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ファーザー2020年製作の映画)

The Father

上映日:2021年05月14日

製作国:

上映時間:97分

ジャンル:

4.0

あらすじ

「ファーザー」に投稿された感想・評価

CHIHIRO

CHIHIROの感想・評価

4.7
アンソニーホプキンス演技が凄すぎる

認知症の視点ってこんな感じなのかと突きつけられた!
ここはどこなのか、目の前にいるこの人が誰なのかずっと分からないまま、不安な生活を繰り返して感情が行ったり来たり
自分のおじいちゃんもこんな感覚だったのかなって考えさせられた😭
不安定な父さんの世界で
今の私が存在するのかどうか

父さんへの愛情はあるけれど
やっと手に入れた別の愛もここに

おそらく父さんの世界での家族は
私ではない過去の人たちという虚しさ

遠くから送った私の絵葉書を
父さんが読んでいるのかどうか

ただ送ったということだけで
私は確かめることもなく

風と会話をしている木々の葉は
父さんが生まれる前からずっと緑で

私が去った後も何も変わらずに
穏やかに風に揺れているはず

それが私の知っている
唯一の確実なこと

ただそれだけのことだけど

このレビューはネタバレを含みます


【アンソニー・ホプキンスの演技は本当にすごいです。】

聞くところによると、
今年2021年のアカデミー賞受賞式はかなり異例な式だったそうですね…。😅

⑴従来なら作品賞の発表が最後になるところが、
今回は主演男優賞の発表が最後になって

⑵しかも、その最優秀主演男優賞は

撮影後に逝去したチャドウィック・ボーズマン(出演作品は『マ・レイニーのブラックボトム』)の受賞を多くの人が予想していたなか、

アンソニー・ホプキンスが今作『ファーザー』で二度目のオスカーを獲って、

⑶しかもアンソニー・ホプキンス自身、自分が受賞すると思っていなかったせいか知りませんが、
受賞時は家🏠でのんびり寛いでいたそうです。♨️😅

この一連のくだりは、

受賞式の締めくくりとしてはどこか締まりがないものだと思いますけど、それゆえにリアルな結果ではあります。😅
アカデミー賞がちゃんと正当な評価をしたのは間違いないと思います。

チャドウィック・ボーズマンと違って、

アンソニー・ホプキンスにとっては今作『ファーザー』が遺作にはならないでしょうし、(というより、次回作にも期待していますが、)

もし今作が彼の遺作になったら、それはそれでカッコいい俳優人生の締めくくりだと思います。🆒
それぐらい、今作『ファーザー』の彼の演技は本当にすごいです。

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【“認知症を題材にした映画“として、ほとんど完璧だと思います。】💯

「Filmarksの平均スコアも高いし、こんなもん、いい映画に決まってる」って感じで、観る前から“たか“を括っていましたが、

実際に観てみたら、事前の期待値以上にかなりすごい映画でした。💯

今作『ファーザー』を今年2021年の年間ベストに挙げる人がいるのも納得です。♨️


本当に個人的な意見ですが、

こういう“認知症を題材にした映画“としては、
これ以降で今作『ファーザー』以上の作品が作れるとは思えないぐらい文句のつけようがない、
ほとんど完璧な作品だと思います。👏


