アイダよ、何処へ?の作品情報・感想・評価 - 3ページ目

「アイダよ、何処へ?」に投稿された感想・評価

yomu

yomuの感想・評価

3.3
サウルの息子を想起させるスレブレニツァ虐殺FPS。
ラストの後日譚の残酷さ。
負の連鎖を断ち切るかすかな希望をはらんだラストに痺れた。
この記事で取り上げられている虐殺事件は正直知らなかったのだが、あまりに酷い事件だった。それをまずは知ることができて良かった。
国連を信頼して逃げてきたのに待っていたのは虐殺だった。そして、1番マシだったのは実は森へ逃げた人々だったのかもしれないということ。これは皮肉なことだ。
国連や下手したら軍隊は肝心なときに役立たないところが自らの方へ銃を撃ってくる。
セルビア人の軍隊を雇ってるのもそもそもはセルビア人だけではなく、ボスニアヘルツェゴビナ国民全体のはずだ。
平和ボケしている日本人には衝撃的な内容だった。
たけ

たけの感想・評価

4.0
民族や宗教の違い
それに伴う、対立や憎悪
常に様々な問題を生む要因の1つであるけれど
自分には芯のところまで理解できない
何か、事を起こす理由として利用されやすいだけなのかと思ってしまうのは
日本人の平和ボケした感覚なのだろうか

個人レベルでも、理不尽で理由の無い殺人がニュースで流れない日はないのだから
団体であったり、国家レベルで同じような事が起こると、こういうことになるのだろうか

自分は日本で生まれ、千葉県で育った
これだけで生死を分ける理由になり得る怖さ

生まれてくる意味があるのだというのならば
死ぬ時は納得して終わりたい
それこそ自己責任でいい
本日3本目。最初の1時間寝てしまった。。最後の40分しか観てませんが、この映画を観て泣いてるどころではないと思いました。
ocu

ocuの感想・評価

3.7

このレビューはネタバレを含みます

ひどい虐殺は第二次世界大戦で
終わったものだと思っていたけれど。

自分が生まれたころ、
つい最近に起こっていたことに驚き。

東ヨーロッパに行った時は、
街や人の雰囲気から、何だかどんよりした歴史があるんだろうなと感じて、知りたい気もしつつ踏み込んでは行けない雰囲気を感じていて。
この映画でその背景を知る機会になりました。これは知らなきゃいけない。
miki

mikiの感想・評価

4.3
人間って残酷な面がしっかりあって、ハッピーエンドばかりじゃないのが現実。
その悲しくて苦しい現実から目を逸らさずに作成されていた。
観賞後はすごく後を引いてしまうし、社会はいつまでも変わらないのかと頭から離れない。
でも、だからこそ日本で普通に生きているって幸せを大切にしないといけないと思わせてくれた。
simpsons

simpsonsの感想・評価

4.6

このレビューはネタバレを含みます

凄まじい映画を観てしまった。
後で知ったけど、賞取りまくったのも納得。サラエボの花の監督やったんや!!

冒頭のシーンから漂う緊迫感。
東部ボスニアの町スレブレニツァ。
無線の声
「安全地帯ではなかったのか」
「セルビア人への空爆は必ず行われるのか」
市民を守るために必死に詰め寄る市長と、翌日は国連軍が空爆してくれるから大丈夫だとたかを括り、自分はただのピアニストだと無責任な国連軍(オランダ人部隊)の大佐。そして間で通訳するアイダ。
翌日、国連軍の空爆は無く、将軍に侵攻され、市長は一瞬で殺された。

アイダの目線からボスニア紛争(1992〜1995戦後ヨーロッパ最悪の紛争20万人の死者、200万人以上の難民)の現場がリアルに描かれていて、ドキュメンタリーみたいに臨場感があって観ているこちらもハラハラする。
アイダが家族を探しに国連施設の外へ出て高所に登った時に、画面を覆い尽くす難民の数の多さに息を飲んだ。20,000人以上のボシャニク人(イスラム教徒)
いつセルビア人勢力が来るか分からない緊迫感。こんな時、国連軍は中には入れてくれないんだ。中にいてもトイレは行けないし、食料もない過酷な状況。
教え子や隣人が敵となる現実。

アイダは国連職員通訳なので、身柄は守られる。でも家族は難民扱いされて守られない。
私もアイダの立場なら、愛する家族を守るために同じ行動を取ると思う。
守らなければ、殺されるのだ。
他の人たちは殺されるから、自分の家族も同じように殺されなければならないのか?
2人が殺されたら他の2人の市民が助かるとかそんな話しじゃないだろう。
皆んなは救えない。
このような無法地帯、混乱状況の中で、国際正義を待っていられない。頼れるものは自分だけであり、状況に甘んじて守れなければ死を意味する。後からいくら嘆いても家族は帰ってこないのだ。
実際に「必ず助かる。保証する」と発言した大佐。その直後、夫も息子たちも殺された。小学校の体育館で。誰もことの責任は取ってくれないのだ。

