サウルの息子の作品情報・感想・評価・動画配信

サウルの息子2015年製作の映画)

Saul fia/Son of Saul

上映日:2016年01月23日

製作国:

上映時間:107分

ジャンル:

3.7

あらすじ

『サウルの息子』に投稿された感想・評価

まさき

まさきの感想・評価

3.8
スクリーンサイズ、焦点深度、長回しカット、すべてが作品のテーマにビタビタにはまってた。

解説見て納得はしたけど、やっぱりサウルが身勝手な奴にしか見えへんかった。
アウシュビッツ(絶滅収容所)でユダヤ人の死体処理を担当する当のユダヤ人、「ゾンダーコマンド」に焦点をあてた、珍しい作品。

一人称視点なので、ホロコーストや、アウシュヴィッツの基礎知識がないと状況が掴みづらく、何が何やらわからないかもしれません。

視聴後、映画の中のいくつかの出来事が、実際の史実だと知り驚きました。
命の軽さを体感できる107分です。
あろは

あろはの感想・評価

4.5
開始10分で、この後100分耐えられるのかと心を打ちのめす、目から耳からの阿鼻叫喚。

1.33のアスペクト比で視界を狭め、画角にサウルがいる時は周囲の視界はぼやける。それでもこの地獄を体感するには十分過ぎる。

ナチスが自分たちの手を直接汚さないために、またこの史実を歴史の記録から完全に抹殺するために、ユダヤ人で組織されたゾンダーコマンド。

その存在ぐらいしか認識していなかった、ユダヤ人によるユダヤ人大量虐殺実行部隊の実態は、その認識を軽く飛び越えていく。

記録に残ったこのユダヤ系ハンガリー人による史実を、ハンガリー人監督のネメシュ・ラースローが描くという意味と重み。

少年はサウルにとっての生きる希望か。

製作費150万ユーロ
matsu

matsuの感想・評価

3.9
2015年ハンガリー映画

舞台は1944年、アウシュヴィッツ強制収容所

この映画の最大のポイントはカメラワーク…全て主役のサウル目線で映画が進む

自分が作品に入り込んだような超リアルな感覚で映画を見ることができる事


ゾンダーコマンドとして働いているユダヤ人のサウルは、ある日、自分の息子と思われる遺体を見つける
※ゾンダーコマンド
延命と引き換えに、強制収容所で毒殺されたユダヤ人たちの大量の死体処理をする者

その遺体は解剖にまわされる

せめてきちんと供養して葬りたいサウルはその遺体をどうにか運び出したい

不審な行動をすればドイツ兵に撃ち殺される危険がある中、サウルは大胆な行動に出る…というストーリー


ホロコースト関連の映画は多数あるけれど、この映画は異色の存在

こんなに自分が入り込んだような感覚で見られたのは初めて

リアルに底知れない恐怖を感じた、心底恐ろしかった
rumblefish

rumblefishの感想・評価

4.5
サウルの行動は、仲間を危険に晒す身勝手な行動に思えて、正直苛ついた。
でも途中から、サウルを特定の人物ではなく、ホロコーストで亡くなったすべての人々を埋葬してあげたかったと願う、人々の祈りの集合体だと思って見ていた。
最後のサウルの眼差しは、あの少年だけでなく、観客にも向けられているのでは、という解釈をどこかで読んだが、なるほどと思う。
新たな視点の映画、新たな視点の没入感。
独特なカメラワークだが、シネスコ(ワイド)が良かったかな。
いつも心にアウシュビッツを。
私の好きな高橋ヨシキさんの言葉です。

自分の事ですら一切信用できないのに他人をどうやって信用しろと。

強制収容所での大量殺戮の実態や、死体をユダヤ教の教義に基づき葬ろうとする姿を描く。

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に収容されているユダヤ人のサウルは、同胞をガス室へと送り込み、その死体処理も行う“ゾンダーコマンド”として働いていた。ある日、ガス室で少年を発見する。結局亡くなってしまったその少年を、サウルは自分の息子と思い込む。そして…。