もちろん、

観ていてものすご〜くつらい映画ですし、🥺
感動的な人間ドラマを期待していたら肩透かしにあう人も多いと思います。

そんな風に観た人によって好き嫌いはあるでしょうが、個人的には好きです。

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【上映時間97分で、観ていてどっと疲れました。】😫

『ジョーカー』🃏もそういうタイプの映画でしたが、やっぱり

「主人公の主観でありながら、その主観が信用出来ない。何が真実なのか❓が分からない映画」🤯
って面白いですよ。


それに今作『ファーザー』もストーリー・テリングがうまいです。

「え⁉️この人、誰⁉️」

「え⁉️あの人って本当は〇〇だったの❓」

みたいなことが劇中で何回もあって、
 
観ている自分はとにかく振り回されましたし、
観ていてどっと疲れました。😩

97分って短めの上映時間で良かったです。😅

そして(これは不謹慎な言い方かもしれませんが、)映画として観ている97分間はしっかり面白かったです。つらかったですけどね…。🥺

「何が真実なのか❓」が主眼の映画では無いと思いますが、もう一回観たら理解度が更に深くなるかもしれません。🤔

🤔💭🤔💭🤔💭🤔💭🤔💭🤔💭🤔💭🤔💭🤔💭🤔💭🤔💭🤔💭🤔💭🤔💭

【介護する側もさることながら、認知症になった人自身も、実はめちゃくちゃつらいんです。】

あと、やっぱり鑑賞後にはどうしても認知症について考えてしまいます。🤔💭

以前、DSの「脳トレ」🧠のソフトを作った川島隆太先生の話を何かで読んだんですが、

「“人は認知症になったら、逆に精神的に楽になるんじゃないか❓“と思う方もいますが、むしろその逆です。
人は認知症になってもある程度の自我を持っていて、その自我を思い通りに出せないのは、人としてものすごくつらいことなんです。」😢

みたいなことを書いていました。📖

で、その言葉を踏まえたうえで今作『ファーザー』を観たら、

確かに、主人公:アンソニーも記憶が曖昧で混乱してはいますが、彼なりの自我がしっかりあるんです。😤

彼のクセの強さが介護する家族をイライラさせたり、💢
高い自尊心が崩れることで彼自身が受けるショックは大きかったり、😫

元来の彼自身の性格の問題も少なからずあると思います。

介護する娘:アンの旦那さんがフラストレーションを募らせる気持ちも分かりますが、

彼のような客観的で現実的な発言が、アンソニーを傷つけているんです。

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【他人事とは思えません。】😓

それに、娘:アンにも同情してしまいます。
彼女が父親:アンソニーを大事にしようとするのも本心なんでしょうけど、💖
それに耐えられないのもまた本心なんだと思います。💢

演じたオリヴィア・コールマンの表情のつけかたとかもすごくうまいです。



自分の息子や娘に
「もし自分が認知症になったら、殺してくれ。」って言う親って世の中にはたくさんいると思います。

親として気持ちは分からなくもないんですが、
子からしてみたら実際にそんなこと出来るわけないんです。


自分自身が認知症にかかるか❓
介護する側になるか❓

いずれにしても、いつかそういう時が来ると思いますし、他人事とは思えない作品でした。😓
これは凄い😨 認知症の老人目線の映画🎬
こんな感じなのか…頭グチャグチャで混乱する…怖い😔
観てる間は中々に混乱しますが、観終わった後、考察しがいがある映画だと思います💡
久々に親に会いに行こう‼️てなりました🎬
バードマンのように、映像がぐるぐる巡る。自分がどこにいるのか、誰と話しているのか、何を話しているのか、何を記憶して何を忘れているのか、どんどん分からなくなる。自分がその立場だったら本当に恐ろしい。自分は何者になるのか。周りは変わらなくても自分だけ変わっていくような、そんな状況で全部周りのせいにして自己を保つのだろうか。いたたまれない。歳を取ることが怖いとすら思った。ギンレイホールで見ている、もはや若くはない多くの観客にとっても突きつけるものが多かれ少なかれあったと思う。最後のシーンに救いはあるのだろうか。アンのことを思うとそれはまたすごくつらい。困惑し、おかしなことばかり言う父。たまに「いつもありがとう」と言ってくれる姿に涙する。もはやDVに近いかも。。苦しい映画。
遊

遊の感想・評価

-
現実を把握するための握力が日に日に衰えていく
It doesn't make sense と何度も何度も呟くアンソニー・ホプキンスの真白な毛髪と禿げた頭頂部

後方の席に座っていたから、映画が終わって電気が点くと似たような白髪と禿頭が目の前にたくさん並んでいて、彼らはどう受け止めているんだろう、と思うと同時に 自分も彼らと状況は同じで ほんの少し「そうなるかもしれない」未来が遠くにあるだけ、どんな豊かな人生を送ろうとも最後は抗えない力で世界から遠ざけられて孤独に押し潰されるものならば、今から四六時中デイヴィッド・バーンの音楽を流してストップ・メイキング・センスしていようかな

