アイダよ、何処へ?の作品情報・感想・評価(ネタバレなし)

「アイダよ、何処へ?」に投稿された感想・評価

Johnny54

Johnny54の感想・評価

4.0
スリラーとしては素晴らしいし、これをきっかけに歴史を学ぶ人が少しでも多くなれば製作者も本望だろうか。
ただ、劇中のことで言えば、気持ちはわかるけどこの行為を肯定するのはどうかとも思うのだ。

2021-063
序盤は自分の家族だけでもと優先を求める自己中な主人公にイライラしたけれど、結末からそう行動してしまうやむを得ない時代なのだと知る。
もっと時代背景を勉強してから観るべきだったと後悔した。

2021年186本目
natsumi

natsumiの感想・評価

-
1995年、ボスニア紛争中に国連軍の通訳として働いていた主人公アイダ。民間が知らない情報を手に入れられる故、危険を予知しせめて父と息子二人だけでも助け出そうとする話。ちょっとシンドラーのリストっぽい感動系を期待していたら全然違かった。戦争は怖い、というより戦争の無意味さ、結局は上の指示に従うことしかできずセルビア人勢力の言いなりになる国連軍の無力さが浮き彫りになっていた。
Pandano

Pandanoの感想・評価

4.2
ヨーロッパの火薬庫とも言われたこの地域。民族、宗教、歴史…どれも複雑で、わかりにくい。
アイダが必死に奔走する姿に置いてきぼりを喰らう私は、ことの重大さが身に染みてない平和ボケ…と言うことか。

他人が住んでいる自宅に戻ったアイダが、階段ですれ違った男に驚く。
その先はアイダの幻想かと勘ぐってしまった。
隣人と仲良く暮らせるはずなんかないでしょ、と。

ああ。
世界中で国連という機関が役に立たない悲劇が今でも起き続けている。
私がそこに生まれなかったのはただの偶然でしかないのだ。
ごー

ごーの感想・評価

-
スレブレニツァの虐殺は知っていたけど住民が基地に逃れてさらにそこから連れ出されたということは知らなかった。
記事を読み直そうと思った。
1985年くらいに実際にあった民族浄化という名の虐殺物語
人間は環境次第でいくらでも残酷になると言う事を学ぶ事が出来る
kikawa

kikawaの感想・評価

5.0
現実を見せられて自分がものを話す資格があるのか疑う。今自分が生活している環境がいかに非現実的な社会であることか。自分が一体どこに生きているのか、分からなくなる。ショックが強い。ショッキング。ショックだった。お願いだから殺さないで。
mity

mityの感想・評価

4.0
1995年に起きた集団虐殺「スレブレニツァ・ジェノサイド」を描いた本作。わずか26年前にこんな事が起こっていたことに驚いた・・・。

国連保護軍の通訳として働くアイダ。家族の為に、とにかく国連保護区内を走り回るアイダの姿がとても印象的だった。でも、家族を守りたいとアイダが必死になればなるほど、ただただ何も出来ない無力さだけが浮き彫りになるようで、空しさが込み上げてきてしょうがなかった。

アイダはでも、自分に出来ることを懸命に、最後まで懸命に行い闘ったと思う。その必死さに国連は応えなかった。何もしなかったわけじゃない。でも、結局組織にとっては、いつだって現場ではなく会議室で事件は起こっているのだと、思えてならなかった。

元教師のアイダの目の前に、敵となって現れる教え子。民族の違いは、簡単に人を被害者と加害者に分け隔ててしまう。それが民族紛争、それが戦争・・・。子どもに何を教えたら良いのか・・・アイダが失ったものがあまりに大きすぎて、私もまた無力なのだと思った。


