クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立の作品情報・感想・評価

「クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立」に投稿された感想・評価

こちらもおまけスコア。

初期長編二作目では奇病と肉体の変容性が描かれる。
ロリコン的描写もあるが成人女性が死に絶えかけてしまった為に新しい人類を生み出すために幼女の肉体を変容させる…といった内容だったような…。

奇病が伝染し変態性が露わになるという点では「シーバース」が、肉体の変容としては「ヴィデオドローム」「フライ」「戦慄の絆」の原典があるのではないだろうか?
と、こじつけてみたもののマニア向けではある。
ROY

ROYの感想・評価

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「私はトライポッド…」謎の男のモノローグで語られる、未来社会における疫病『ルージュ病』の研究にまつわる物語。

クローネンバーグの実験室

■ABOUT
『ステレオ』を撮った翌1970年のこの作品は、彼のぜいたくな色彩センスが計算されて、見事な成果を生んでいる。化粧品が原因で発生する謎の病気が人類を悩ませていた。マッド・サイエンティストの皮膚病学者アントニー・ルージュは「紅の病」と呼ばれるこの病気の研究に余念がない。鮮かな分泌物が耳、鼻、口からドロドロと流れてるこの病気は、思春期の少女に特に重い症状があらわれることが多いのだが、人々にはなぜかその流出物が魅力的に感じられて、触ったり、臭いをかいだりする人が後をたたない。この不気味な未来感のなかに重厚なメッセージが感じられ実験映画としてはストレートなPR性がある。後の『ラビッド』『ブルード』や『スキャナーズ』『ビデオドローム』に通じるホラー、センセーション性の生の姿がここにある。(VHS裏面より)

■NOTE I
クローネンバーグ:(2022年公開の同名作品について)このタイトルはお気に入りだったので、また使うことにしました。そもそもこのタイトルは、クヌート・ハムスンというノルウェーの作家による『飢え』という小説に由来しているのですが、これは映画化されていて、ペル・オスカーソンが1890年代の詩人役を演じています。彼が橋の上で詩を書いている場面があるのですが、それを観て衝撃を受けたのです。“その詩を読んでみたい”と思いました。後に私が映画監督になったときは、“この映画を作りたい”と思ったのです。つまり、クヌート・ハムスンからタイトルを盗んで、今度は自分自身の作品から盗むことになりました。

私が昔に作った映画の続編ではなく、リメイクでも全くありません。しかし、未来の犯罪という共通点はあります。それは今は存在し得ないが、未来には存在する犯罪ということです。興味をそそられる題材です。だから、この二作品には関連性があるとも言えるでしょう。例えば今では、インターネット上での嫌がらせや、メールを盗むなど、インターネットを利用した様々な犯罪が存在します。これらの犯罪は、30年前にはありませんでした。そもそもインターネットがなかったので。新しい犯罪には新しい法律がある。これには興味をそそられるのです。

「デヴィッド・クローネンバーグ監督新作が撮影終了 ─『クライム・オブ・ザ・フューチャー』題名に込められた想いとは」『The River』2021-10-06、https://theriver.jp/crime-of-the-future-shoot-wrap/

■NOTE II
デヴィッド・クローネンバーグがほぼ長編に挑戦した2作目『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』は、前作『ステレオ/均衡の遺失』が学生作品のように感じられたテーマや手法のいくつかを再利用しているように見える。成熟した彼の作風を示すいくつかの特徴は、一瞬のうちに焦点を結ぶが、その間に不可解な説明と非連続性が長く続き、63分の上映時間がその2倍に感じられるほどだ。しかし、クローネンバーグ的なハイコンセプトSFやサイコホラーの種はここにあり、挑戦的で時に不快なアートハウスの実験のように感じられる作品の表面上に頭を出しているだけである。

『ステレオ/均衡の遺失』と同様、技術的・予算的な制約から、クローネンバーグは音声なしの撮影を強いられ、スクリーン上のアクションから切り離されたような感覚を与える。しかし、ナレーションの親密さは、繊細に語られるモノローグの筋書きによって打ち消され、時折、ビープ音、虫の音、水の音、クラクソンの音など、耳障りで魅惑的な効果音と入れ替わる。サウンドデザインは、時に周囲の騒音を暗示し、時に奇妙な謎の答えを探す主人公の精神状態を反映しているようだ。

