わたしは分断を許さないの作品情報・感想・評価

上映館(2館)

わたしは分断を許さない2020年製作の映画)

上映日:2020年03月07日

製作国:

上映時間:105分

あらすじ

「わたしは分断を許さない」に投稿された感想・評価

NHKアナウンサーからフリーになった堀潤監督が日本や世界各地に存在する“分断”を取材するドキュメンタリー映画だが、その視点は小さな主語。
事実を自分の目で確かめず、一個人の自分の考えを「日本人は」「みんなは」という大きな主語で表現する危険性は、今のネット社会では全ての人が陥る可能性がある。
堀監督の思いが先行し、映像を撮ることに慣れていないため、ボケたり画角からはみ出たりして映画としては見辛かったのが残念である。
新型コロナウイルスを巡っても、感染者をさらし者にしたり、県外ナンバーの車を敵視する“分断”は日常に潜んでいる。
3月に観た作品、レビュー書けてませんでした。

小さな主語で。

「わたしは分断を許さない」
2019年
@京都シネマ

昔、"We are the world"を嬉々として歌いながらも(今でも歌詞覚えてる笑)、感じていたどこか嘘臭い違和感を、Artists United Against Apartheidが "I ain’t gonna play sun city"と歌って打ち消してくれたように。

大きな主語で語ることと、小さな主語で語ることとでは、こんなにも伝わり方が違うんだ。伝えたいことがストレートに届く。

ジャーナリスト堀潤が、NHKという大きな主語では出来なかった発信がここにある。
 
分断を許さないとは何か?
SNS等で人と人の距離はなくなっていった、その一方で、様々な深刻な社会課題は増え、その現場において悲劇的な分断が深まってしまい、人々の疑心暗鬼がやがて差別や排斥、孤立を生んでいる。
そんな状況を、堀自身の後悔と戒めも込めて、分断を見捨ててはいけない、分断を許してはならないと、マイクに加えてカメラも抱え、時に涙を滲ませながら、小さな主語を撮りためたものがこの作品だ。
 
人権・自由・民主を守る為、デモ活動に参加していた、日本のアニメを愛する香港の若き男性。

生業を失い、故郷を追われたのに、賠償金を受け取った事に対して近しい人から非難を浴び、やり場のない憤りを抱えながら、今もなお苦しんでいる美容師。ハサミは遠く握っていない。

放射線量に怯える日々に疲れ果て、心機一転移住した沖縄で、いつしか辺野古基地反対運動を行うことになった二児の母。なぜ運動をしているのかの答えもないままに。
 
中国化するカンボジア。大型のインフラや施設が中国政府の資金で建設される一方で、急激に増えていった中国人労働者同士のトラブルや、都市と地方の格差拡大で生まれたひずみ。中国人観光客に金を請う水上生活の少女。彼女たちの服が乾くことはない。

その他、本人たちの意志とは関係なく出来てしまった分断の現場に立つ堀。
社会や人間関係から分断されてしまうのはなぜか。誰が分断するのか。なんの都合でそうするのか。
国や企業、数多ある組織には、感情というものがない。思いやりや温もりなど、あろうはずがない。

だが、日朝大学生交流会に参加している両国の学生には、それがあった。
互いの育った環境の大きな差を認め合い、理解できない部分がありながらも、笑顔で再会を喜び合い、語り合い、意見をぶつけ合い、またの再会を誓い合う。
 
なぜ、こう出来ないのか。崩壊に向かってるかのような人間社会はなぜこうあれないのか。
 
作品の中で答えは明示されない。明示してはいけないかのように、全てが今も続いていることとして、それは当然のごとく、含みを持って映画は終わる。
 
ファクトなき固定観念に惑わされることなく、個々のストーリーに目を向けたい。私が決めたと言える環境を作ろう。

こうやって書いてみると、世の中のことをよく知った人には当たり前な部分もあるかもだけど。ただ、それでさえ表面的なのかも。いや、この映画でさえもまだ表面的なのかもと思える作品。観ておいてよかった。
mezzopiano

mezzopianoの感想・評価

3.8
NHKアナウンサーとして活躍し、フリージャーナリストとして独立した堀さん。
監督・撮影・編集・ナレーターを1人で担い、シリア・朝鮮半島・香港・福島など世界各地の「分断」の現場に迫った作品。

自分が知らない事も結構あったが、今も頑張ったり苦しんだりしている人々がいて、歴史は続いている。
スクリーンを観ながらずっと胸が締め付けられた。
猫

猫の感想・評価

3.5
ドキュメンタリーだと思っていたら、脚本家の名前があった。

映画の中の構成を考えた人、という意味かな?
色んなドキュメンタリーがあるけれど、意図してなのか(たぶんそうだろう)
問題提議、いや、そこまで行かない映画として終わっている。
それ自体は悪くない。
思うに監督自身が、この映像達にたいして想いを噛み砕いていないんじゃないかな。
もちろんそれもアリだと思うけれど
私は物足りなかった。
それほど目新しい情報がなかったのも一つの理由。
ただ監督の、焦りというか憂いは感じられる。
Dick

