半世界のネタバレレビュー・内容・結末

半世界2018年製作の映画)

上映日:2019年02月15日

製作国:

上映時間:120分

3.6

あらすじ

「半世界」に投稿されたネタバレ・内容・結末

ハセヒロ無双。
陰のあるイケメンとして故郷に帰ってきて、
ジメジメとしていたかと思えば
突如中学生に護身術教えてイキイキし始めたり、
「このクソガキー!!!」って中学生相手に叫んだり、
チンピラを半殺しにしたり、
かと思えば闇を抱えて暗闇で泣いたり、
最終的には喪服で雨に濡れる。
ハセヒロファンとしてはめちゃくちゃ楽しめました。

吾郎さんの演技はだんだん映画中に調子出てきて右肩上がりになってきます。
最初からその調子出してください!!
吾郎ちゃんの元々の品の良さが、炭焼き職人にミスマッチかな。。と最初思ったけれど、段々と馴染んできて引き込まれて行った。人はそれぞれの世界で色々な事がある。悩みのどん底の時って自分の事しか考えられないけど。全然視点が違うけれど棺を閉じさせる葬儀屋さん笑えた。葬儀屋さんってあー言う感じの人多い。ツボでした。
喪失感をこれでもかっていうくらい押し付けてきて涙が止まらなかった。
一人息子を育てるのは難しい。言う事を聞かない子供と、結局は似てる若かりし自分。ほっておくのと、おけないのとの葛藤、干渉と放置との繰り返しで心身をすり減らす。それでも親の心配をよそに子供は逞しく育ってゆく。

池脇千鶴が心にささった。とても泣けた。長谷川博己もグッド。

それに比べて、稲垣吾郎の喋りが聞き取れない。間が無い。早口、O脚。。。イライラしたので辛点。

なので後半が集中できて感動。
吾郎ちゃんよかった
笑いあり涙ありで日本映画ぽい
いじめっこも殴らせてほしかった

たぶん愛媛

田舎で小さな世界でそこらへんの人は全員知り合い
飲みに行く店も1軒だし
葬儀屋だって昔から顔馴染みの人
でもちゃんとここも世界なんだ

海で毛布一緒に包まるの最高
2人で山へ行っているシーンで紘がもしかして亡くなるかもと想像しながら見た。あたってしまったけれどそれまでのストーリーも合わさって涙した。最後の息子のシーンで父親の職を継いだの?!と感動して涙が出てきたけれど、あれ?ボクサー目指してるの?!ってなった。でも釜は動いてそうだったから両方してるの?どっちー?!ってなった。長谷川博己さんの狂気のシーンには震えた。


そんな簡単に人って死ぬんだ。

なんの前触れもなく。

友達がいがあって
不器用な父親で
でも妻には理解され愛されてる。
炭を焼く仕事には信念があって
周りの人の事謎に責任感あるのに
息子の事には鈍感で。
そんな普通の人の役を吾郎ちゃんやるんだ。
へー。
なんか本当に普通の人に見えてきた。
でもやっぱり端正な顔は隠せないなあ。
田舎に旅行に行って
見学した炭焼場にこんな人いたらちょっとびっくり。

なんてのんびり見てたら。

えっ?死んじゃった。

こんな急に?

幼馴染の3人の関係や
地元に残るという生き方。
悪く無いなあとしみじみする映画かと
おもったら。

そうか。

世界も世間も色々あるな。
どこにいても大変だな。

あきらが最後
お父さんとそっくり。
話し方とぼけかた。

人は死んで人の中に宿るなら
そんなにさびしい事じゃないな。

淡々とした中に
いろんな意味が見つけられる映画でした。

良かったです。
坂本順治監督ゆえ(失礼)と知り合いのゴローちゃんファンが「微妙」という評価だったので警戒していたのですが、思った以上に良かったでござそうろう。まあ、キノフィルムズが好きそうな映画だなぁ、とは思いましたが。たしか香取君が主演の「凪待ち」もここの配給だった気が。