主演男優賞はめちゃくちゃ納得、あと役名も「アンソニー」なの効果的すぎる
☑️『ファーザー』及び『ミナリ』▶️▶️
観念としてではなく、実体としての「家」のあり方を、生き方の象徴⋅反映として特異な形として表し、映画表現的に昇華させた2本の印象作。おそらく、2本共本年度のアカデミー作品賞のノミネート作品だったか。特に『ミナリ』は受賞作の対抗馬だったと思うが、現代に明朗真っ正直キャプラを甦らせ、かつアジア系の顔⋅体型⋅歩き方⋅自然生活感が親しみやすく、日本には馴染みない西洋的キリスト教観に上手く染まりもしかけて、こんなのが作品賞なら両手を挙げて賛成なのに、と思った。
ドンピシャ演劇だが沈痛後味、どう考えても作品賞には程遠い『ファーザー』は、内容的に観たいとも思っていなかったが、博識⋅良識⋅卓見で知られる斎藤工が、一気にホットに燃え上がり観抜けた、とか云うのを聞いて、関心が生まれた。確かに、内容に引きずられきらぬ、その最良の演劇を見通した手応え⋅熱さは、並大抵ではない、横や下めからの照明は時間の推移以上の演劇空間の陰影⋅密度をつくっている、またそれ以上のホラーやミステリー色も滲みてくる。セットの本物の重味⋅使い込みの刻まれた囲み⋅自然な密度もあまり見たこともない、ヤッツケ⋅軽々しさのない深い既存世界。映画的に優れた目まぐるしい美や納得の圧巻、でも全然なければ、平たく一体的な舞台的でもない、普通に現実の中に存する演劇的要素の発見というのではない。ここには、主人公の幻だろうが何だろうが、セット⋅現存物以上の、「フラット」(家⋅うち)が存在し、人の方が幻の如く、幕間的に各室内や廊下が無人状態で連ねられるパートが挟まる。「フラット」は、娘のうち⋅施設の老人ホームに、平気で置き換わり、病院や移動車輌内らと直結する。窓の外の視界は、隣のアパート階下部屋だったり、街角舗道だったり、そして既存の棲み家から失われてゆく生きた証し(「葉」と称してる)に代わる、最後の光景は施設隣接の公園の木々の芽吹く葉の間への進行感。
しかし、最後の真っ当な今と未来=死への向かいは、それまでの出口のない、進展のなさの、裏の真実も開示での、緩め拡げての客観世界を顕在化したに過ぎない。高齢と病魔によって、主人公が接する⋅感得する世界、それらの極限の弾み⋅歪みに届き生理的進行不能に、それに客観性や補修を加えて少し引き戻すされる繰り返し(娘に新しい介護士を引き合わされ、翌日本格始動に来るを待つ設定が、人の外形や時⋅場が妙に入れ替わり堂々巡り)。前後整合性に齟齬が生じて、現実か空想か、その認識に引き裂かれ、新しい補正世界でも破滅に突き進み、また行き止まる。『レイジング⋅ブル』等のデ⋅ニーロを思わせもす、勝手にはまり⋅世界を手玉に取り⋅自らも転がされる、会心の大小歯止め無し⋅傍迷惑も快哉演技が廻り続けてく、ホプキンスも役者冥利かとも思わす、意識の流れというより閉塞してく生活感覚の流れ。ホプキンスもだが、他俳優のアンサンブルも素晴らしく、特に2人のオリヴィア。スタイルも、着実で誤魔化しがなく、リアリズム、または映画特有スタイルのキレとも、離れてる。「フラット」のドア開閉⋅廊下⋅各部屋⋅寝室⋅窓⋅キッチン⋅椅子⋅人出入りと待受けら座りが、縦に横に絡み⋅連なり⋅切り結び続け⋅どこかまどろみ、それを整理するちゃんとした映画的立体も外し⋅超えた世界を示す。視聴中のオペラの声と楽器が場面を挟んで支配するスケール、心理のきしみが醸し出す不条理音も間に浮き上がってきて、手元⋅足元のアクション絡みCUも不規則⋅不意にしかし着実に挟まり、2~3人の縦の配置の退き図、(手前者ぼけての近接2人斜めも含む)短め返し合う寄り図、切返しやどんでん⋅90変⋅トゥショットの組合せが完全な対応⋅呼応に纏まらず、正面や背面に斜めめが対す締めが多く、角度⋅サイズ⋅収め範囲が映画的なスッキリに至らず、塊りは範囲や収める観点を計らせない。(廻り縦手前にくるや横めの長め)フォロー、その控えめ廻りめと寄る退く⋅横へや立つに沿う上めへが継ぎ⋅溶け合う移動、自らが動くに対応す視界移動、これらが映画美の統制枠を気にかけず勝手に機能してく。時制やセットの微妙な差異生まれ展開⋅似てたもそっくり入れ替えに至ってもく。これに対し主人公は、腕時計を死守し、時間の点の連続を常に治めたく振る舞う、唯一の防衛線を固持する。
ランダム記憶⋅その不完全再現造型の、時系列を整理すると、幼少時の母の記憶→自らは離婚したらしい→最愛の次女の事故死→生真面目長女の父への心痛→長女の初婚と⋅自らは想いこもったフラット離れず→長女の離婚と⋅認知症顕在化してきた父宅へ訪問欠かさず→2番目の夫との生活⋅1人のままの父への介護士何回も手配→わがままに辞任続き⋅次の手配着くまでは引き取り同居期間も→夫のロンドンからパリ行きへの帯同で最後の⋅介護士任せか老人ホーム施設への預けかの決定へ→娘の週末戻り以外は施設で⋅1人か看護師と公園へかの日々(そこからの本人には今的な回想スタートなのか)。しかし、その解釈は怪しい、明らかに間違っている、事が並べてて分かる。娘⋅その夫⋅介護士⋅医師⋅看護師(女医?)は、主人公の意識の中で何回も役を取り違え⋅時に短期や気紛れで受け渡し⋅入れ替わり、驚き⋅焦り⋅自覚と混乱を、総体の流力を強めてもいる。娘の1人が亡くなった⋅認めないが変調の機転だが、娘2人を取り違えてる所もあるようで、どちらが亡くなったのか⋅どちらと心通わせていたのか、大きな交錯⋅気づかれなくてもトリックがあるのかもしれない。亡くなって近しかった方が亡霊として心痛め、或いは意識虚ろの父の幻影として、視覚化してるにも見える。しかし、生きてるにせよ、死んでるにせよ、ギリギリで立って世界にはたらきかけようとしてる、人間の孤独⋅危うさ弱さ⋅高潔さが、ヌーディに存在しきっている。
