ミミはマリーアに出会えてよかったし、マリーアもミミに出会えてよかった。
作品における同性カップルの結末は悲劇で終わると言われるけれど、この作品の場合、悲劇の理由はクィアであることではなく、むしろク…
あまりにも彼女たちとの距離が近くて息が詰まるというか、胸が詰まるというか、それは気まずさや緊張ではなくて、目に見えて、見えないものの多さと、見えているものへの苛立ち、自然と掛かり続ける負荷に対しての…
>>続きを読むチェルノブイリ原発事故の時に出会った二人の少女の生々しくも瑞々しい毎日
気怠さやすべてを世のせいにする思春期の感情表現が豊かで、また映像が美しく見入ってしまう
時間軸の違う主人公の現在も描かれている…
けだるさといい、あたたかさといい、懐かしさ、なんなのかな、なんか一言では言えない映画。喪失感とか生きる意味というか全て事故のせいにすることでなんとかいきれるというか、そして本当に苦しんでる人は愛では…
>>続きを読む自分の内心が誰かに本来の姿で見える ということが光 特に思春期などの時期に(強い照明を照らされたような) ある意味で初めての他者との対峙なのかも
理不尽なことや不自由さをチェルノブイリ原発事故によ…
信じる力が全ての歳だから、きっとあのせいだ、あいつのせいだと輪郭の不確かな対象のせいにできてしまう。何かのせいにでもしないと、僕らは呼吸が出来なかったんだ。
何かのせいであると同時に、何かのおかげで…
私たちの人生が冴えないのはきっと被曝してしまったから。
そう思い込むことで飲み込んできた辛い現実。
チェルノブイリ原発が爆発した1986年に出会った15歳マリーアと転校生ミミの光に満ちた夏の初恋と忘…
カット割り鬼速くて嬉しいし、ヌルッと子供時代と大人時代を接続させてて痺れた。ノスタルジーに寄るでも感傷にいきすぎるでもない、ものすごいバランス感覚というか、チェルノブイリ原発事故やっとけばあと全部わ…
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