カメラワークがちょっと独特で、やたらと人物の「背中」から(背中を、ではなく)から撮っていたり(これは明確な意図を持っていることが途中で人物のセリフで明かされ、ラストシーンの長回しで対比的に使われたりするのでかなり意識的ではありましょう)長回しを多用していたり、それがどことなく黒沢っぽくもあったりして、それが独特に感じられたのやも。序盤の池脇千鶴とゴローちゃんの食卓での横から撮っているシーンで、ちょっとした会話(この映画、部分部分を除いてかけ合いの妙が良い)の流れでゴローちゃんが苛立って立ち上がるシーンがあるのですが、そのときゴローちゃんの顔から上だけがカメラに映らなくなる感じとか、ともすればその直後にゴローちゃんの顔のアップでリアクションを見せたりしそうなものなのですが、そのまま場面転換していたり、その辺の割り切りというかつなぎ方もあまり邦画ではない感じ。少なくとも大作では。

 

 この映画は全体的にホモソーシャルとそれに連なる暴力性を「美学」的に描き出しており、その旧態依然としたものを前提にしていることにそれ自体に無頓着な気がしなくもないのですが、しかしそういうホモソがいまだに温存されているがゆえに、それをスムーズに描き出すためにあえて田舎町を舞台にしている可能性もあり、なかなか厄介な問題ではありそうなのです。

いや、やはり無頓着というのはないだろう。そうでなければ元自衛隊であるという設定もコンバット・ストレスの問題に言及することもないし、脚本の流れとしても長谷川博己が明に護身術(という名の暴力性のメタファー)を継承させようとする場面の後に長谷川博己自身がその暴力性(の中心地である戦闘地域での経験の傷跡。少年兵への言及なども考えるとイラク戦争に派兵された過去があるのかもしれない)を発露するという極めて自己言及的なつくりになっている。

あるいはゴローちゃんが父親から愛の鞭()を受けていたことや、それが継承されていたような痕跡が所々の明への対応からも垣間見える。

一方で、三バカのやりとりなどは明らかにホモソで遠慮のない(つまり配慮のない)心地の良い空間として機能させている。

かといって全面的に感情移入させるようになっているかというと、前述の暴力性の部分からもそれはあり得ないし、三バカが夜の海に繰り出しおしくら饅頭をする場面など、夜の海をバックに収め遠めから撮ることでその滑稽さを伝えてくれる。もちろん、このシーンでは三バカに寄り添うようなアングルもあるわけで、全否定だったり全肯定だったりというものではない。

 

思うに、この映画はホモソーシャル的な時代錯誤な「美学」をどうにかして昇華させようとしているのではないか。だからこそ(素行不良であったとはいえ)「父」から殴られていた(接し方がど下手~)、「父」であるゴローちゃんが死ぬことでその連鎖が断たれ、ホモソの部分極限空間(つまり暴力性だけが純化された)たる戦闘地域で傷を負った長谷川博己は破滅を免れる。そう考えると、当初、長谷川博己がゴローちゃんたちと距離を置いていたのもよくわかる。(この主題自体は、仮面ライダークウガとその直系である響鬼の敗北によってストレートにはもはや通用しなくなっていたことを10年以上前に示していたわけなので、直截的に描くのが不可能だったのでしょう)

ゴローちゃんは父親への反発から家業を継ぐ(それによって生活は苦しい)。しかしラストにおいて明は父親と全く同じカメラワークで仕事場に入ってきながら、その家業を継ぐのではなく自らの夢として掲げるボクシングの練習場として使用する。

つまり高村家の時代にそぐわない家業(=ホモソーシャルの暴力性)の継承を否定し連鎖を断ち切り、その暴力性によって傷を負った沖山のその傷(=戦闘地域への適応による過剰な暴力性)をそのまま受け取るのではなくボクシングという夢へと(心理学的な意味合いに近い意味で)昇華させる。

