理大囲城の作品情報・感想・評価

理大囲城2020年製作の映画)

理大圍城/Inside the Red Brick Wall

製作国:

上映時間:88分

4.2

「理大囲城」に投稿された感想・評価

備忘録。観た時の感想。
胸が詰まる。大学に閉じ込められて心身ともに疲弊していくのはまだ若い子どもたち。生き延びてほしい、幸せになってほしいけれど、祈る以外に他にできることはなんだろう。
Kaneko

Kanekoの感想・評価

4.0
外では市民のストライキ、香港理工大学の内には民主派の学生が集結
警察がキャンパスを囲み、学生は火炎瓶で対抗するが、物資は欠乏していく。投降か留まるか揺れる学生たちの議論
2年前まで確かに自由はあった
TagTak

TagTakの感想・評価

4.0
小川紳介の三里塚シリーズの如き、香港の学生と機動隊の殺気に満ちた闘争劇に衝撃が走る。青い塗料をかけられた学生の身体、血痕がこびり付いた大学の床。デモの悲惨さを苛烈に活写。学生たちの内部分裂が主軸となる後半から、疲弊と疑心暗鬼の波状攻撃でスリリング。
K

Kの感想・評価

-
YIDFF。凄まじい。場の手触りが生々しいまでに伝わってくる。構成も見事で、少年に選択を迫る終盤の階段とラストカットに身を引き裂かれる。
Moomin

Moominの感想・評価

4.2
一種の記録映画

香港であった大規模な民主化デモ
今回はその中の理大学に焦点を当て、内部からその時何が起きたのか、その過程を映し出す

撮影者も監督も分からない それがこの作品を物語っているが
見た感覚 現代版の戦争かのように感じる
その場でこの現場を記録として残そうとする者の姿が多く、時代は変わったなと

撮影者万々歳だが、映画を作ろうという意気込みを感じる撮影だった
日々起こる衝突をしっかりカメラに収め、何を描きたいのがズシズシと伝わってくる

映画映画してない分、こういった映画もありだなーと思う
山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)2021で、オンラインでの視聴が可能だったので鑑賞。
大阪のシネ・ヌーヴォや京都の出町座、名古屋のシネマスコーレで開催された2021年香港インディペンデント映画祭が開催されていた時から気になっていた作品で鑑賞できてよかった。しかもYIDFF2021では、ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)を受賞している。大賞にふさわしい素晴らしい作品であった。

撮影された事件は、2019年の香港民主化デモで、デモ隊が香港理工大学を占拠し、警察が包囲したものである。そして籠城する警察とされた学生の間では11日間にわたる攻防が繰り広げられた。この事件では、1000人以上の学生が暴動罪で逮捕された。しかし、マスメディアでは大きく報道されず、実態がどうだったのか不明なままであった。

そんな事件を学生の立場に依拠する報道陣が、包囲されたキャンパス内から緊迫した映像と共に記録したのが、本作である。監督が香港ドキュメンタリー映画工作者であるのも逮捕を懸念してのことである。

本作で確かにカメラに収められているものは、戦闘である。

荒廃したキャンパス。顔を隠し武装する学生たち。いつ警察が突入してくるか分からない緊迫感。家に帰れるか分からない不安。そしてデモの成功についての希望と焦燥。デモをやる学生と言えば、一貫した信念がある強い主体が想起されるが、実際は上記の複雑な気持ちを抱える私たちと何ら変わらない市民なのである。

そして警察はゴム弾とは言えど、銃口を学生に向ける。剥き出しの暴力。剥き出しの暴力が、日本の近隣諸国で行使された事実に目を疑う。
さらにデモ隊と警察を区分するのは、国家から承認された暴力であるか否かであることにも気づかされる。

また本作では、高校生のデモ参加者を家に帰らすために、校長らがキャンパスに入ってくる出来事が起こる。
校長らは、高校生の未来のため、高校生が身元を警察に登録する代わりに逮捕せず家に帰すことを警察と約束したという。それは、デモ隊からしてみれば、デモ参加者を減らす分断作戦である。しかし高校生にとってみれば、逮捕されず家に帰れる絶好のチャンスである。デモ隊の掲げる理念と家族や自分の身のための間で葛藤する高校生。その葛藤の模様をカメラが見事に収めているのである。

同時に考えなければならないのは、校長らに代表される「大人」についてである。あるレビューでは、校長らを公平な観察者として捉え、最悪の事態を回避したとして、肯定的に評価をしていた。しかしその最悪の事態とは、何だろうか。

もちろん高校生が逮捕され、殺されることを最悪の事態と捉えることができよう。だがデモが起こってしまったことそれ自体が、最悪の事態ではないのだろうか。そう考えるならば、学生や若者が身体を賭して、暴力を行使せざるを得なかったデモが起こる前に、大人は何をしていたのだろうか。大人にも生活がある。それは分かる。若者と共にデモをした大人も知っている。だけど、公平や中立を偽装した大人ーとりわけ校長といった社会的地位が高い人ーの現状維持が、最悪の事態を起こしてしまったと言えるはずである。
高校生らも国家に鎖で繋がれた。だから校長らを肯定的に評価することは、私にはできないのである。

かく言う私も香港で起こった出来事を日本という隔てた場所で、公平に観察する大人になってしまっている。香港の若者、デモ参加者は、香港の未来を本気で心配し、よりよくしようとアクションを起こしている。では日本では?私は?

