ホテル・ルワンダの作品情報・感想・評価

「ホテル・ルワンダ」に投稿された感想・評価

DVD。なぎちゃんのお相伴でようやくキャッチアップ。なかなか手がだせなかった作品。実話だと知っていた。ルワンダの虐殺の理不尽さをリアルタイムで感じていたというのもある。

でも、なかなかの娯楽映画。ラストにかかる曲がいいんだよね。ワイクリフ・ジョンの『Million voices』。そのメロディと韻律とリズムに、救われる思いがした。「ルワンダよ、ルワンダよ」という声は、「子どもたち叫び」なのだから。(https://www.youtube.com/watch?v=dFo7EpLOZUw)

実話なんだけど、残酷な部分は、あくまでも映画として見せてくれた。たとえば、倉庫で、ナタで一杯の木箱が開いてしまうシーン。イタリア映画の『Anni difficili』(1948)のなかで、スペインのフランコを助けるためにムッソリーニが秘密裏に送った武器が、オレンジの木箱から大量で出てくるシーンを思い出した。ああ、この大量の武器で人が死ぬのかという予感。そしてその予感があるから、残酷な殺人シーンはチラリと見せるだけで十分に怖いというわけだ。

あっと思ったのは、 西側のカメラマンを演じていたホアキン・フェニックス。虐殺を撮影し、その残酷な映像を、ルワンダ人のホテル支配人ポールに見せてしまったことを謝るナイーブさがありながら、謝りながら酒に誘う鈍感さも持ちあわせる人物。その善良ながら愚鈍でもある瞳は、まだ罪の意識を感じていて、開き直るまえの「ジョーカー」ということもできるかもしれない。

それにしても、どうしてこんな虐殺が起きてしまったのか。なにがフツ族とツチ族を対立させてしまったのか。映画の冒頭で、フツとツチの違いを尋ねるシーンがある。定義らしいものはあるのだが、外からの見た目にはわからない。それでも、それぞれが自分がどちらであるかを知っている。そんな状況を、妙なものを見るかのように見つめるホアキン・フェニックスらの白人ジャーナリスト...

けれども、少しググれば出てくるのだけど、フツとツチという人種的な区別は、土着的なものではなく、白人によるアフリカの植民地化の過程で、植え付けられてゆくものなのだ。

ルワンダを最初に支配したのはドイツ。第一次世界大戦でドイツが敗北すると、ベルギーが統治するようになる。この時期に、ベルギーの植民地官僚たちは住民をツチ、フツ、トゥワに分類し、「ハム系民族」とみなされたツチを重用して植民地統治に利用するようになる。

こうしてフツに分類された人々は、植民地支配に加担するツチへの不満を募らせてゆく。そしてやがて、この映画に描かれたように、民兵を組織、支配階級とみなされたフツの虐殺を始めたというわけだ。

問題は、どうしてツチが「ハム系民族」とみなされたと言うこと。ハムとは、聖書の創世記に出てくる人物の名前だが、その末裔がアフリカの地に流れてゆき、文明をもたらしたという仮説がある。イギリスのジョン・ハニング・スピーク(John Hanning Speke、1827 - 1864)によるものだとされる「ハム仮説」だ。

ベルギーに支配者たちは、このハム仮説にしたがって、「中程度の背丈とずんぐりした体系を持ち」「肌の色が比較的濃い者」をアフリカに土着の民(フツ族)とみなし、「痩せ型で鼻の高く長身な」「肌の色が比較的薄い者」を北方から渡来した「ハム系民族」(ツチ族)として、統治を手伝わせた。

だとすれば、ツチとフツの対立は、ヨーロッパによる植民地支配と、聖書の民がもっとも文明的に進んでいると考える人種思想を根に持っている。そして、それまで抑圧されてきたフツが憎しみを爆発させ、お高く止まっていたツチを蹂躙することになる。けれど、その虐殺の種をまいた当のヨーロッパ人の多くは、自分で種をまいたにもかかわらず、すっかり他人事、「ああ怖い」と口にしながらも、ただ遠目に眺めるだけだったというわけだ。

ホアキン・フェニックスが撮影に成功したニュース素材の虐殺映像を見たポールが、「よかった、これで助けに来てくれる」と言うと、ヨーロッパ的なメンタリティに通じるホアキンが悲しそうに答える。「連中はたぶん、怖いわねと言いながら、夕食を食べ続けるのさ」。その言葉に理解できないというポール。彼を演じたドン・チードルの、その善良そうな瞳がよい。それまで支えてきた白人たちの、ヨーロッパ文明というものの残酷を見ることがなかった瞳...

それにしてもだ。映画のなかで、いくつもの瞳が善良な輝きを放つ。同じくらいに、積りに積もった憎しみの炎を燃やす瞳、ただただ怯える瞳、すがるような瞳。そんなもろもろの瞳が、それぞれ空虚な眼差しの向こうに捉えたものがある。それは、まちがいなく、ぼくたちの傍にもある。

彼らもはじめそうだったように、ぼくらにもまだ見えていない。まだ見えていないけれど、気配は感じている。けれど、その悪夢の気配はあくまでも夢なのだろうと、とりあうことがない。夢でなくなってはじめて、悪夢だったことに気が付くのだ...