Dickの感想・評価

4.0
❶相性:消化良好。
➋2019年9月の香港民主化デモから始まる本ドキュメンタリーは、福島第一原子力発電所事故から10年となるのに、今なお故郷を追われている帰還困難区域の住民の2000年の最新映像を含め、2014年の沖縄県以降の5年間の、世界各地(福島、沖縄、香港、北朝鮮・平壌、ヨルダン、シリア、カンボジア、パレスチナ等)で、分断されている人々の厳しい実情を描いている。
➌こういう作品を観ると、何も出来ない自分が歯がゆくなるが、まあ、問題意識を持つだけでもましだと思うようにしている。
大必見映画。

「大きい主語」ではなく、個人に耳を傾ける。これって凄い大事だ。
なぜ今までこの事に気づけなかった...

香港、福島、辺野古、シリア、パレスチナ、平壌、入国者収容所。
その当事者1人1人に、映画というメディアを通して耳を傾ける。


そもそも映画や物語という物自体が、構造上根っこの部分で、誰かの人生を理解しようとするものになっているんじゃないか。

人は物語に触れる時、多くの場合その登場人物を理解しようとするはずだ。

で、この作品はドキュメンタリーであるが、出演された方々の話を聞き、あらゆることを考える。

でも、手軽な報道ではこうはいかない。

ネットニュースやテレビの報道番組では、伝えられる情報の数も限られているため、社会で何かが起こってもどうしても全体的な話に終始してしまう。

何人の方が亡くなったとかそんな話で終わってしまう。

でも本当はそこにたくさんの人がいて、人生があって、そこを知らなきゃいけないんだと思う。

これは震災の時にたけしさんも言ってた。
「ニュースでは何万人が亡くなったというが、本当はそのひとりひとりに人生があって、それを伝えなきゃいけない」みたいな感じだったはず。

でもやっぱり全部報道するのは難しくて、残酷なようだけど皆毎日いっぱいいっぱいで、どこかの誰かの苦しみを想像する余裕もなくて。

だからこそ、このような作品はとても重要だと思う。

そしてこの作品に限らず、あらゆるドキュメンタリー映画も、報道も、みんな必死で誰かの声を届けようとしている。


とにかく少しでも多くの人に見てほしい一作です。
これは意味のあるドキュメンタリー

右も左も関係ない

自分はどちらかと言うと主張は保守です。
しかし、立ち止まって、みないと沢山の人たちを切り捨て、置き去りにします。

自分が置き去りにされない保証はどこにもないのに。

見てるあいだ、ずっと胸が苦しかった
本作を観る前は、
分断を許さないというのは、
格差や差別を許さない、
あるいは、
それに繋がる偏った考え方などを許さない、
そんな内容だろうと予想していた。

少し違った。

【大きい主語ではなく、小さい主語を使わなければ、真実は見えない】と監督の堀氏。

大きい主語ではなく、
小さい主語は、
小さい涙にピントも絞りも集約されていた。

国境も思想も年齢も性別も超えた小さい涙、
その小さい涙を目前にして、分断してる場合ではないでしょと言われてるような気がした。

それをカメラに収めて、
集客してスクリーンで拡散する。

ほぼ満席の客席に確かに小さい涙の意味は拡散されていたように感じた。

まとめると、
小さい主語の主役は人間、
目的語も人間。

基地、原発、紛争その他の専門家、政治家は人間を見てますか?

人間の人間による人間の為の、
気持ちを寄せない、共感を裂くような
分断は許さない、という映画だった。

こういうと主語が大きくなるので、
主語は小さく、小さい涙に気持ちを寄せよう、かな。

う〜まとまらない、、、(−_−;)
Nana

Nanaの感想・評価

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ニュース見るだけじゃなくて自分で情報を仕入れていかないといけないなぁ、
kty

ktyの感想・評価

5.0
堀さんはNHKを退局した後、自身で報道の現場に足を運び、常に弱い人に寄り添い、彼らの人権と誇りを尊重し、問題の核心に切り込んでいきます。

時には命の危険を冒してまで、香港デモで火炎瓶や銃の発砲という生々しい現場をマスコミは報道しない。まるで自分もデモの現場に立ち会っているようなすごい臨場感でした。そこにはデジタルエフェクトなど一切ない現場そのものです。

マスコミとは真逆の骨太の報道姿勢をこの映画に感じました。

だからこそ私たちは対価を払って、この映画を観る価値があるのです。

世界中の弱者の真実を知り、自分自身で考えることを、この映画で学ぶことが出来ます。

これはエンターテインメントではありません。

エンターテインメントが結末を提示する代わりに、問題提起をしてくれます。

その問題提起とは、悲惨な現実に対して私たちが出来ることは何だろう。
分断に対する回答は何だろう。
つまりリテラシー力を高める教育効果がこの映画にあるのです。

役者では絶対演じることの出来ない、悲しみを抱えた方々のメッセージと、人々に寄り添う誠実な堀さんの姿勢は、私の心に大きく響きました。
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