スレブレニツァの虐殺
1995年、8000人のボシャニク人が殺された。旧ユーゴ国際戦犯法廷でジェノサイドと認定された。
国連軍との交渉‥移送と騙した処刑‥
虐殺を隠すために遺体の隠蔽工作まで行われた。

規則だからと、夫しか助けようとしない大佐。たった2人も助けようとしない。
規則規則と言いながらも、規則を背いて武器を持った兵士を国連施設内に入れたのはなぜか。
杉原千畝の話もそうだし、ホテルルワンダもそうだし、人民の命を救うという使命の前に、どんな規則が優先されるのだろう。
現場のトップの脇の甘さに加え、国連本部から何の指示もないことに対するオランダ兵幹部の苛立ちも描かれていた。
ホテルルワンダのときも国連保護軍は本当に無力だった。
組織的な欠陥もあるけれど、何もできないから何もしない、で良いのだろうか。
オランダの裁判所はオランダ政府にも責任を認め、賠償金の支払いを命じた。この事件での対応を契機に内閣は総辞職に追い込まれたそう。オランダ国民の意識の高さがすごい。

ダンスを楽しむアイダと側で見守る夫。
ドクターに嬉しそうに息子たちの話しをするアイダの笑顔。
学校の先生に戻りたいわ。本当に楽しくて幸せだった。
望んだのはそんなささやかな日常だった。

最後、小学校へ教師として戻ったアイダの目にセルビア人武装勢力の子供が映っていた。アイダの気持ちを思うと、私はあのシーンに希望を見出せなかった。アイダの苦しみはずっと続く。傷なんて癒えない。
でも、子供たちの教育を通して社会を変えていこうというアイダの決意、覚悟は伝わってきた。やはり幼少期からの教育が肝心なのだ。

記録を残すということ
歴史専門家のアイダの夫は3年半の紛争の記録を残したい(セルビア人武装勢力にみつかると危ないからとアイダに燃やされたけど)
記録を残すという行為自体が、危険な行為なのだ。知られたくないものたちにとってはそれだけ怖い。すぐには何もできなくても、知るということだけでもパワーを持つのだ。ペンは剣よりも強し
書いてどうなるのか?何が変わるのか?
現状は変わらないのに。直視したくないのに。
裁判でもメモや日記が証拠になる。
記録には伝えることと同時に、証拠にもなる。
セルビア系の歴史教科書には虐殺の記述は一切触れられていない。
映画も記録だ。
監督が世界中の人に忘れて欲しくないこと、伝えたいことがある。
もう2度と起きてほしくないから。
人の思いやり、判断、組織の欠陥
一体どこに過ちがあり、どこをどうすれば良かったのか。

今年6月に、ハーグ国際刑事裁判所でムラディッチ将軍の終身刑が確定した。
ボスニア政府にはスレブレニツァでの虐殺をいまだに否定する右派の政治家が多いらしい。集団虐殺に当たるとしたハーグ国際刑事裁判所の判決を否定している。
セルビアでは英雄として評価されているムラディッチ将軍を演じたボリス(アイダ役ヤスナの実の夫!!)は、出演後母国では大きな政治的な圧力を受けているのだそう。
uruma

urumaの感想・評価

4.0
虐殺そのものを直接描写しなくても、前後の場面や逃げてきた人々の表情からおおよそ察することが出来てしまい、終始やるせない気持ちでいっぱいになる。
何より恐ろしいのは、これがそこまで昔の話ではないという事と今も尚同じような悲劇が繰り返されている事だと思う。
劇中で2回、人々が踊っている場面が出てきた。一見皆愉しげだけど、こちらをまっすぐ見つめてくる表情が妙な違和感を与えてくる。彼らの無言の眼差しは何を伝えたかったのか、鑑賞が終わった今も延々と考えてしまう印象的なシーンでした。
紛争地域で大人数・強力な武器・決定権を持たない国連は、交通整理しか出来ない。
多少あの状況ではワガママの様な気が。
発端は知らないが、3つの民族、3つの宗教、3つの言語で1つの国にまとまるのは奇跡。

今 親ガチャという言葉があるが、国ガチャは有ると思う。
まおう

まおうの感想・評価

4.0
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争にて実際に起きた大量虐殺事件を、国連軍の通訳として働く女性の視点で描いたアカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品。
戦争において如何に人間が無力で無責任でそして残酷かを淡々と映していき、やるせなさと虚しさで心を抉られる。
ノーマンズランド然り、目の前で起きてる虐殺や虐待をただ眺めるだけで一体何のためにいるのかわからない国連軍の無能さ、家族を守りたいがためにひた走るも事態が悪化するばかりで無力なヒロイン、まるでホロコーストの再来のようなそれが全て誇張ではなくつい最近起きた事なのだと突きつけられ、映画を見たあとしばらく立ち上がる気力を失うくらい打ちのめされた。
ラストシーンの子どもたちを見守るアイダの強張った顔はいつまでも我々に疑問を投げかける。私達に一体何ができるというのか。

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