サンセット大通りの作品情報・感想・評価

「サンセット大通り」に投稿された感想・評価

おみ

おみの感想・評価

3.9
深く深く引き込まれていく映画だった。
そんな映画の特典にメイキングとか解説がついてると観るのだが、こちらもついていたので、観たら、よりいっそう興味深い。
役と、役者本人のリンク具合がすごい。
是非、レンタル版でも特典入ってますので、合わせてご鑑賞を。
momo

momoの感想・評価

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サイレント時代に活躍した俳優や監督たちが本人役で出演している
すべてがウェルメイドなハリウッドらしい名作
ベティと会ってるときの素敵な時間と、屋敷に戻ってからの不気味な時間が違いすぎてスゴかった

ふざけてるんじゃないかってぐらいのクドい演技が笑えた

パラマウント社の中が見えるのとかいろいろ楽しい
Momoka

Momokaの感想・評価

3.5
サイレント時代の大女優の狂気。
時代は進んでいくのに、あの豪邸だけは時間が止まっているように感じた。
ノーマ・デズモンドの目力がすごい。
グロリアスワンソンの狂気に満ちた演技がただただ凄まじかった
めとろ

めとろの感想・評価

3.5
女優魂というか、女の執念というか、とにかく考えさせられる。
ぷえみ

ぷえみの感想・評価

4.0
撃たれたところで物語が終わるかと思えば、その後がクライマックスだった。
心に巣食う邪悪な夢をどうか追い払いたまえ。狂おしくて、悲しい。
kazu1961

kazu1961の感想・評価

4.4
「サンセット大通り」
原題「Sunset Boulevard」
1951/10/28公開 アメリカ作品 2017-188
TSUTAYA CINEMA Handbook 2016
1960年代以前ランキング39位 再鑑賞

さすがビリー・ワイルダー監督作品!
グイグイとストーリーに引き込まれます。
ハリウッドの光と影、サイレント映画時代の栄光を忘れられない往年の大女優の妄執と、それがもたらした悲劇を描いたフィルム・ノワールの名作です。デヴィッド・リンチ監督作品「マルホランド・ドライブ」はこの映画を下敷きにしているといわれています。
なんといっても、往年の大女優の孤独さを、その満たされることの無いナルシシズムを、最高の演出、脚本、役者で描ききっています。特に伝説的女優ノーマ・デズモンドを演じるグロリア・スワンソンの鬼気迫る演技が凄いです。ラストシーンはほんと鳥肌ものです、!!
ビリー・ワイルダーはほんとに素晴らしい作品をたくさん世に送り出していますね!!

映画の都ハリウッドのサイレント時代と50年代、2つの時代がシンクロする作品。「ハリウッドでハリウッドを描く作品が作りたかった」とビリー・ワイルダーは製作意図を語っている。売れない脚本家ギリスは、無声映画時代の大女優ノーマの家へ迷い込む。華やかな世界への返り咲きを願う彼女は、ギーリに脚本の手直しを頼むが……。ノーマ役のグロリア・スワンソンの緊迫感あふれる演技は秀逸。「クレオパトラ」などの監督として知られるセシル・B・デミルが、本人役で登場している。

このレビューはネタバレを含みます

見ていて主人公(最初に死んでるやつ)の言動にいちいちイラつかされる映画である。
とにかくコイツが甲斐性がなく、全ての人間の好意を不意にしていく。こんな男に惚れるなんてノーマが相当に弱っていたのがよく分かる。

何だか似た話を知っているなぁと思ったらブラック・ジャックか。完全にこれのパロディと思わしきエピソードがある。


エリッヒ・シュトロハイムとグロリア・スワンソンの演技は時代を越えて評価されるレベルの怪演。
三樹夫

三樹夫の感想・評価

4.3
映画界への帰還を願う、サイレント時代の大女優の悲哀と狂気。フィルム・ノワールでもあり、ホラーでもあり、三角関係の恋愛ものでもあり、超絶冷笑的でブラックなコメディでもあり、ハリウッドの裏側をさらけだす実録ものでもあるし、この映画を観終わった後落涙していてもなんら不思議ではない哀しい話でもある。演じている役者が、自分が演じている役と結構リンクしているというのもこの映画の凄味を増させている。
売れない脚本家が借金取りから逃れて、たまたまサイレント時代の大女優の屋敷に逃げ込み、そこから付き合いが始まるが、ノーマ・デズモンドの屋敷が完全に化物屋敷みたいな風貌で、実際に化物みたいなおばちゃんと怪しい執事が住んでると、看板に偽りありませんみたいな魔空間がそこには広がっていた。ノーマ・デズモンドの怖さは1から10全部間違えている怖さというより、どこかずれている不協和音的な怖さがある。

女優というのは、女優というまた違う生き物でもあるのだろう(男優がそういうこと述べている文章もたまに見かける)。ノーマ・デズモンドの自我は肥大化なんてものではなくハイパー化していた。妄想の産物などと散々こきおろされていた、自身の主演のために書いたサメロはおそらく、物語の脚本というより、私が私がという自分を見せるための脚本なんだろう。映画とか観てて辛いなと思う事の一つに、女優の演技派演技(私の演技って演技派でしょというのをばんばん浴びせてくる演技)があるのだが、演技をしている自分に自己陶酔してうっとりしてるけど、観てるこっちとしては辛くてという、ある意味そういうのって女優世界おける狂気に到達していると思うのだが、女優が持ってしまう狂気みたいなのをありありと見せられるとすんごく怖いということをこの映画は確認させてくれる。
後、ジョーみたいな奴っておそらく一杯いるよね。金ないから、金持ってる好きでもない女の所に転がり込んでるけど、他に好きな女がいるというヒモ。

フィルム・ノワールにかかせない、男を破滅させる女、ファム・ファタールだが、この映画はノーマ・デズモンドという、また違ったタイプのファム・ファタール像を楽しめるが(ノーマ・デズモンドというファム・ファタールに一番とりつかれているのはマックス)、そもそも女優というものがファム・ファタールみたいなもん。現実にジョディ・フォスターに狂ってレーガン撃ち殺そうとした奴とかいるし、私は我を忘れて志穂美悦子の話をしたらキモがられたことがある。男を破滅させる程の魅力を持つというのは、女優としての暗黒の勲章でもあるのだろう。女優についての映画、女優映画としても欠かすことのできない作品。
手塚治虫のブラック・ジャックにあるスターの死という、かつての大女優がブラック・ジャックの美容整形手術を受けて若返る、サンセット大通りオマージュエピソード有り。
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