スターダストのネタバレレビュー・内容・結末

「スターダスト」に投稿されたネタバレ・内容・結末

冒頭に「ほぼ」実話であると脚注される。
ボウイ、“ロックスター”の記録映画として観るのであれば、近年のボヘミアラプソディーの成功になぞらえて、この作品に対して物足りない感が出るのだろうなと予想はつく、陰鬱としていて、本人にとっては切実で苦しい悩みだろうが、まあ他の映画でも観たことあるし、なんなら本人の幼稚なわがままで勝手に失敗しているようにも見える、支えてくれる人もいるし、ドラッグや精神的な病としては、そこまで飛び抜けたどん底感はない。
あまつさえ圧倒的な音楽、ライブシーンなどによるカタルシスがあるわけでもない
栄光の裏には影や苦悩は潜んでいるという当たり前のことをただ描いている映画、
そんな映画は山ほどあると言えてしまうだろう
しかしこの映画を純粋に映画として見たときにこの作品をいい映画だと断言できる

なぜなら栄光が大きくなればなるほど、その影や苦悩はそれに比例して大きくなる。偉大な成功をした人にはそうあって欲しいという幻想を打ち砕く話だからだ。

どんな日常にもドラマが潜んでいて、毎日のありきたりなもの中に感動を見つけようとする作品は最近の流行である。

ボウイの日常は確かに全員にとって共感できる日常ではないかもしれない、しかし、日常の中での内面的葛藤は人間臭く、ロックスターを目指していなくとも、日常を懸命に生きている人間には深く繋がる部分がある

派手でなくてもいい、苦悩してもいい、大きな栄光の裏にある影や苦悩は深く澱んでなくてもいい、そこには個々の切実さがあるのだから、悩んで、もがいてあなたの成功を探そう。

そんな当たり前のことを当たり前に伝えてくれる映画
いいよ。よいよい!

人生の、燻ってる一番つまらない(と本人は思っている)ところだけをひたすらに描いた作品、 

映画って多くの人にとって現実逃避しにいくものかもしらんが一番励まされるのはこういう映画かもよっていう映画。すき!(と思ったけど評価低過ぎて草)
うーん、微妙。
ボウイがアーティストとしての自分を確立するまでの物語なんだけど、どうも盛り上がりに欠ける。
なんだかさらっとラストシーンになっちゃって拍子抜け。
辛く苦しい道のりをじっくり描いたんだから最後はもうちょっと弾けても良かったんじゃなかろうか。
前評判悪いみたいだし、なんと言っても、遺族側の了解が得られず、デヴィッド・ボウイの楽曲が映画で使えなかったんだってよ。
きっとコレジャナイ感あるんだろうなと、わかっていても、それでも観たくなっちゃうのよ😭
だって、音楽史にその名を刻む偉大なアイコン❗デヴィッド・ボウイだもの。

彼の若き日の姿と、彼の最も有名な別人格「ジギー・スターダスト」誕生の裏側を描いた伝記映画。1971年、3作目のアルバム「世界を売った男」をリリースした24歳のボウイは単身アメリカへ渡り、レコード会社のロン・オバーマンとともに、初の全米プロモーションツアーを開始するも、鳴かず飛ばずで…。時代が彼についていってなかったという…💔
デヴィッド・ボウイを演じたジョニー・フリンが悪いというわけではない。