なんだか国のあり方や大文字の政治といったスケールの大きいことに無関心になって、〈私〉の手の届く日常の幸福に目を向けている気がする。そこに〈私〉の生活があるのだから分かる。けれど私たちの日常も常にスケールの大きい物事に左右され、影響され、可能性を拡張も縮小もされると思うのである。ならば日常の幸福も眼差し志向しながら、政治といったスケールの大きいことにもアクションを取るべきだと思う。そして私はそうしたい。

本作を鑑賞し、レビューを書いて、誰かに私の想いを届けること。それを私のアクションのはじめとしたい。
富井

富井の感想・評価

-
内側からしか撮れないであろう、あの熱暴走と葛藤の連続、そして免れなかった疲れと諦めが苦しい

民主派の反対も虚しく2020年6月30日に施行された「香港国家安全維持法」
ますます悔しい
YIDFFにて。本作の匿名の映像制作者たちが名前も顔も知らないデモ隊と一体となり、国家という巨大な魔物に抵抗しようとする姿に息を呑んだ。よくこんな映像が撮れたもの。
飛ぶ火炎瓶と水色の放水、雨傘、無数の煉瓦、機動隊に捩じ伏せられる学生、廃墟のような大学、場違いみたいな卒業式の横断幕。籠城で心身共に疲弊した学生たちの混沌、心の揺れ、叫び、内部の視点からしか見れないリアルがあった。家に帰りたいと搾り出すように呟く十代の若者。観てる側の閉塞感もすごい。
何人で撮影したのかは分からないけど内容の強度は勿論、ハッとする構図があり編集も技巧的で映画としての完成度にも驚く。宙をひとり舞う防寒具?の長回しは少しどうかなとも思ったけど、怒涛の攻防の虚しさと後の香港国家安全維持法の成立による香港人の寄るべなさを暗示してるかのようで心に焼き付いて未だ離れない。
pherim

pherimの感想・評価

4.3
“理大圍城” “Inside the Red Brick Wall”


2019年11月香港理工大学での、11日間に及んだ学生と警察との攻防。

千人以上の逮捕者を出したこの騒動、内部で何が起きていたかを直に捉える映像は、その物量で報道由来のイメージを破壊してくる。窮して籠絡されゆく仲間を見送る影姿の孤独。



「香港独立電影祭」という字面から北京監視に晒された、
香港インディペンデント映画祭連ツイ:https://twitter.com/pherim/status/1412285678801494029
mimune

mimuneの感想・評価

4.3
山形国際ドキュメンタリー映画祭でオンライン配信を視聴。

1.感想、2.印象に残ったシーン、3.Q&Aセッションのメモを書いてます

すぐ下の私の感想は別に読まなくていいので、一番下のQ&Aセッションのメモだけ見てください






1.以下、作品を見て思ったことを思いついたまま書き殴っただけです、文章構成全然できてないので読まんでいいですほぼ自分用メモです



香港デモのことは当時ニュースやツイッターで見ていて知ってたけど、理大のことは大まかなことしか知らなかった。
2019年当時、11月に香港で有名な音楽フェスが予定されていたのもあって、私の周りの音楽好きな人達は香港のデモの様子をツイッターでシェアして毎日見守っていた。
私は香港にいったこともないし香港人と話したこともないけど、私にとって香港デモは全然他人事ではなかった。日本でも近い将来、同じようなことが起きるような気がしてたまらないから。(勿論今もずっと、昔よりもさらにそんな危機感と恐ろしさと絶望感を抱えている。)
そして、もし日本で香港のように政府や警察が権力で暴れ出しても、きっと日本人は香港人のようにデモを起こせないのではないか、とずっと思ってる。
他の色んな国の民主化運動の映画やドキュメンタリーを見るたびに、ずっとずっと思ってる。
日本人は腑抜けになりすぎて、自分達の状況を分かっていない人が多すぎる。
政府にメディアに骨抜きのバカにされてしまった人達があまりに多すぎる。
あるいは権力で飼い慣らされた奴らが多すぎる。
あんなデモを起こそうということすらもなく、気付けば民主主義を奪われていくのではないか。
まるで今、コロナにかかって自宅待機させられ病院に入れてもらえず、あるいは陽性かすらも検査してもらえず、コロナの死亡者数にも加えられずに見えないところで沢山の人が死んでいくように。
ずっとずっと、私はそんな想像ばかりしてしまっている。
でもそんなのは絶対嫌だ。
私は民主社会で生きていたい。
きっともうすぐ地獄の自民党政権も終わりがくる、自分達で終わらせてやるんだ。
そう希望を持って生きるしかない。
そう思っているからこそ、
香港デモのことをずっと応援してたし、勝てると信じていた。
もう少し、もう少し頑張れ、みんなどうか捕まらないで、諦めないで、死なないで。
そう思っていたのに。
正義は勝つと思っていたのに。
神様、なんで???どうして???


