きこえなかったあの日の作品情報・感想・評価

きこえなかったあの日2021年製作の映画)

上映日:2021年02月27日

製作国:

上映時間:116分

3.8

あらすじ

「きこえなかったあの日」に投稿された感想・評価

Natsu

Natsuの感想・評価

4.0
震災当時、聞こえない人たちがどれだけ不安を感じていたのかを初めて知った。そしてその後の生活についても!
この映画は辛さだけの紹介ではなく、たくさんの明るい話題も紹介されている。
あったかい作品だった。

さまざまな困難を抱えている人たちが少しでも不安が軽くなるような世の中を作っていきたい。一人一人が周りのことを考えて行動すればきっと実現すると思う!
東京国際ろう映画祭 2021


■今村監督自身もろう者であり、津波警報が聞こえない

東日本大震災直後から今村監督は宮城を訪れてカメラを回し始めた。

大きな余震はまだ頻発していて、映画の冒頭、町の人をインタビューしてる最中にも震度6の地震が発生。
直後、津波警報が鳴る。

今村監督自身もろう者であり、津波警報が聞こえない。
そばにいた他のスタッフから教えてもらい車に乗って避難。

映画はこのシーンからスタートする。

***


■3.11でのろう・難聴者の過酷さ

宮城県のろう・難聴者は約6000人。
障害者の死亡率は障害のない人の2倍。

「津波の警報が鳴っていた。私は全く聞こえなかった。揺れが収まったら大丈夫だと思っていた。」

「津波警報が鳴っても全く聞こえない。」

避難所にて
「水があります。薬があります。食事の配給の情報が遅れる。周りの人たちが立ち上がったら立ち上がりついていく。常に周囲に気を配っている。」

「避難所に手話通訳の設置が必要」

避難所でも、必要なアナウンスは音声のみで行われることが多く、ろう者は情報を得られず、不安とストレスが増す。

***

今からだと信じられないんだけど昔は、手話は言語として認められていなかったので、
ろう学校で手話教育が禁じられていて、
高齢者の中には十分に教育を受けられなかった方もおり、
中には日本語の読み書きが厳しい方もいる。

音声として聞こえない言語を文字だけで習得するのは本当に難しいことだと思います。

「罹災証明書をもらったけど意味がわからない。」

***

手話言語条例を制定する自治体が増えている。

手話を言語の一つと認定し
手話「を」学習する機会を保証し
手話「で」学習機会を保証し
手話で情報を獲得する機会を保障する条例。


***


■2016年の熊本地震

2016年の熊本地震では避難所に、
ろう者・難聴者への案内のポスターが貼られ、
手話通訳や筆談などのアクセスがしやすくなった。
東日本大地震の時には見られなかったこと。


■2018年の西日本豪雨

2018年の西日本豪雨のときには、
ろう者・難聴者のボランティアが大勢集まった。

広島ろうあ連盟「ろう者は体は元気。会話ができないだけなのでボランティアセンターを立ち上げれば大勢きてくれるだろうと」広島ろうあ連盟はボランティアセンターを設置。
全国初。

「私が難聴だと言うと断られたことがあって、今回参加できてよかった」

「助けたいと自然な気持ちがわきました。みんなで協力して土砂が少しずつなくなっていきました。」

延べ383名のろう者・難聴者が107日間ボランティア活動をした。


■2020年新型コロナウイルス

休業要請のあった理容室の男性が手話通訳者の同伴で役所に支援金の申し込みに行く。

**

聾学校では口話教育が基本で手話は禁止されていた。

(手話は下等な言語とされていて、いかに健常者の中に溶け込むかが教育の目的だったよう)

口話教育に時間が割かれ、中1で小4の教科書、高3でやっと中3の半分までしか受けられなかった。



■手話言語条例

映画の終わりでは「宮城では手話言語条例がまだ制定されていない。」と出るが、
『きこえなかったあの日』公開翌月の2021年3月、
宮城県で手話言語条例制定決定。
Moomin

Moominの感想・評価

4.5
誰かが拾わなければ出来ない映像作品

耳の聞こえない方々の震災の日から、監督はカメラを回し記録してきた
その人達がどのように生き、社会がどう変わっていたのかまで視点を広げる

監督が対象者に寄り添う姿が印象的に
出会いからその人を見つめ、声を拾う視線が映像に映し出される
時代の変化と共に10年間の記録が

終盤には社会から人間にまた戻る
温かさがモンタージュされている
実景の意味も紐解くとおもしろい
Terrra

Terrraの感想・評価

-
映画で完結させた意味が伝わらず。年イチのTVシリーズでも良い感じ。
山形国際ドキュメンタリー映画祭のオンライン上映にて。
3.11から現在に至るまで、耳の聞こえなかった人たちと自然災害にまつわる、10年間にわたるドキュメンタリー作品でした。
手話条例の話など知らなかったことも多く、勉強になりました。
職場で聴覚障害の方を接客する機会があって筆談で対応したけど上手くいかない、なんとか案内はできたと思ってたらすぐに帰られたことがあった。あの時どうしたらよかったんだろと引っかかってこの映画を鑑賞。聾学校の教育だとか読み書きが苦手な方がいるというのは知らなかった。
手話に字幕がついてないところもあって何を言ってるか分からないんだけどその感覚が聴覚障害者の日常なんだろうね
周囲の人が「何を言ってるか(身振り手振りで、同じ男だし)わかる」とよく口にしていたがそれは聞こえる人間側が言っちゃ終わっちゃう…
村山