脚本がやっぱり、陰鬱で、、、精神病院にいたという異父兄弟にクローズアップしすぎじゃないかと…。😅
そりゃ、遺族も楽曲をつかわせたくなくなるくさ💨

ボヘミアン・ラプソディーみたいに完璧な伝記映画にはならずとも、もうちょっと、どけんかならんやったとかいなねぇ。。っていう、"スターダスト"なのでした。
デヴィッド・ボウイのアメリカプロモーションツアー(の失敗)を通してミュージシャンとしての自分をどうプロデュースしていくか掴むまでのロードムービーの趣。
自信なさげで情けないボウイにがっかりするも、映画最後のジギー=分身としての成功が際立つ。お兄さんの精神病に怯えるボウイ(ジョニー・フリン)がリアル。
オンライン試写で鑑賞。デヴィッドボウイが世界に羽ばたく前、ジギースターダストが誕生する前のナイーブな時代を切り取っている。この頃はどこに行っても恵まれているわけでは決してないから、憧れのスターに会えたとしてもネガティブな結果になってしまう部分とかなかなかにリアル。しかしジギースターダストのヒントはたくさん描かれるが、ペルソナが誕生した瞬間が見たかった。あとはやはりデヴィッドボウイのオリジナル楽曲が版権が降りなくて使用できなかったのが大きいかな。
朝から会社サボって観に行ってきました。が、そこまでしなくてもよかったかな、残念ながら。ボウイの前日譚的な映画で狙いはわかるんだけど、結局なんでジギーという人格が生み出されたのか、よく納得出来なかったわけで。やたらと、アーティストぶってマイムをやってしまうボウイ若気の至りが目についたりしちゃって。マーキュリーのPR担当との信頼関係もなんか薄っぺらく描かれてるし、兄の問題も最終的にどうなったの?っていうぐらい描かれてなかったように思いました…アンジーの扱いも中途半端だしね。僕が読みきれなかったのかもですが。主役の歌唱力はよかったですが…劇中の曲群もなんだか微妙で…せっかくの20世紀最大のヒップスターが台無しですね、これだと。と、生意気に酷評しちゃいました(^^)
オンライン試写会で拝見しました。
既に投稿されている皆さんの書かれていることやスコアが納得できるというか。
全体的にすごく貶すこともないけれど、興味のない人まで引き込めたり、誰もに最高に手放しですすめられるほどでもないのは事実な仕上がりと感じます。
リアルタイムでは触れられず後追いというかな世代でしたし、デビッド・ボウイといえば世界に濃いファンを持つアーティストですからそれらの方々に比べればおそらくだいぶ薄く浅めの知識ではあるものの、ボウイの特に1970年代のアルバムは好きな作品もあってCDで再発された盤を繰り返し聴いていた時期があるので、この映画も興味深く観ることはできたのですが。
アルバム世界を売った男をリリースした時期のボウイを下敷きにしたストーリーと思ってよいのでしょうか。このアルバムはジャケット写真が素敵で印象的だったので、このビジュアルイメージや衣装を意識したものが映画の中でも使われている様子なのは納得です。あのジャケットは皆さんもお好きでしたかと安心したり。
主演の俳優さんは容姿の雰囲気は(言ったらなんですが、あまり人工的な手を入れてないご様子の歯並びだけは彷彿とさせる部分があるかもとも思いましたが。また後年のボウイは歯列矯正を施していたとしても)本人に近いとは言えませんが、どだいあの浮世離れしたかのような容姿に近い役者さんを探したとしても歌唱などはお願いできないでしょうし演技も期待できないことが多いでしょうが、きっとこの俳優のかたはボウイにきっと思い入れをもって臨んでいて、歌唱もボウイへのリスペクトも感じられるものなうえに充分上手と感じましたし演技にも繊細さがありました。ただこの方はこの方で端正なのに、ボウイとはだいぶタイプが違うので中性的なメイクなどをしてもただただ似合わないものになってしまっていて残念すぎました。それでいてボウイのオッドアイなどは無視してしまったようなので、どういうコンセプトにしたかったのか首をかしげてしまいました。
ミック・ロンソンやマーク・ボランもさすがにもう少しかっこいい雰囲気にしてほしかったかも、も正直ありました。すごく。
それでも、楽曲もボウイの実際の曲は使えないというあまりに大きな障壁はあったようですが、イメージはきっとボウイのあのあたりを意識したのかなということが知っていると伝わるような歌詞や楽曲が映画オリジナル?なのかな?で挟み込まれていました。
あまり背景など追及してボウイのことは知らないので、実際のボウイのエピソードに基づいて描かれている様子のご家族のことを知ったり世界的ブレイク前夜も実際こんな感じだったのかなと感じたり。
当時のアメリカとイギリスで音楽の嗜好の差異もかなりあったんだろうなと感じ取れたのも興味深くはありました。
ただ、作品の評価とは別に日本人としてつらい描写と感じたのは、善良な米国人であろうレコード会社宣伝担当のかたが(作中でも諍いはありながらも、ブレイク以前のボウイの可能性を信じてくれている様子で、映画の最後まで見守ってくれていたのですが)たしかイギー・ポップを礼賛する会話のなかで「特攻隊」と軽口のジョークでいうシーンがあり、それがおそらく「f××kin' kamikaze」と言っているのが聞き取れてしまう部分があって、あーーーーーとなってしまいました。
過去に日本が神風特攻隊なんてものを実際に行ってしまった愚行は愚行として忘れず語り継がれるべきですが、現実にそこで命を賭さざるを得なかった若者たちがいた事実は少なくとも日本に育った個人としては、けしてジョークや軽口として持ち出す気になれるものではないですが、善良なる一般の米国人はそういった風に語ってしまう感覚なのだし、英国人としても21世紀の世に映画でそれを特に批判的でもなく普通の言葉遣いとして出してしまうのかという現実を見せられたようで。
原爆もこういう特に重要でない場面でジョーク交じりに軽くセリフに出てくるのを洋画ではしばしば観るので、大人になるにつけそういう感覚や歴史認識の差に、辛い気持ちになります。しかしこれはこれで、異文化を知ることなのかもとも思います。
さらに言えば、どうしても欧米の映画やドラマには正直肉食っぽい身も蓋もないようなエロシーンが、そこまで作品の流れとしては必要でない気がするのに割と必ずと言っていいくらいの頻度でもうそれは直接的に入ってくる印象が常々あるのですが、この映画にもほんの少しとはいえあったので、つい胃もたれしてしまいました。必要ならそんなシーンもあっても納得なのですが、割といつも欧米の映画にはそんなに要らなさそうに感じるのに強引かつ情緒の薄い感じで入ってくるのが個人的にはそこはどうにもこうにもげっそり気味というか。
ともあれ映画全体としては、色々と中途半端な仕上がりになっていたことは否めません。
楽曲の使用なども含め、この世を去った偉大なアーティストを描く映画を作るには未だ尚早で、時期を待たないといけないのかもしれないと、自分もまた感じます。機が熟したときに、ボウイの魅力をもっと知ることができたりのちの世に語り継ぐ役目となりうる映画が出現するのを待望したいです。
他の方のレビューでボウイもサブスクリプションにあるのを知って、聴き返しながら書きました。写真など様々なものを見返しても改めて強い引力のある存在だったと感じますので、総合的かつ多面的に魅力のあるアーティストとして語り継がれる助けになるような映画や作品が本当にいつかできるとよいなあと思います。
今回は映画「スターダスト」をオンライン試写会で拝見いたしました。まずはご招待いただいたFilmarks!、そして映画配給会社を始めとする関係者各位に謝辞を述べたいと思います。