今でも香港のことを思うと胸が苦しくてどうしようもなくなる。
そして、日本はこれからどうなるのか。
私たちは、私たちの日本を守れるのか。
香港の若者達のように、命をかけて闘い守り抜こうとする覚悟ができるのか。

むしろ、今もうすでに、命をかけて闘ってないといけない時ではないのか。








2.以下、印象に残ったシーン


大学の内部に集まった若者達のなかで、誰かが「俺は今から〇〇に行く!一緒に行きたい人はいないか!」と声を上げて、そこに「俺も行く!」「私も行く!」と若者達が呼応していく様子が見れたのはとてもありがたかった。
ああ、あんな風に声を上げていくんだ、そしてあんな風に呼応して人が集まっていくんだな、と、まるでデモの予習をするように思って見てた。
仲間同士で「〇〇まで突破できるか?」「無理だよ」「でもここにいつまでもいるのか?警察がいなくなるのを待つのか?もう何日もここにいて限界だ、今すぐ出て行くしかない」と、議論したり励まし合ったりして、意見が割れて対立してケンカするようになりかけても、必ず周りの誰かが落ち着け!とか内部で仲間割れしてる場合じゃない、と冷静に声を掛け合っていて、本当に素晴らしいデモ参加者達だった。
ツイッターの周庭さんの発言でも知ってはいたけど、みんな立てこもりに来る前に遺書を書いてきてると言っていた。
未成年も沢山いた彼らが、文字通り自分たちの命をかけて、ゴム弾や放水やよく分からない化学物質の体に悪そうな青い水にも屈せずに闘っている姿を見て、私には、日本人にはこんなことはできる気がしないと絶望した。それでも、私も彼らのようにいつか闘う必要のあるときが来たら闘いたいと思いながら見ていた。

警察が、完全に若者達を下に見てバカにするような口調で、また四面楚歌とか若者達には勝ち目はないと言わんばかりの歌詞の音楽をかけて煽っている姿が信じられなかった。
民衆を押さえつけ犠牲にして自分たちだけが得をする権力者達の、心の声が具現化したみたいな話し方と言葉だった。

ショックだったのは、大学ロックダウンから何日か経って、若者達が精神的にも肉体的にも限界にきてみんなが家に帰りたいと言い出したころ、突然誰か分からない大人達が何十人も無表情無言で入ってきたシーン。
彼らは自分たちは全員校長で、生徒を安全に連れ帰るために警察に交渉してここにきた、身分証明のIDを登録して顔写真を撮って自分たちについてこれば今日家に安全に帰られる、と言っていたが、若者たちは「今日は帰られてもじゃあ明日はどうなるの?なぜIDを渡す必要があるの?後で逮捕するつもりだからでしょ?俺たちの邪魔をするなら出ていってください、歓迎しない」とハッキリ答えていた。
彼等が大学内に入ってきたときの顔が忘れられない。本当に若者達の心配をしている目には見えなかった。中の様子を探るように辺りを無表情に見回していた。若者達が何しにきたんですか?出ていってくださいとか色々話しかけても、大体は若者達の目を見ず返事もろくにせず構内をウロウロして、精神的に弱っていそうな若者に声をかけて連れ帰ろうとしていた。後でその中の一人は「私は議員だ、警察と交渉するから一緒についてこないか」と言ってたし、どう見ても胡散臭かった。
それを若者達が、あんな若さにも関わらず怪しいのを嗅ぎつけてすぐに「大人達の言うことに耳を貸すな!」と言い合って無視してたのは凄いと思ったし、大人達はマジでクソやと思った。
彼等がもし、デモ参加者は後で全員逮捕され、留置場で殴られたりレイプされることを知っていたら、そしてそれを本当に心配していたら、もっとちゃんと若者達の目を見て話してたと思う。
大人達のなかには本当に若者達のことを思って言ってるような、「あなた達はまだ若く将来がある、将来また闘えばいい、今は私たちについてきて家に帰ろう」と話してる女の人もいたけど。
ドキュメンタリーの最後、大人達の呼びかけに心揺り動かされて、デモを諦め家に帰る決断をした仲間達を引き留めようとする子、気持ちを理解して餞別を渡し見送った後壁にうなだれてうちひしがれ言葉なく俯く子、外に続く階段の途中で「残るか行くかお前が決めろ」と言い、去っていく仲間を姿が見えなくなるまで見続けていた男の子の姿が目に焼き付いてる。「クソ校長!自首させないって言っておきながら、最後はどうせ逮捕されるんだ!」みたいなことを叫んでたと思う。