このよくできた娯楽映画は、ぼくらを二時間のくつろぎのなかに抱き込みながら、ゆっくりとその不気味な存在を感じさせてくれる。まるで「忘れるなよ、そいつはまた戻ってくるからな」とでも告げるかのように。
昔はこういう映画、泣くしかできなかった。今だって、たいしてできることは変わっていない。でも泣けなくて、それが悲しかった。

私は「怖いね」って言って夕飯を続ける側の人間だから、ルワンダの人間にはなれない。心底感情移入できた私はもういなくて、どこか冷めた目で、映画を見ている。どこか諦めている。その諦めは、こちら側を生きていくには必須で、いちいち悲しんでいられない。私は強くなったのだ。あぁ、強くなったのだ。弱くなったのだ。

ポジティブに考えれば、いい映画だったから、むしろ泣けなかったのかも?箱からばら撒かれたナタを見て、何に使うか分かった。人間がトラックで運ばれていく間に違和感を感じた。こんなにたくさんの軍隊が出てくるのに、どれが誰かすぐわかった。背景に聞こえる銃声に慣れていた。見ている側に親切で、グロテスクすぎない程度に、恐怖を与え続けていた。わかりやすすぎて、泣けなかったという可能性もある。

生き物は生きるのも死ぬのは難しい。

最近苦しい映画ばっかり見てるから、何も考えないで見られるものを見なければいけない。私が生きていくために…
民族紛争は結局のところ権力争い。
自分が権力を振るうために、理由をつけて人を囲い込み扇動する。
外の人は共通の敵だと言って略奪の対象とする。
個々人は民族なんてそこまで気にしていなかったり、他民族でも友達だったり、家族だったりするのに。
そんなことを考えさせられた映画でした。
去年ルセサバキナがテロ容疑で逮捕された。現在の政府も独裁的な評判もあるし、何が真実か本当にわからなくなるね。少なくともこの映画で描かれている民族内での大虐殺は紛れもない事実だと言うことは忘れてはならないね
「決めておこう。
もし民兵が襲ってきたら、屋上に上がって、私達の子供を抱えて飛び降りろ
タチアナ、約束してくれ。
ナタで殺されるよりマシだ。」


部外者の人間が、実際に起きた悲惨な事件を元にしたノンフィクション映画を観て「悲しい気持ちになる」とか「同情する」とかは適切ではないのかもしれない。

100万人という途方もない数の人間が一方的な差別と偏見によって命を落とした。歴史にはこの事実しか残らないし、当時のルワンダ国民が感じた恐怖はいくらリアリティを追求した映像で再現されようと理解することは決して出来ない。

後の世を生きる私たちに許されることは忘れずに伝え続けることだけである。

冒頭のセリフは主人公のルセサバギナが妻であるタチアナに言った言葉。
一家の大黒柱である父親が妻と子供に飛び降りろと言わせてしまう、実際にこの言葉を本人が話したかは定かではないがそれだけ事態は緊迫しており、もし民兵に捕まったとしても"無事に”殺されるとは限らない絶望の状況を表している。

あえて言うが、たかが地球の裏側の発展途上国の内戦の話である。だがこの映画は、私達の日常におけるあらゆる差別や偏見に通じる重要な一面を剥き出しにしている。

偏見を持つ人間が多数になると"一つの考え方“のように変わって、それが波となって一気に世論まで動かしてしまうこと。
もちろん、彼らには歴史的因縁があるが、それは過去の彼ら出会って当時を生きた彼らとは無関係である。

「差別はいけませんよ」「偏見はいけませんよ」なんて今時小学生でも理解できるが、「なぜ差別がいけないのか」「偏見を持つ社会になると何が起きるのか」までは知らない。
この名もなきルワンダ人たちが生きた命に意味を与えるためにも、必ずこの話は伝えなければならない、そう感じた作品だった。
かな

かなの感想・評価

4.0
衝撃的で、もう観れない。
ツチ族とフツ族の対立。ジェノサイド。

これでもジャーナリストは存在する必要あるか?
と、問うてしまう一幕も。

ポール「あの映像をながせば
    世界は私たちを助けてくれる」
記者 「もし誰も助けにこなかったら?」
ポール「あの残虐行為をみれば、必ず誰
    かが助けにくる」
記者 「世界の人々は、あの映像を見て、
    怖いねというだけで、ディナーを
    続けるよ」
ドン・チードルが主演なのは知ってましたが、ホアキン・フェニックスが出ているのは知りませんでした。

ルワンダの事件はあまり詳しくないので、こんな悲惨な事件が起きていたことに驚きました。

頼りになる白人たちからも、国の人はお前らをゴミだと思っているとはっきりと言われるのは辛いですね。
もう完全にお手上げ宣言されてますから、救い用がないです。

シンドラーのリストをまた見たくなりました。
人として大切にしなくてはならない生きる意味を考えさせられる、、
ラストは忘れられないと言うより忘れてはならないと強く感じました。
カナ

カナの感想・評価

4.0
歌がめっちゃ印象的でした。ただモデルになったひと結局逮捕されてて残念だなと思いました。結局美化されてたのかあ…。
アフリカの小国、ルワンダで起きた本当の話。
同じ国民でこんな大量虐殺が起きてたってゆう事実。
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