映画表現として、緻密組立て爽快さ等から無縁の、熱だけは奇妙に伝わってくる作で、人の弱さと強さの境目のない、ひたすら自分の欠落パートもそのまま通用⋅他から手を差しのべられて当然、弱さを公に証明立てようとする者には徹底して邪険に扱い、行き過ぎたはいくらでも周りが記憶を丸めてくれる、と勝手も姑息人間としてのたがをはずさない老父と、自分の遅れての慎ましやかな幸せも⋅制限父を大事にせんとするも、それでも自分の狭さに苦しみ悔いる、全てに調和⋅協力を、求む娘。一般的な科学的、体制的なクールな判断の2人を包む、家族や制度の体現者は、あくまで冷静⋅冷徹な分、滑り入り込む人間的親近さは認められない。「このところ、変が続く、妙だ、なにかが企まれてる、不安だ、大丈夫か、施設に追い出すのか」「あぁ、そうだった。分かってる」「何をしたの。あんな性格のいい面倒見のいい人を脅して」「心配しなくても、1人で何でもできる。無理ときめつけ、追い出し、わしのフラットを乗っ取るのか」「孤独、1人にするのか、見捨て去るのか」「何故、周囲をイラつかせ続ける。身勝手な(凝らしめてやる)」「病なんだ。優秀な介護士も無力。放り出し⋅囲い込まねばならぬ、‘その時’が来る」「少しの間、娘の私もわからなかった、心配」「癖の強い、燗が強い性格。いまがサービスし、フレンドリーなだけ」「あれと違い、その妹とは本当に合った。最近会えないがどこに?」「下の娘によく似てて嬉しい。愚かさももってる、フフ」「時計は手離さない。今の時だけは押さえる。だからそんなことはない。娘はパリ行きを止めた筈」「お前は一体誰なんだ!? フラットは手離さない、わかったか」「どんどん廻りが失われてく。葉がなくなるように。枝⋅風⋅雨⋅⋅⋅」「(全て)わかっている。心構えを⋅⋅⋅」
人間の、世界の、科学や社会のスタンダード設定では捉えられない、感覚と生理の積み重ね⋅変質、絡まり自体の個を超えた活きもの然触手存在、重みと歪みの中の模索自体の力、が映画も演劇も人生観⋅社会対策救済、も消して掴み得た、不思議で納得深い世界。どこかに、こちらの内に棲み着いた。映画や社会メッセージとして賛美すべき存在なのか、その辺はわからないし、そんな流れ=所謂名作タイプとは言えまい。
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『ファーザー』の終わり近くになって幼児に帰った主人公が、「ママに迎えに来てほしい。うちに帰りたい」というのに対応する『ミナリ』の終わり近くの台詞は、火事の自責から彷徨してく祖母に孫らが追い付いて、「おうちはそっちじゃないよ。帰ろう」というもので、カメラも色調も音響も、原則的で重く動かしにくい『ファーザー』に対し、色はさっぱりめで陽光や闇が浅く柔らかく忍び込み、手持ち⋅フィクス⋅フォロー⋅スロー⋅(半)主観⋅車窓の切り替え、アップとLの呼吸⋅仰角や俯瞰めの極り方、と柔軟なカメラは、取り分け心地いい音楽の和まし⋅自然牽引力もあって、構築力も流しっぱなしも感じなく、只々清新な日常が流れてゆく、共有感が続く。社会の中心にはいない人々、信条や幸福に関して意見を闘わせ、突然の決定的困難と直面、素直に戻っての⋅世界と家族との和解一体の何気の前面出しは、やはりキャプラの飾りない素の肌触りを感じさせる。この種の慣れない入植者ものの、古典ヴィダー⋅ルノワール⋅トロエルらの力強さよりも。
基本アジアの田舎出の人間なので、1980年代、閉鎖性もある米アーカンソー州に母国の家族への仕送りも一段落、夢の大農場作りに、妻子を半ば騙して連れ来た韓国移民の青年と、堅実派で口論絶えぬ妻が今回の決定的無謀さに、2人っきりで朝鮮戦争後を生き抜いてきた母の引き取りを交換条件として始まる話しは、結構近しく、スッと入ってける(個人的に子供の頃、近くの石灰石採掘開始で、移ってきた家族の集落があった)。「平たい顔」⋅細い眼⋅家族主義⋅夢へ邁進父親と堅実でいい母親⋅その絶えない夫婦喧嘩⋅聡明姉娘と不器用弟⋅そのらしくない祖母との掛合い⋅拙くも純な信仰⋅韓国の苦しい記憶⋅自然への近しさ⋅米社会への引け目、らが悉く身近だ。「貴方は、家族よりも農場。上手くいけば一緒で、まずければ離れる。今のよさはたまたまの事、先の事が見える。一緒でいる事、家では助け合おう事が大事」 その好転の片輪の韓国作物大量出荷先確保は、留守預かる脳卒中で、身体不随の祖母の失火で水泡に。が、もう片輪の田舎環境の息子の心臓疾患急速快癒傾向見つかりが、自責の念で去らんとする祖母を、走り続け(横フォローMショットが果てない)て、止め帰る家の方向を告げる。一家は、自然やコミュニティに半ば身を委ね、ギリギリの差配を抜け出てく。
老いるってこういうことか。