アウシュビッツ解放70周年を記念して製作。
2年位前に観て、レビューを書けなかった作品

ちょうどその時期にNHKで「アウシュビッツ死者たちの告白」というゾンダーコマンドの手記が発見され、その内容を説明する番組がやっていました。
その流れでこのサウルの息子を鑑賞。

終始苦しく、観るのがつらい作品です。
しかし、ゾンダーコマンドの方が事実として存在し、いかにヒトラーという人間が恐ろしくおぞましい存在であったか、人種迫害によって苦しんだ人たちがどんな惨状にあったかをこうやって映画という形で知ることができました。

こんなことがあってはならないと強く思わせてくれる一作でした。

このレビューはネタバレを含みます

絶滅収容所でユダヤ人の遺体を焼却していたのは、同じユダヤ人だという事は知っていたが、彼らの事を“ゾンダーコマンド”と呼んでいたらしい。

ゾンダーコマンドのサウルは、ある日も、同胞をガス室に連れて行き、その後の処理も仲間と行っていたのだが、その日はいつもと違った。
一人の少年が息も絶え絶えだが、まだ生きていたのだ。
しかし少年はその直後、他のゾンダーコマンドのユダヤ人達に窒息させられ、死んでしまう(治療が出来ないのだから、こうするしかない)。
サウルは「この少年は俺の息子だ」と言い始め、普通なら遺体は敷地内で焼却処分するのに、ちゃんとラビに祈ってもらってから土に埋葬したいと、一人で奔走を始めるのだった…。

この作品は、カメラがサウルに常に焦点を当てているので、ガス室に送られるユダヤ人達はピントがボヤけていてはっきりとは見えない。
しかし、壁を叩いて助けを叫ぶ音声は、ガンガン聞こえてきます。
ただ、その後のサウルの行動が、今どこにいるの? 何してるとこ?と、
映画だけでは分からなかったので、観た後でウィキベキアで勉強しないといけませんでした。

それによると、ゾンダーコマンドも3カ月から半年くらいで、前の担当者はガス室に送られて総入れ替えになっていたそうです。
この映画の舞台は1944年10月、アウシュビッツで第12期のゾンダーコマンド達が、ひっそり調達した火薬を使い、ガス室と火葬場を破壊した反乱が実際にあったので、その事件と重ね合わせていた様です。

しかし、ラビが見つかったシーンがその反乱なのかと思ったら、あれはその時送られてきたユダヤ人が野外で銃殺されている場面だった、など、
ウィキで確認しないと、実際にその時に収容所で起こっていた背景が全く分かりませんでした。

映画の中では、後半、同胞からこの少年は「お前の息子ではないじゃないか」と言われています。
きっと、ガス室に送られるのは女、子供、老人が優先だから、サウルの妻や子供はとっくに殺されていたのかもしれません。
サウルは自分の家族が既に死んでいる事は分かっていたから、息が残っていた自分の息子と同じ年頃のこの子を、ユダヤ教の儀式できちんと埋葬してやりたかったのでしょう。
彼の行動のせいで同胞が死んだり、蜂起の邪魔になると分かっていても、自分の行動を止められなかったのです。

絶滅収容所を計画的に運行したアドルフ・アイヒマンは、
「一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字にしか過ぎない」
と言ったそうですが、収容所の何万人もの人に、この様な苦しみを与えた事はやはり許せない。
しかし、アドルフ・アイヒマンの正体は凡庸な男だった。
今は顔が見えないからと、ネットでの誹謗中傷を趣味のようにしている人もたくさんいる。
もし権力を握ったら、この様な職種(立場)になったら、アイヒマンと同じ事をしてしまう素養は、誰もがもっているとも言える。
しかし、二度とこんな事は繰り返したくない。
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