生れてはみたけれどの作品情報・感想・評価・動画配信

「生れてはみたけれど」に投稿された感想・評価

小津安二郎監督の戦前のドラマ作品です。テーマは『東京の合唱』(1931年)での「仕事の事情と家庭の事情の葛藤」をぐっと子供視点に引き寄せた「大人の事情と子供の事情」な感じとなっています。

仕事では出世をするために専務に擦り寄るサラリーマン(斎藤達雄)。さらに擦り寄るために郊外の専務の自宅近くまで引っ越します。息子二人(菅原秀雄と突貫小僧)は子供の中のポジション争い。そのポジション争いに「うちのトーチャンの方が偉いんだぞ!」がネタとなると雲行きが怪しくなる。だって、トーチャンは仕事では専務より偉くないんだから。まあ、それでもライフ・ゴーズ・オンだよね。

戦前のいつものメンツによるいつものドラマ。しかし、徐々に編集に戦後の小津っぽさが現れてきます。例えば固定したカットをつなぐ場面展開。まだまだ移動ショットもあります。ローアングルや執拗までに凝りまくった構図もありません。ただ、小津安二郎のプロトタイプっぽい感じではある。

「大人の事情と子供の事情」をテーマとした作品としては成瀬巳喜男監督の後期の作品『秋立ちぬ』(1960年)があります。映画作品としては本作よりも『秋立ちぬ』の方が完成度は当然ながら高い。
ナオ

ナオの感想・評価

3.7
最後に親子でおにぎり食べるのいいなあ
信頼できない人とごはんは共にできないもんね
きっと成長過程でまだまだこういう壁はあるんだろうけどそれはそれでそのとき考えればいいやねぇ
小津の無声映画。

郊外に越してきた家族。子供たちは父が上司へへつらう姿を見て大人社会への疑問を感じます。

父への尊敬と軽蔑。生きていくために働く必要性。本音と建前の使い分け。

幼い子供たちに全部は飲み込めなくても、垣間見た大人の世界から感じ取れた父母の愛情。

監督の問題意識がキラリと光っています。
ともき

ともきの感想・評価

4.0
人間味を感じられて、考えさせられた。

子供目線、大人目線
それぞれのかっこよさがあるなぁと思った。

田舎のお話と見ていたのだけど、舞台は蒲田らしい。
実家の隣でそれまた驚き。
おかしいと思ったことには立ち向かっていく純粋な強さを感じた
それは誰かを守る為だったり、プライドの為だったり、子供ながらに男らしい生き様があった
Jaya

Jayaの感想・評価

4.4

このレビューはネタバレを含みます

引っ越してきた郊外で父が重役に媚び売るさまを見て傷付く兄弟のお話。当時本当に「爆弾三勇士」の額縁かかってたのかな…。エキスパンダーもこの頃からあったとは。

場所は蒲田ということで、頻繁に通る東急。子どもたちを映し出す技量が素晴らしい。兄良一と弟啓二の対比が途轍もなく美しく愛らしいです。良一が上手すぎます。啓二のコミカルさの演出も凄い。喧嘩やら遊びやらのリアリティも凄い。

卵やら筒やら正直何だかよく分からないアイテムが出てきますが、おそらく当時としてはあるある的な象徴なんでしょう。色々と見落としてそうです。
完成されたような固定カメラの構図やカット割りと、ここぞというときのズームアップが美しい。

余りにも優しいお父上を含め、中流以上のようで、果たして庶民的と言える世界なのか疑問に思わなくもないですが、それを普遍的な物語にきっちり昇華させているのが凄いです。

子役の配役も含め、さすがの観察眼で人々の心の襞を美しく描き出した傑作でした。
劇伴もない白黒サイレントの映画を映画館で観るのは初めてだったが、めちゃ入り込めたし楽しかった。
ストーリーがめちゃ好き。
おにぎり食うとこは泣いた
mopi

mopiの感想・評価

4.9
なんでしょうか
この優しさは

ご年配の方も多かったのもわかる
安心して観てられる
大きな音もしないし
(そもそも無音)
話はわかりやすいし
意地悪もあるけどみんな優しい
なんとも懐かしい

初小津
初無音にして虜
この余韻
心地好かった

サイレントだから文章は最低限
それで伝わる映像の説得力
音声ないほうが、むしろシンプルで
わかりやすいんじゃないか
映像を大事にするし
綿密で美しかった
小津だからなのかな?
他のサイレント映画を観てみたい

「偉い人がお金持ち」だ、ってわかりやすい解釈だけど
「お金のない偉い人」もいる、って一応セリフはあって
でもそれ以上は触れなかった
「お金のない偉い人」って1本の映画になりますからね…

お父さんは「偉くない人です」って認めちゃってたな
家族を養ってるだけで十分なのに
上司はいるし、子どもは納得しないし
「偉い」の他にも、ものさしはあるのに
四の五の言わずに、そんな時はおにぎりですよね🍙

最後に太郎ちゃんが見せる優しさがホロリ
みんな素敵な大人になってね
takoya

takoyaの感想・評価

-
完全サイレントだとやっぱり寝落ちしちゃったけど、最後30分の親子のやりとりとか良かった。本当の意味で「偉い人」ってどういう人なんでしょうねぇ。

余談:上映時間120分だったので違うバージョンがあるのかなと思ったら映写速度の違いみたい。
確かに配信されてるのを見ると早回しみたいに見えるので、映画を倍速で見るのは邪道だと思ってる人は0.8倍速ぐらいにするのがよいのではと思います。
TnT