 

ある物事を単純に良い悪いと割り切るのではなく、なるだけ総合的俯瞰的(この言葉に他意はないですよ、ええ)に見ようとしたのではないか。とはいえ、天秤でいえば肯定に傾いているのでしょうが。

 

演出も面白いですし、まあまあ良い映画だと思いまする。

 

とはいえ、気になるところも結構あって、明くんのいじめの問題の解決方法が「バットマンVSスーパーマン」における「マーサ!」並みに「おいおい」てな感じで、しかも葬式に来てたのが(グラサンは謎)ちょっといい感じになっていて(村田くんの表情の絶妙な塩梅自体はいいのですが)、「いや、そのりくつはおかしい」とちょっと萎えるポイントではありました。いや、本筋を考えればホモソ的暴力性の正の側面として機能させたかったというのはわかるのですが、こっちははっきりいって上手くいっているとは思えませんでした。

あとは中坊を恫喝するシーンとか、長谷川博己にそういう怒鳴らせかたさせるのはあまり迫力にかけるというか、この人はもっと静かに狂ってる感じの方が合ってる気がするのです。それと長谷川博己の暴走シーンの音楽も、もうちょっとなんか別の感じにできなかったのだろうか。コンポーザーの問題というよりはこれはやはり監督の采配によるミスな気が。同じ池脇出演作品で「そこのみにて光輝く」とか素晴らしい音楽使いをしてたので、あれくらいやって欲しい。

それ以外にもゴローちゃんがコダマみたいに森の中でたたずむ夢幻的なシーンとか、所所でセリフの過剰さが目立つ部分もあり(それこそ「背中」の意図を語らせるセリフはもうちょっとスマートにできそうな気もします。それでもカバーしようという意識は観えたのですが)。池脇千鶴と支配人のかけあいも「話の論点が~」はいらないかなぁ。というかあのくさいくだりはいらないと思う。まあ個人の好みの問題なのだろうけど。

 

俳優陣はみんなよござんすよ。ゴローちゃんの肌が綺麗すぎて「こいつ本当に田舎もんかえ?」と思ったりはしましたけれども、「うざくて理解のない父親」感じはよく出てましたし、長谷川博己もちょいちょい演出による「んー?」な箇所はあったにせよそこまで瑕疵にならないのはさすがですし。

池脇千鶴はしかし「そこのみ~」から考えるとまた別の色気というか家庭的な感じが出てきていい具合に年を重ねてきていると思います。

言いたいことはあるけれど全体としてはまあまあいい映画だと思う。
起承転結はありますが、比較的淡々とそれぞれの生活が描かれている感じ。本人にしか分かりえない悩みがあったり、本人だけが分かっていない事実があったり。人生ってこうだよな~と思う。
何があろうと瑛介には帰る故郷があって、受け入れてくれる友人がいるのはすごく大きかったと思う。最初こそ放っておいてほしそうな瑛介だったけど、あの家に帰ってきたからにはやっぱり何かを期待していたんだろうし。お節介とも言えるような田舎の干渉が時には必要なときもある。
一見単調でつまらなく見える紘の生活にだって色々あって、それを他人がとやかく言うことじゃない。実際瑛介は紘の仕事を手伝ったことで気づいたこともあるわけだし。各々の世界がしっかりあるんだよね。そのことをきちんと認識して生きていくことが大事なんだね。
幼なじみのおじさん3人を観てるだけでも微笑ましかったんだけど、その中でも長谷川博己の役柄がなかなかのインパクトで。喧嘩の仕方とか教えるシーンはめちゃくちゃ面白かった。

あと、やっぱり池脇千鶴はいいなぁ。画面に居ると1本筋が通るというか、安心感がある。

タイトルの示す意味を映画の中で知る。人生なんてこんなものかもしれない。
>|