3.Q&Aセッションで印象に残ったこと
(メモ取らなかったので私の思い違いもあると思うけどとりあえず記録として)

監督も実際にこの理大にいて撮影してたものの1人。撮影当時はドキュメンタリーを作るみたいな目的は何もなく、ただこの歴史的に重大な出来事を記録しなくてはいけないと肌で感じてみんなそれぞれがひたすら撮っていた。撮影者にはカメラ経験者もいれば、デモで初めて映像を撮ったという初心者もいた。そして理大から脱出し映像を奪われずに守れた人達が集まり、みんなで撮った映像を見せ合って、「ロックダウンされた理大内部にいた私達の視点にフォーカスしたものにしよう」と決めて、映像を編集していった。

監督はどうやって理大から脱出したのか?という質問に対しては、脱出できたとしか答えられないと言っていたので、やっぱり答えたらまずいということなんだと恐ろしくなった。

カメラマンとデモ隊の関係性について、始めは何も大きな問題はなかったが、途中からカメラマンがオンラインストリーミングでながした映像から顔がバレて捕まるデモ参加者が出てきて、デモ隊はカメラマンを警戒して映らないように距離を取り出した。
今回の映像の場合は、"これはオンラインストリーミングではなく後で編集して使う映像だ"と説明したので、大抵のデモ参加者は撮影をオーケーしたとのこと。
個人を特定されないよう顔にモザイクをかけているが、そうやって表情、とくに目を映せないのは映像作品としてかなり大きな難点。だから作品を作るときも彼等の思いが上手く視聴者に伝わるよう、話し手の目が見えなくても声などで分かるシーンを選んで編集した。

香港デモを見て日本の60年代の学生運動を思い出した、まるで同じだったと言ってる視聴者がいて、それを聞いた監督が、私自身は日本の学生運動のことは知らず、仲間のなかには知ってる人もいるが、国や時代が違っても同じようなデモがあり同じようなことが起きるのはとても興味深い、と言っていた。

また、香港デモはbe waterという言葉を標語にしていたが、今回の作品のタイトルはbrick wallという硬いものの単語を使っている、そこに何か理由があるか?という質問もあった。
まず中国語タイトルは、香港で実際にあのデモのことを理大囲城と呼ぶのでそのまま名付けたとのこと。
そして、be waterというのは確かにデモの始めの方によく使われていた。というのも初めはデモは街中のストリートで行われていたので、捕まらないように水のように集まり水のように流れる、臨機応変に対応するスタイルが大事だった。しかし、そこからデモは次第にロケーション基点で行われるようになった。この理大デモもそう。警察に当然ロックダウンされる前から、waterではなくもっと硬い雰囲気のデモだった。理大の1週間前に別の大学でも同じような立てこもりデモがあって、それはデモが成功したので、理大でもやろうということになった。
また、red brickというのも、実際に理大の校舎は赤いレンガを使った建物として有名で、red brickと呼ばれてもいたことから選んだ単語。しかし同時に、redは中国を意味する単語でもある。そしてwallは、実際にデモ活動をしていたときに自分が突破しなければならないものが壁のように高くそびえ立っているような感覚になった。だからその意味も込めてinside the red brick wallとした。



以下、最後の監督のメッセージ。
このドキュメンタリーは勿論香港内では上映されておらず、香港人は誰も見ることができていない。
また他にも沢山映像があったけど、奪われ削除されたりしてデモ自体がなかったかのようにされている。
私達の映像も、私達がいるところから離れた安全なところに保管してある。恐らく大丈夫だと思う。
そんななかでこの作品を上映する機会をくれたことに感謝してるし、見てくださった方々にも本当に感謝しています。
また、日本在住の香港人の方も見てくださっているとのことで、たとえ香港に住んでいなくても、香港人にとって今とても大変だと思います。どうか皆さん、自分をケアしてください。そして周りとケアしあってください。
いつか皆さんと、モザイク無しでface to faceでお会いできることを願っています。








また思い出したら書き足すかも。2021.10.15
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