筆者は、実はほぼデヴィッド・ボウイを知らなくて。曲を聴けばこれ聞いたことがあるかも?程度しか知らないまま、映画を見始めました。

これは後付けで知ったのですが、本映画はボウイの財団から曲の権利を借りられなかったそうで。だからか曲はほとんど分からないまま。

レジェンドと呼ばれるクラスの歌手、アーティストをモチーフにした映画、今までなら「ボヘミアン・ラプソディ」であったり「ロケットマン」などをイメージして本映画を観ると完全に肩すかしに合う、というところですね。

ただ、映画、もっと言えば物語として言うならば、これらアーティストが如何に売れていったか、という要素が成功譚とも言えるかと思いますが、本作はそこがすっぱり抜け落ちていて、それよりも「如何にして”初期の”デヴィッド・ボウイができあがったか」を主眼に置いているような。だからか、延々と「売れるか売れないか」のシーンばかりで、でもラストは「売れた後」。その間が本当は観たいのに~、と思うのは筆者だけではないかと。

音楽に詳しくないライトな観客にはかなり退屈にも思えるかと。ボウイが好きな方にはよくよく分かるのでは?と思う作品でした。
面白い題材だけど単調
戦メリぐらいでしかちゃんと見たことないから、こういう感じだったのかと知れた

戦メリしか知らない人間からするとジョニー・フリンはカリスマ性というか主人公感というか物足りないところがある。
マーク・マロンは良かったと思う、可愛かった。

ボウイだけど音楽よりはボウイ自身のは話
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