恐怖の岬/ケープ・フィアーの作品情報・感想・評価(ネタバレなし)

「恐怖の岬/ケープ・フィアー」に投稿された感想・評価

yoshi

yoshiの感想・評価

3.9
朱に交われば赤くなる。
人間は誰しも関わった人の影響を少なからず受ける。関わった環境が、関わった事象が、人間を変える。
良い環境であれば善人に育ち、悪い環境であれば悪人に変わる。
それは腐ったミカンの入ったミカン箱のように。


VHSで初見の頃、私は若く、1991年のマーティン・スコセッシ監督のリメイク版を先に見てからの鑑賞だったため、退屈に感じたことを覚えている。
amazon primeで発見。実に四半世紀振りの再見。

退屈?とんでもない。
こちらのオリジナルの方が傑作。

弁護士ボーデンの証言で刑務所に入っていた男ケイディは、出所してきた直後、ボーデンの元に現れて、恐怖を煽る行動に出る。

ストーカー的恐怖を描いているが、直接的暴力を描くシーンが極端に少ない。

ある意味クライマックスの場面まではそれが一切無いと言っていい。

…にも関わらず怖いのだ。心理的に。

ボーデンは有能な弁護士のようで、妻と娘に対する愛もある常識人に見える。

その彼が最後には追い詰められて、違法な行為に手を染めてしまう。

ケイディは、刑務所上がりの為、基本的に強烈な暴力嗜好を持っている男だが、かといって脳みそ筋肉男か?と言えばそれは違う。

刑務所で読破したであろう書物から知識も豊富であり、その行動も非常に計算されていて冷静である。

自分からは決して手を出さず、法に則った方法でボーデンの住む街に身を寄せているし、彼に近づいてもなんら違法な行為は行わない。

この物語が言いたいことは…
いくら善良な市民であっても自分と家族を守る為であったら、同じく狂気に駆られた行動に出てしまうであろうということ。

目には目を、歯には歯を。
ハンムラビ法典の原則である。

演じる俳優は、やはり何と言ってもケイディを演じるロバート・ミッチャムが圧巻。

彼は元ボクサーの為、スリーピングアイと呼ばれた腫れた瞼の半開きの目は、輝きが無く、何を考えているかわからない。
思慮深くも見え、冷淡にも見える。

そして190㎝近い体格の良さ、ナチュラルな肉体労働者特有の筋肉。このケイディ役は最適だったと言える。

屈強な肉体で単に暴力的に相手を追い詰めるのではなく、「相手に失敗させる」事によって相手を追い詰めていく手法が怖い。

対するグレゴリー・ペックは、知的で自信溢れる立ち振る舞い、優雅なスーツの着こなしで、まさに弁護士。こちらも適役である。

中盤では恐怖に駆られて、拳銃を持ち出す所まで行くが、寸前で思いとどまる。
これでは敵と同じだと。

ラストに関しても、これは非常に感慨深い結末。彼のキャラも含めて。

目の前に一発打たれて深手のケイディを置いてボーデンが銃を構える。
ここでボーデンがケイディを撃ち殺すか?と思いきや…

「それじゃ簡単過ぎる」と相手の言葉を逆手に取って、「一生刑務所の中で過ごせ、日を数えて、月を数えて、年を数えて…」と言って終わる。

正義の側である弁護士に最後まで理性を保たせて、武器を持っていない相手を撃ち殺す非道を行わせないのは、道徳的な脚本上の配慮だろうか?

いや違う。
簡単に死を与えるよりも、より残酷なのだ。

拳銃という暴力を手にして、相手の言葉を借りるラストでの弁護士ボーデンは、それまで犯罪者ケイディと同じなのだ。

執拗な嫌がらせに、影響を受けてしまった、毒に侵された弁護士。

家族を抱きしめもせず、無言で目を瞑って帰って行くラストカットが印象に残る。

犯罪者の毒に侵された自分を恥じているのだ。
この弁護士の道徳心の揺れ動きも、本作の見どころの一つだ。

人は(身近な)人に影響を受けやすいのである。


追記
スコセッシ版はショッカー映画として傑作なので、いずれレビューで触れたいと思うが、このオリジナル版は普遍性がある分、充分に現代でもそのまま通用する脚本なのではないかと考える。

しかし、それはこの2人のようなピタリとハマった役者がいてこそ。

ストーカー規制法を踏まえた現代版が見たいなと思った。
『ケープ・フィアー』のオリジナル。グレゴリー・ペックは相変わらず渋くてカッコいいし、ロバート・ミッチャムの執念深い敵役も意外とハマっている。
卵の割り方コワイ。
MiYA