村山の感想・評価

-
10年を追いかけたことは称賛に値するが、聴覚障害者と自然災害という大きなテーマでくくってしまって、映画の全体像はぼんやりしている。節目節目で行って撮った記録映像の意味あいが強い。ただ、手話が禁じられ無理に発語を習った時代のせいで、識字がままならない人たちも一定数いるとか、手話言語の認識の普及に関する条例の話とか知らない話題があり、聞けてよかった。
柊

柊の感想・評価

3.3
作品の意味やたくさんの人に知って欲しい、観て欲しいと言う気持ちは私にも大いにあるが、作品としてどうか?と問われればいかんせん起伏が少なくて、途中途中でだれる。当初100分くらいでまとめたと言うが、私はそちらの方を観てみたかった。

なんといっても加藤さんのキャラに尽きると思う。そして時々信子さん。2人ともインパクト強い。表面上は2人とも明るい。でもよく考えたら震災の時、防災無線や避難誘導の声、避難してからのさまざまな情報が聞こえないって…想像してみるだけでもしんどい。孤立、人がどんなにいても孤独という言葉しか浮かばない。どれ程心細いか。ましてやあの震災である。誰もが自分の事でいっぱいなのにと思うとよく生きてきてくれたと思う。でも聞こえない人は本当はもっといるはず。普段の繋がりだけでなく、いざとなったらどうするか?具体的な対策は急務だ。聞こえないから自分から発信することも難しいとちょっと考えると確かにそうなのに、改めて肝に銘じよう。

そして加藤さんに戻るけど、手話が言語として認められなくて、使うことを禁じられていた?そんな事があった事も知らなかった。
だから加藤さんの手話は独特。そしてとにかくニコニコ。それが観ていると辛くなる。相手にきちんと伝えられないから余計ニコニコそんな風に生きてきたんじゃないかな?だから身内やちょっと気を許した人には裏の顔を見せる。加藤さん含め、聞こえないからこそトラブル回避の為の生きる手段だったのかもしれない。
そして周りの人も何となくわかるとか、手話できちんと会話できなくてもジェスチャーやニュアンスで済ませてしまう。誰もある意味本当の加藤さんに触れようとはしない。そんな風にに私には見えてしまった。
コミュニケーションが何よりも大事というお題目の割には、聞こえない人達のコミュニケーションツールを学ぼうとはしない現実。自分も含めて偽善者かと思ってしまうよ。

高校生が手話を教えに来たこととか、聞こえなくて困っている人はいませんか?と言って避難所を回る行動力が救いと言えば言えるけど、まだまだ小さいな。聞こえない以外でも生きるのに困っている人はたくさんいるんだようなぁ。
想像力が今こそ必要だ。

最後の方の信子さんが、随分痩せていた事がとても気になった。そしてこれは予期せぬ事だとは思うけど、加藤さんの突然の死で映画が終わるのはちょっと残念。
未

未の感想・評価

4.0
耳が聞こえない世界を生きるというのはどういうことか、これまで気づかなかった視点や知らないことが沢山あったんだと実感した〜、、あ〜手話ができたら!もどかしく思う。挫折してしまったけど、やっぱりできるようになりたい!
今村さんの映画は『Stert Line』がとても好き。
あの映画をなぜ作ろうと思ったのか、その動機とか理屈とかは私には実はよくわからない。
わからないけれども、「思い立ったが吉日」で強引に時間とお金と同行者をかき集めて撮り始める、そのわがままさ、子どもっぽさがとても魅力的だった。
とは言いながら、強引に同行者にされた自転車屋の哲さんこそいい迷惑で、映画の中で何度も怒り狂うし、でも今村さんは「子ども」なので、怒りには怒りで対応してハデに喧嘩しまくるし。そこがあの映画の大いなる魅力だったと思ってる。

そんな彼女は、3.11についてや、LGBTについて、アスペルガーの友だちとの何やかやなんかを「ろう」の立場から見据えて映画を撮り続けてキャリアを重ねている。
それって全方位に興味が向いているとも言えるし、見方を変えると意識が若干拡散してませんかねえ、というところも感じられて・・、
だからいまだに『Stert Line』の今村さんが好き。

そうした中で、今回は「撮り手」「作家」としての今村さんを見ることができるのでは? と思って楽しみにしていた。
3.11から撮りためてきた「きこえない」ことと災害の関わりをさまざま見せてくれて。すこし大人の映画作家の一面を拝見。(いや、今村さんももう40歳を超えた立派なおばちゃんなのだからこういう言い方は失礼極まりないけど・・ごめんなさい)

私が映画を見た日は今村さんと関西大学社会安全学部の近藤誠司准教授(NHKご出身)のトーク付き。
会場には近藤さんのゼミ生(中国からの留学生で四川大地震で家族を亡くした学生さんがおられた!)も何人かご来場。

その中で今村さんは「いったん90分弱で完成させた映画が結局は2時間弱になった。生活・人生が伝わる映像、空気感を伝えなくちゃと思って、カットを途中で切らずに写しきることで伝わるものもあったのでは」といったようなことを仰って、その辺りに、「作家としての今村さん」を強く感じて。
それがさっき書いた、「大人の映画作家の一面」云々につながるということ。

この日、京都で「デビッド・ボウイと京都」鋤田正義写真展を見てきたという今村さん。
「コロナ禍で互いの違いばかりが気になって差別や排除が横行している。同じ部分を見つけることが力になる」という発言も素敵だった。

まったく違った切り口、たとえば「ろう」とは別のそれを、今村さんが見せてくれる、っていうのはこの先ないかしら?

とても見たい気もするのだけれど。
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