そこに、プロットという薄いベールがある。エイドリアン・トライポッド(ロナルド・モロジック)は、「ハウス・オブ・スキン」として知られる実験的皮膚科クリニックを経営する形而上学的科学者である。化粧品によって引き起こされる「紅の病」と呼ばれる症状によって、女性はほとんどこの世から姿を消したと、彼はナレーションの切れ端を通して明かす。この女性のいない世界で、トライポッドはインターンや、「Institute of Neo-Venereal Disease and Metaphysical Import-Export」などの組織で、患者や他の科学者と交流していく。風刺的なユーモアもあるが、乾いた文体とトライポッドの単調な語り口に圧倒されそうになる。

目立つところというと、クローネンバーグが映像スタイリストとして自信をつけてきたことだ。シャープなアングルは目を引きつけ、ドラマチックな緊張感がないときでも見る者を警戒させる。また、印象的なショットは、ディープ・フォーカスによってサスペンスを生み出し、背景に不気味に浮かび上がる人物に注目させる。トロント大学構内の残虐な建築物はモノクロームで統一されているが、鮮やかな青や赤の閃光が、霧雨の中にちらりと見えるネオンのようにスクリーンから飛び込んでくる。クローネンバーグは、サウンドデザインやテンポといった基本を軽視しているように見えるが、すでに彼の特異な映画文法を微調整していたのである。

おそらく『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』で最も魅力的なのは、セクシャルとジェンダーのダイナミクスであり、彼が何度も繰り返し訪れることになるテーマを予見しているのだろう。女性のいない世界で、男性キャラクターは女性的な特徴を取り入れることで、自分の人生に何らかのバランス感覚をもたらそうと奮闘します。ネイルや口紅を塗り、互いの体や顔を愛撫し、まるで自分の中にある育つ本能を探し求めるかのように。トライポッドは、患者や同僚とパンティやストッキングを交換し、彼らは失われた芸術品を見るかのように、繊細な布地を注意深く指で触っている。ある登場人物は、誕生の奇跡を模倣するかのように、自分の体に自発的に外的な器官を生やす。ここにも、クローネンバーグがその後の作品で探求し続ける、性の曖昧さと身体醜形が恐怖へと向かうテーマの宝庫がある。『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』では、物語は最終的に不快で忌避すべき場所へと導かれ、幸いにもカメラでは実現されない小児性愛が示唆される。クローネンバーグは、どこまで観客の心をつかむことができるか、その限界に挑戦しているようだった。それは、長く多様なキャリアを定義するバランス感覚であり、時間が経つにつれて、より良くなっていった。

A.C. Koch. Oeuvre: David Cronenberg: Crimes of the Future. “Spectrum Culture”, 2020-10-15, https://spectrumculture.com/2020/10/15/oeuvre-david-cronenberg-crimes-of-the-future/

■NOTE III
デヴィッド・クローネンバーグの熱狂的なファンでも、1970年の『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』を見たことがない人は多い。この作品は、キュレーターの卵のように見られているようで、もちろん、彼の作品全てがそうであるように、暗く、想像力に富むが、おそらく今ではあまりにも昔の作品で、確実に彼の後の作品の影に隠れている。1969年の『ステレオ/均衡の遺失』に続く、彼の2作目の作品である。『ステレオ/均衡の遺失』は、テレパシーや性的探求を扱った同じように短い長編映画で、『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』と同じく、後から解説が加えられた。この映画でもロナルド・ムロジクが黒い服を着て、恐ろしく見える。しかし、『ステレオ/均衡の遺失』が不気味かつ厳格であったのに対し、『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』は、注目すべき登場人物たちに息抜きの場を与え、奇妙な方法で、モダニズムの屋敷の中で道を選び、主人公が過去に遡って語りかけるというものである。この作品は魅力的であり、高い評価を受けている尖った映画作家が、そのキャリアの初期に何をしていたかを知ることは興味深いことである。

化粧品に含まれる有害化学物質により、成人女性のほとんどが絶滅してしまった。エイドリアン・トライポッドは「ハウス・オブ・スキン」というクリニックの院長で、長髪、八角メガネ、黒コートを着て、悪夢のようなウィン・バトラーのように奇妙な状況を次々と浮き彫りにする。彼は、大惨事の後、姿を消した狂気の皮膚科医アントワーヌ・ルージュを探そうとしているのだ。クローネンバーグの描く脱女性化した新しい未来世界で何が起こるかは興味深い。圧倒的に悪いのは、女性や少女がまったく間違った方法で珍重されてしまうことで、ロリコン集団が5歳の少女を監禁し、嫌がるエイドリアンに交尾を促す。その外では、男たちが暴れまわり、対処しようともがき、奇妙な絆を結び、開口部から奇妙な液体を分泌し、体外に複数の臓器を育て、爪を塗り、不穏なエスプリが漂っている。

