八日目の作品情報・感想・評価・動画配信

「八日目」に投稿された感想・評価

植松聖さんは正しいことが実証される映画
障害者は本人も不幸だし、周りも不幸にする
やはり 植松聖さんは正しい
0007

0007の感想・評価

4.0
寝そべって、自分たちだけの時間を追加する場面が、美しくて、忘れられない。
tk

tkの感想・評価

3.8
悪くない。
いまの社会へのアンチテーゼとして観るなら(健常者が作る世の中だけが当たり前の世の中ではない)。
尊厳とは何かを考えるなら(最後のシーンは、ただ簡単な解決法にも見えるがそうではない。はじめて、自分の意志で成し遂げられたこと)。
ただ、見方によっては不快だと思う。
amane

amaneの感想・評価

3.9
しんどい。泣くには本当いい映画だと思う。けどなんとなく障害者を特別視してる感じがあって、それが引っかかる。
【健常と障害の区別や定義はともかく、どちらもそれぞれの立場やステージで、問題を抱えていたりいなかったり】
 でも人として普遍性ある”大問題”ってなんだろうねぇ?
 障害者本人が主役を張っている、というのはこの映画の見所のひとつだけど、彼らのありようをうまく描いている以外は、障害者問題そのものを扱った映画というわけではないようだね。
 なるほど二人の出会いとふれあいを一種のファンタジーとして見立てたときの落としどころとして「愛すること」と「必要とされていること」を”大問題”としているわけだ。

 表現がストレートで、屈託ない態度のジョルジュとその仲間達は、時に困った状況に陥ったり、誰かが責任をとらなくちゃならない事態になったりもするが、それは生活していくこと(生きること)に一所懸命な彼らなりのスキルなのだと思う。それだけにあのラストはいただけない。いくら映画だとはいえ、彼らはああいう手段は選ばないと思うんだ。

 施設職員の言動と行動マヌケすぎ(ある意味、もっともリアリティある)。
楽行

楽行の感想・評価

3.5
ダウン症の青年と働きづめの男の話。
少々、障害者の過激な行動があるため、見ててイライラする人がいるかも。
男が別居中の妻と喧嘩して触れると、
『やめて!火傷しそう!』
嫌いなのはいいけど、そこまで言わなくてもという気持ちになった。
阿呆

阿呆の感想・評価

3.3

交わって、絡んで、最後に溶けた!👀

障害施設から母親を求めて飛び出した青年ジョルジュとそんな彼と偶然で出会って一緒に過ごし始める男アリーとの話

「この世のはじめは無だった
 あったのは音楽だけ」

この映画は障害者を扱って社会を扱う話ではなくて、障害者の友を通して自分自身の窮屈な心と向かい合う話のように思う
なんというか、不思議な視点に気づかされる映画🤦
個人的に、前半は単純に観客をイライラさせに来てると思う
イライラしてムキになるほど、ラスト何かに気づいて感動してしまった...
アリーが途中、ジョルジュに合わせて吹っ切れちゃう構成は秀逸...今までアリーに同情してたものが突然覚めさせられて客観的になる

ドルマン監督の音楽の世界が溢れる
視覚の魅せ方もさすが、凄い!
映像で一ミリも飽きさせない😖
テレビジョンの前で踊るジョルジュが印象深い
音楽だけの世界だったら、生きにくいなんて誰も感じなかったのかな
私もぶっ飛んで「好きなのに!好きなのに!」って駄々をこねようかな💃🕺💃笑
tulpen

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3.2
名古屋にoasisのライヴを観に行った時、昼間 この映画を観たんだった。

味噌煮込みうどんと
変わった作りの三越劇場 懐かしや。


ダニエル・オートィゥユがエリートサラリーマンってのがいまいちピンとこなかったなぁ。


三越劇場にて。
1997年10月15日 47本目。
sakubell

sakubellの感想・評価

1.0
久しぶりに腹立つ映画を観た。
なぜこんなに評価高いのかもわからない。
ダウン症や知的障害の人たちは、なにをやっても許されるの?
これを観て、ダウン症の人たちに優しい気持ちになれるものなの?
ちがうよね、危険人物の烙印おされただけだよ。
身内にダウン症がいるからこそ、私は腹が立って仕方なかった。
ぴゃ

ぴゃの感想・評価

5.0

ものすごい映画だ


アリーとジョルジュは
互いの
埋められない心の穴を埋めてくれる存在。

ある意味、互いにとって完璧な存在であり
こんなおとぎ話のような物語を描くということは、
同じように心の穴を抱え日々生きる我々にとっての
祈りや、願いのような作品なのだ
と感じた。


ところがそれは中盤までの物語。
終盤では
ジョルジュとアリーは、
完全に同一化されていく。
なんとジョルジュとはアリー自身だったのだ。

つまり、ジョルジュとの出会いは
初めから幻想であり
アリーにとっての自己発見・セラピーの過程が
ジョルジュとの交流であった、
とも読み取れる。

さらに興味深いのは、
これがダウン症であるジョルジュと
「健常者」であるアリーとの同一化であるという点である。
「障害者」と「健常者」との間に差は無く、
むしろ「障害者」の心と一体になる事で
「健常者」の心には人間らしさが芽吹き、
豊かな人生を送り始めるのだ。


ジャコ・ヴァン・ドルマン監督は
「もし自分の人生がこうだったら。。。」というあらゆる人生の可能性について熟思している監督さんらしいが
そういう観点では、

アリーが障害者として生まれた可能性
というのはもちろんのこと

アリーが障害者の「男児」を持つこともあり得たし
ジョルジュが「母親」ではなく友達のような「父親」を愛する人生もあり得たわけだ。

親子という関係じゃなくとも
友人関係において心の豊かさを得る人生
という可能性も示唆している。

アリーとジョルジュの交流を通して
あらゆる人生の可能性を旅するという
実に不思議な、
簡単に咀嚼できない体験をした気分だった。


そういった作家的なテーマ性は置いておいても
何より主演二人の演技が素晴らしすぎる。

言うまでもなくジョルジュ役の
パスカル・デュケンヌさん。

本当にどうやって演技したんだ。

作中のあまりに複雑な感情の数々をどうしてここまで真に迫って演じられるんだ。

彼がにっこりと笑う姿や
落ち込み肩を落とす様、
憤りとと悲しみに心が引き裂かれそうになる様、、、

あらゆるシーンが心に焼き付いて離れない。
彼と同様に世界に対してにっこりと微笑みたくなってしまう。

自分もアリーと同じように
ジョルジュと一体化したようだ。

ああ、人生って素晴らしい。
生きてるって素晴らしい。
辛いけど、苦しいけど、

生きることは素晴らしい。


◆追記

ジョルジュが障害者施設の仲間たちと
バスを盗み出し町へ飛び出すシーンの高揚感は本作の白眉。

彼らの剥き出しの心が
現実を食い破るのだ。

進め!!!
友達の元へ!!!!
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