#103_2021
顔の映画。
アイダが群衆から個々人(家族)を見出すところから始まる。
通訳ゆえ事情を完全に察してとにかく家族だけでも…と奔走するが、その帰結の虚しさたるや。
一人の人間にできることの小ささを思い知ると同時に、彼女が奔走する中で観客が、群衆から見出した個人たちが迎える帰結もまた、歯痒さを際立たせている。
映画の特性の流れゆく物語をただ観て聴くしかない部分を顔を覚えさせることで巧く使い、観客とアイダに連関を持たせていた。
人質に最期の瞬間が訪れる時(武装集団が「映画が始まるぞ!」と叫ぶのも無関係ではないと思う。)劇場では「あぁ…」とやるせない溜息が漏れていた。
空海花

空海花の感想・評価

3.9
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争末期の
1995年7月「スレブレニツァの虐殺」
国連平和維持軍で通訳として働く女性アイダが、必死に家族を守ろうとする姿を通して、その惨劇を描く。
監督は長編デビュー作『サラエボの花』が2006年ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したヤスミラ・ジュバニッチ。
本作は2020年ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門正式出品作品
2020年ロッテルダム国際映画祭観客賞
ボスニア・ヘルツェゴビナ映画として、
アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート
ボスニア・ヘルツェゴビナ=オーストリア=ルーマニア=オランダ=ドイツ=ポーランド=フランス=ノルウェー=トルコ合作

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争とは、1991年以降のユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国が解体する過程で起こった内乱。
6つの共和国の一つであったボスニア・ヘルツェゴヴィナ地方において、
独立か否かをめぐり、
ボシュニャク人、クロアチア人、セルビア人の3勢力が1992年から1995年まで内戦を繰り広げた。
映画ではセルビア人勢力のラトコ・ムラディッチに率いられたスルプスカ共和国軍が、国連指定の安全地帯であったスレブレニツァに侵攻を始めるあたりからといったところか。

スレブレニツァの安全地帯には市民が殺到。
だが全員を収容できないまま入口は閉ざされる。
多くの住人が外に残され
中に入っても食糧もトイレも全く足りない状態で、人々はひしめき合うように座りこむしかない。
国連平和維持軍に携わっているオランダ軍の高官が食糧や物質の支援、また爆撃要請をしても受け入れられることはない。
国連の無力さに怒りが湧きそうになるが
観ているこちらもどうしたら良いのか、
何が良いのか途方に暮れる。
実際、国連平和維持軍の人員は全く足りておらず、相当苦しかったようだ。
物資の不足で餓死者が出る程だったという。
国連の(本部の方は)直接は描かれないが、在り方は問われなくてはならない。
平和維持軍と国連軍はまた異なり、
後者の正規の意味での多国籍軍が編成されたことはこれまでないようだ。

その中で自分の家族の安全というただ1点の目的に必死に執着するアイダ。
他人に何を言われようが、どう思われようがお構いなし。
時と場が違えば、利己的と批判もできよう。
だが、それこそが端から見ているだけの綺麗事。
相手を信じられないと思いつつ、ルールに従うしかないのは諦めか考えるのを止めた時か。
でも、本当にどうしようもない時に
人はどうすればいいのだろう。
言葉を失う。

虐殺を描いた映画だが、直接的に残酷な描写は全編を通してない。
怒り、燃えるようなアイダの視線が脳裏に灼きつく。
だが事件からの映像は、衝撃的なものばかりで、一気に心が冷えた後
驚きの連続だった。
民族は違えど、昨日の隣人だったはず。
すぐそばでは子供たちがサッカーをしていた。
対立に関しては宗教や民族にはあまり触れてはいない。善悪に分けない構図は見事。

ラストシークエンスの子供たちが表すものは何なのか。
物凄く不安に掻き立てられた。


史実では
共和国軍は7/11にスレブレニツァ中心部を制圧。
7/12には同地に居住していたイスラム教徒のボシュニャク人の男性すべてを絶滅の対象とし、8000人以上が殺害された。


2021レビュー#170
2021鑑賞No.385/劇場鑑賞#72


ちょっとまだ調べと考えが甘いところが多くてうまく書けない。。
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