しかし、それは45年前に巨匠が作った低予算映画に期待されることでしかない。クローネンバーグは決して立ち止まってはいないのだ。70年代初頭、この作品がどれほど衝撃的だったかを想像するのは難しい。しかし、手がかりはすべてスクリーンの中にあり、残忍主義的な集合住宅で起こる出来事は映画的に前衛的で、観客は何が起こっているのかを推測しなければならないのだ。全てのサウンドトラックは、「キーキー、ピッピッ、カランカラン」というありふれた音で、それにもかかわらず、時には意図的にスクリーンの出来事と同期していない。今見ると、思わずバカバカしくなってしまうものもある。

とはいえ、まだ楽しめる部分はたくさんある。トライポッドのフルーティーなトーンで語られる事後のナレーションは、この映画に地獄の公共放送のような雰囲気を与えている。アイデアは暗く濃密だが、全体のトーンは広々としており、分かっていることと見えていることのギャップが大きく、視聴者は2つの点の間を繋いでいかなければならない。音楽ではないサウンドトラックの効果は、現代の私たちの耳には原始的だが、時にはそれがうまく場面を作っている。あるところでは、ビープ音が止まらず、制御不能のガイガーカウンター(放射線測定器) のように聞こえ、その音が先のことを警告しているように聞こえる。この映画の中盤は、外界のあらゆるものが音楽を奏でる、歪んだパラレル・ユニバースのデレク・ジャーマン作品のようだ。映画は暗黒の魔法をかけ、エイドリアン・トライポッドが誘拐された5歳の少女と同じ部屋にいるとき、彼の暗黒面が真に迫ってくるので、見る者は何もないはずの場所にセックスを重ね合わせることに罪悪感を覚えるかもしれない。

クローネンバーグ自身は、彼の最初の2作品は、最近見ると挑戦的な作品だと言っている。おそらく『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』は、若い作家や監督には珍しくも許しがたい、映画作家の到達点が自分の把握を超えた例なのだろう。この作品には、身体的なむごさ、性的関係の破綻、全体的な不吉さと戦慄など、後に彼の作品のテーマとなる多くの種が含まれている。この映画の黒よりのテーマは、定評のある監督によって大胆に振り回されることになるが、まだ30歳にもなっていない新進の監督として全てを結実させるのは、本当に気概が必要だったに違いない。クローネンバーグがこの映画をリメイクするのは非常に興味深いことで、現代の観客のために肉付けするのに十分なものがある。今のところ、私たちにはオリジナル版を噛み締めることができる。ユーモアを忘れず、60年代後半から70年代前半のポップカルチャーと映画界の風俗を認識し、そして、ビープ音に少し寛容であれば、気に入るものがたくさんあることに気付くかもしれない。

Juliette Jones. Cronenberg’s Crimes Of The Future Makes for Slightly Comedic Viewing Now. “Tilt Magazine”, 2021-01-20, https://tilt.goombastomp.com/film/cronenbergs-crimes-of-the-future-makes-for-slightly-comedic-viewing-now/
Soshi

Soshiの感想・評価

5.0
たくさんいた、、、

たくさんいたのだ、、、

法律上は違法でも

性的には合法の

輸入品が
「ステレオ」に続けて二本立てだった。こちらの方が、“何かストーリーがある”という感じはして多少観やすかった。とはいえ、メタファーとかつい考えながら観はするけど、やはりいまいちわからず(笑)小児性愛はあからさまにモチーフとして出てくるから、全体として何か性的なものを描いているような気もするけど何とも…。最後に出てくる子役が無邪気な目のままだったのは印象に残っていて、昨今話題の“闇のある撮影現場”ではなかったのだろうとか思ったり(知らんけど)。
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

4.5
【機能なき完璧な臓器】
第75回カンヌ国際映画祭にデヴィッド・クローネンバーグ新作『CRIMES OF THE FUTURE』が出品される。なんと、彼の監督2作目とタイトルが同じなのだ。先日発売された『ファイヤーボール』のブルーレイに特典映像として1970年版の『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』が付属されていたので観た。恐らく、今回の新作の予告編がなければよく分からない映画だっただろう。しかし、予告編を観た上で本作に挑むと、50年以上先の映画を予言した代物であり、その間のクローネンバーグの原点ともいえる作品であった。ということで感想を書いていく。

