして固まって振り向く、鼻歌再開、もう一回振り返って確認がかわいかった。

またいつかきっと、ふと、観たくなる気がする。
ゆいが

ゆいがの感想・評価

3.9
会話なし、眠たい色の映像、文法通りにいくと飽きてしまいそうな構成
にもかかわらずいつのまにか終わってしまったと感じるのは主演の子役の演技のみならず、計算された1カット1カットの構図によるものなのではないだろうか

とても楽しめた。すごく面白かった。
knee

kneeの感想・評価

3.5
雪上の温み

4:3に切り取られた青森県弘前、夢へと誘うかのように闇夜を切りながら降れば、昼間には日差しを受けて顔を照らす雪。
あくまで想像の話しかできないが、雪国で根を下ろし暮らしている大人にとって雪とは、一年の半分をともに生活するパートナーであり、暮らしにおいて比重が大きい要素の一つとなっている。長年ともに暮らせば、降り積もった雪を見ても現実的な思考ばかりになるのではなかろうか。だが主演の鳳羅君もそうであったように、いくら慣れていても子供の眼に映る雪は非日常でありファンタジー。どこだろうか、その光を放つ純白に駆り立てられる。気づけばエモーショナルになっていて突き動かされるように道が逸れていく
およそ二ヶ月の極夜がある期間ノルウェーでの自殺率が高いのにも似たようなものを感じる。もっとも外枠の環境は、十分に人の思考と行動を左右し、これはアニミズムにも通じている

五十嵐監督のいう子ども特有の危うさ、その突拍子もないアクションに、監督自身 敬意を払いつつも興味関心の対象として、その本質からズレずに最後まで注視しながら撮られていた。
ランドセルの肩紐はずり下がり、室内であろうと帽子を被ったまんま、乾燥機には何回も手を突っ込み、自分より背のあるカーブミラーめがけ 投げ、犬に吠えかえす。鳳羅君越しに小さいころの自分と、いま小学生の弟の姿をみていた。あの伸びやかさを思い出せたのはよかった
また音について、あくまで子供たちが聴く音として録音したということで、あの二車線の道路を渡るべく待っているあいだに鳴り響く無数の車の音。あの無頓着で不親切な隔たりは、映画だからといって美化することもなく生々しく耳を障ってくる。


最後に、息子と父 という今回の本題について。おそらく土日以外、一週間の大半 顔を合わせることのない、そんな父親の影を追い掛ける少年。同じ屋根の下で暮らす「家族」であっても相手の顔の記憶が自信なさげにぼんやりとしだす、週末や生活時間が重なれば顔を合わすが変によそよそしくなってしまって気まずくなる、そんな記憶が自分自身にもあった。
違う時間を生きていて、まるで別世界の人間のよう。そんなことを主人公である少年は、自ら距離を縮め理解しようとした 今作においてのこの一連の行為には、とても重要で特別な意味があると思える。イニシエーションにも近い、少年は成長への段階をひとつ踏んだ。人々の主観的な日常とは比べものにならない運動を少年は一日で果たしたのだ。とてもマジカルな一日。そしてこの行為にはとても〝物語〟を感じる


ついには顔を合わさずじまい、この夜も交わすことのできたのは寝顔だけ

父はその先には自分があった息子の冒険着を干し、そして絵をみつめる。青い帽子、
風の通った涼やかな家族の距離をみつけた
18/06/21 KAVCにて

犬が好きなんやなぁ..監督。

伝わってくる...
息を殺して も出てたし、

俺も 好き。
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