映画を観た後ネットで調べたらジャンルがスリラーになっていて納得。
家にいきなり知らない男がいる。娘は離婚したはずなのに夫と名乗る。家の配置が何か違う気がする。いつも身につけてる時計がない!
全てが混乱、みんな自分をだまそうとしてるんじゃ?騙されないぞ!そんな困ったような悲しい目でくれ。自分はちゃんとわかっている…はず???
アンソニーホプキンスが演技すごすぎて、名優なのにちゃんとおじいちゃん。調子いいときの茶目っ気とか、老人らしく急に気分変わるとことかリアル。
娘さんの悲しく微笑むような目が印象的でした。
masa

masaの感想・評価

4.4
まるでホラー。
認知症を患った父親アンソニー視点から見る新しい映像体験!!

登場人物が急に入れ替わったり、過去と現在がごちゃ混ぜになったりと記憶が混濁して現在の状況分からなくなる認知症患者の苦悩がつらい。
それをサスペンスのように見せて体験させる映像表現がお見事すぎる。

少し難しい映画ではありますが、これは内容が理解出来なくても良い映画だと感じました。
視聴者側もアンソニーのように状況が分からなくて困惑することこそ認知症の追体験としてこの映画の狙い通りになってると思います。

ヒューマンドラマとしてもアンたち介護側から見る苦悩と家族としての葛藤などとても引き込まれましたし、感情移入させられました!

アンソニーホプキンスの演技力はえげつない。
シロウ

シロウの感想・評価

3.8
ありがちな介護の苦労話かと思いきや、認知症になった人の視点でストーリーが進んでいく非常に斬新な展開、一瞬自分がボケてしまったかと錯覚してしまう映像体験、素晴らしい。

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