MiYAの感想・評価

3.0
本作のリメイクである「ケープフィアー」は昔見ていますが。あの映画は「恐怖」の演出がロバート・デ・ニーロの存在感に負っていたわけですが、本作のロバート・ミッチャムは元々悪役のイメージがないだけになかなか味がありましたね。

この話、現代の日本だったらストーカー規制法で保護できるよなぁ。こういう「つきまとい行為」を規制できなかった時代、これは大変だ。ただ、あれだけはっきりとした「脅迫」があれば、逮捕できるんじゃないかと思わなくもないです。
リメイク版『ケープ・フィアー』もなかなかハードで良かったが、こちらも相当に不気味で予想以上に面白い。というか、おそらくこちらの方が後世まで残りそうな品格がある気がします。ラストのカタルシスはリメイク版の方が上かもしれないけど、文明人的な理想としてなら本作の方が上。主人公一家の迂闊さは似たり寄ったりだけど。
けーな

けーなの感想・評価

3.6
スコセッシ監督がリメイクし、ロバート・デ・ニーロが主演を演じた「ケープ・フィアー」のオリジナル版が今作。

私は、リメイク版でのデニーロの演技が怖すぎて、長年トラウマになっていたくらいだったので、今作では、そこまで恐怖を感じなかった。とは言っても、復讐に燃えるマックスを演じたロバート・ミッチャムの不気味な雰囲気は、とても見事で、こんな男に恨みを買ったら、たまらないと心底思った。デニーロの方が、執念深さや怒りの程度が半端なかったが、ミッチャムの方は、感情が表に出てこない不気味さがあると感じた。

そして、今作の主人公は、ミッチャム演じるマックスではなくて、グレゴリー・ペックが演じる弁護士役のサムの方だ。家族を守るために戦う誠実な男の役は、グレゴリー・ペックが、はまり役。一方、リメイク版のサムは、ニック・ノルティが演じているが、オリジナル版とは異なり、夫婦仲も悪く、浮気をしたり、ちょっと難のある人間に描かれていた。

マックスに狙われる娘の年齢も異なるので、娘の言動にも違いがあった。リメイク版では、思春期の難しい年頃の娘という設定で、マックスに惹かれて、心を許すシーンがある。ジュリエット・ルイスが、それを見事に演じていた。オリジナル版では、娘の年齢が、もう少し下で、普通の素直な女の子であった。

以上、オリジナル版とリメイク版の、主要人物の雰囲気の違いについて、触れてみた。

それにしても、今作で気になって仕方がなかったのは、こんなに怖い性犯罪者に狙われているというのに、妻の意識が低過ぎるということ。買い物に手間取って、娘の迎えに遅れるとか、胸や肩を出した服を着て、どうも呑気過ぎる気がして仕方がなかった。
娘と妻に隙がありすぎて、こんなんじゃ娘はトラウマで、まともに成長出来ないよ絶対!お父ちゃんどうにかして‼︎ミッチャム怖すぎる
LaserCats

LaserCatsの感想・評価

3.8
1962年版。ドロドロして刺激的だったスコセッシ版を先に観てしまったので、少々物足りなさを感じてしまいましたが、悪役ロバート・ミッチャムの雰囲気とかは渋かったです。
リメイクの方はオリジナル主要キャストがカメオ出演していたり、再現されてるシーンもあったりするので、新旧両方観るならこちらを先に観るべきかも。
森下

森下の感想・評価

3.4
マヂキチ逆恨み変態野郎に付きまとわれ、家族を狙われてしまうグレゴリー・ペック。
やべぇ奴には関わるなってことやな。
警察もっと仕事しろ。
タイトルは地名であり、007のスカイフォールのようなもの。どの程度意図的なのかわからないので誤訳かどうかわからない。モノクロフィルムでは影が尊重されていたことがよくわかる。カメラワークは保守的、かなあ。一つのテーマの繰り返しが目立つ劇伴とか…この時代の映画に興味が湧いてきた。
今日はロバート・ミッチャムの101回目のお誕生日だそう

個人的にはスコセッシとデニーロのヤツよりか怖くは無かったけれど、陰影のバランスがとても良かった
サスペンスなんだけど、撮影の凄さにビックリした
何て言うか、黒澤明っぽさがある映像

ゴリぺとロバミっていう真逆の個性を持った、俳優の共演っていうのが面白い
互いの個性をうまく引き立たせている