TnTの感想・評価

4.1

このレビューはネタバレを含みます

 「大人の見る繪本」と銘打ってあるだけあって、大人にとってはなかなかにほろ苦い話になっている。子供と大人の対比と、そこから炙り出される大人の人間関係の苦渋、そして息子たちからの残酷な質問が集中砲火され、父は無事撃沈するのである。「お早よう」の原型と言える兄弟のささやかな抵抗がここにはあった。小津映画、ほんとふとしたキッカケで次第に事の本質へと向かっていく物語進行が上手すぎる。そしてそれをあくまでもベルイマン作品のように退っ引きならなすぎて鬱展開とせず、コメディへと振れる(狂れる?)のがまた凄い。

 今作ではまだカメラは動きが多い。人物を中心に据えてぐるっとカメラが回るところに、被写体の人間をより強調しようとする試みが見られる。カメラワークの有無にかかわらず、根底には人物画角中心主義があるのだろう。また、カメラワークによってシーンを繋ぐことで、物事を華麗に対比させようともしている。ドリーで社内が映し出されたと思えば同じくドリーで教室が映し出され、大人と子供を対比させる。またコメディへと与するカメラワークとして、ドリーで映し出されていく人物たちがあくびの連鎖をするのを追い、あくびしなかった人を「一つ飛ばして」いくのだが、カメラがその人物に戻ると諦めたかのようにあくびをその人がするのである。そんな風に、これはこれで一つしっかりした意図を感じるのであった。今作、どこで撮ってるんだか、非常に画面に抜け感があって、大地が広々としてあとは人物がより映える画面というか。写真家植田正治の写真のような雰囲気があった気がする(両者共に子供のモチーフが多いし、正対する構図から類似点が多い)。

 子供たちの自然かつリアルな人間関係。あどけなさが微笑ましいが、仲間を作ったり、俺の父ちゃんが偉い自慢や、強いやつの命令に従うとか、すずめの卵を持ってるかで仲間増やせたりとか、なんかこれ大人に変えたらマフィアものなんじゃないか(権力と命令の関係性、卵は金に置換可能)?ちょうどゴッドファーザーを最近見たせいもあるけど、男の根底にある人間関係の縮図と、子供からそれは変わってないんじゃないかとハッとさせられるという。ここでまた「大人の見る繪本」という前置きが効いてくるわけである。幼い兄弟たちは父に「お金があるから偉いの?父ちゃんはんで金持ちじゃないの?父ちゃんは偉くないの?」と明け透けに質問する。父は無論、やりたくて専務の元で働いてるんじゃないと言う(そういえば「出来ごころ」の喜八も子供に仕事は嫌なものだと説いていたなぁ)。しかし、既に彼らもその構図の中に生きているのである。父母が共に兄弟の寝顔を見つめる中、父が「こいつらも一生、侘しく爪を噛んで眠るのか」という呆れとも嘆きともつかぬ台詞を吐く。それは呪いのように彼らの寝顔に取り憑くのだ、もうさっき見たあどけない顔なんかじゃないのだ(こうした、カットを挟んで表情の意味合いが変化するというのの発展系が「晩春」の壺カットなのではと思う)。「生まれてはみたけれど」と、どこか釈然としなさを抱えつつも、経済格差や自身のプライドを投げ打って変顔する父のおべっかを受け入れつつ、今日も兄弟は登校するのだった。大概は解決には至らない、それはなんとか乗り切ることでしかやりきれない。うーんホロ苦っ。ただ、力でモノを言わせていたガキ大将に知恵の輪を解くということで切り抜ける兄弟に、その頭を使ってなんとかやっていけるような安堵を見出せた。

 映画的な問い。今作、自主フィルムを上映するくだりで劇中映画が出る。シマウマに対し子供達が「白地に黒か、黒地に白か」論争を始めるのだが、それはこの映画というモノクロの構造自体にも向けられる。また、フィルムを早回しすると滑稽さが極まるというのも表現されているし、映画好きが撮った映画の話だなぁと思いながら見た。

 松田春翠による活弁付きで見た。「生まれてはみたけれど、この世は住みよいわけではない」の補足的な、つまり字幕にない部分を補う台詞が良い。活弁がサイレント映画に果たした役割は相当大きかったように思う。

 引っ切り無しに走る電車。井上陽水の「開かずの踏み切り」的な主題を個人的に想像したりした。あっちこっち忙しない一両編成は、可愛らしさがあるなと思った(サイレントだから妙に軽快な走りに見える)。どうやらわざわざ電車が通る瞬間を狙って撮影したという(wikiより)。電車の行ったり来たりの可笑しみに次第に人生そのものがオーヴァーラップしていくのが、その後の小津作品だと思うと(後期は映画の冒頭とラストに必ずと言っていいほど電車の映像が入る)、感慨深い。永劫続く人生の輪に、ふとみなが「生まれてはみたけれど」と呟き、しかし歩みを止めないように、そっと小津映画は寄り添うのだった。
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