ルージュ病が蔓延する世界にエイドリアンがやってくる。彼は館の謎を調べに来た。黒い液体を吐き、体から白い泡を吹き出す現象を見つめ、同僚が機能なき完璧な臓器に取り憑かれる様子を客観的に観察、分析する。そんな中、突然現れた男に患者が殺される。狼狽するエイドリアンの元にエラのような足を持つ男が現れカードのようなものを落とす。それをきっかけに、同僚が形而上学に取り憑かれた道へと誘われていく。クローネンバーグは初期作から、肉体的変容を哲学と結び付けていた。思いついたアイデアを荒く結合した代物で、かつ哲学概念を剥き出しで使ってくるので分かりにくさはあれども、『イグジステンズ』や『危険なメソッド』、『コズモポリス』の原点となる要素が垣間見え、また新作『CRIMES OF THE FUTURE』のガジェットに近いものを観測できる。クローネンバーグ映画好きにとって嬉しい描写が多い。

そして、何よりもクローネンバーグほど形而上の理論を物語に投影し、未来の心理を掴もうと執着した監督はいないだろうと思う。例えば、死んだ皮膚学者アントワン・ルージュの言葉を引用する場面。「病で何十万人もの女性が死んだが、自分はこの病では死なないだろう。」と彼は言った。これは病が蔓延し、異常な状況に陥ると人々は、その異常さを直視できず他人事に感じてしまう心理を物語っている。まさしく、自分はコロナで死なないだろうと思う感情に直結した理論がここにある。完璧な臓器を作っても単体では機能しない。逆に、人間の肉体と結合できれば機能を持つことから、肉体を変容させることで精神を殻から解放させることができる。それに伴い、肉体と精神の乖離が生じ、どこか目の前の事象が他人事に感じてしまう。これはまさしく、スマホで高解像度に世界の惨事が映し出されているし、自分はインターネットという仮想世界で別人になることにより、眼前が近くて遠い存在になる世界観に通じるであろう。

エイドリアンが、ルージュの真相を追ううちに、館の奇人のように変態性を顕にしていく。突然銃撃戦が始まってもそれは本物だと感じる。まるで夢の中ではどんなに異常なことも受け入れてしまうように、肉体と精神が乖離した仮想世界の中でエイドリアンはもう戻れなくなってしまうのである。序盤に提示された臓器を入れ替える話は、事象を観察し、自己に取り入れていく中で寄生し、その異常を普通と見做すプロセスのメタファーであったのだ。

デヴィッド・クローネンバーグは、『裸のランチ』でノマドワーカー像を描き、『コズモポリス』で痛みを失う人間像を描き、何年か後に我々が安易に想像できる心理として現実に現れた。1970年に作られた『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』は2020年代の世界を象徴しているような作品であったが、それから50年後、パワーアップしたガジェット、クリーチャー描写でどう世界を哲学的に分析するのか楽しみである。
奇病、反乱、愛。『ステレオ』に比べれば、劇伴? 効果音? があったので寝ずに済むかと思ったけどめっちゃ寝た。
3本目 短編なので2本立て
18:50 2F 48席 E3 👨6👩0
20代後半以上全員男子😅



クローネンバーグが製作、監督、脚本、撮影、編集を務めたワンマン映画

この作品にストーリーは無いに等しく彼が自ら思い描く物を自由にスケッチした世紀末的な世界の描写
もちろん絶えず彼が作品の中で描き続けるテーマ(サイエンティストと肉体の内部的な世界、人間の奥底に根付くエロス)が主軸であり彼の思想と幻想の集大成ともいえる世界を耳から流れ出る異物に魅かれるある一人の学者の姿を追う


益々難解過ぎて全然解らず😅
素足の人の足を自分のおでこに付けるが意味は解らない😆
撮り溜めたSEの音源を披露したいだけなんじゃないかなと思うぐらいノイージー😅


バスに乗って帰宅☺️
こちらはカラー作品でした。
こちらもナレーションだけ。
シーンに合ったセリフや効果音、音楽はありません。
なんだか不気味なお猿さんの声のような音やら何処かで聞いたことのあるような音が。

おいらには到底理解の及ばない映画です。
シュール難解すぎる。
クローネンバーグの初期中編その2。
相変わらず意味不明だが、「ステレオ」に比べれば惹きつけられる瞬間が増えている。寒々とした風景の下、おじさんの足をニギニギしたりする変態映画として楽しめる。
クローネンバーグってずっと変わらないんだなあと感じるが、それを本人に伝えると「私は私である」みたいな話を2時間くらいされそうで、オレは彼のそういうところが好き。
同性愛(両性愛)的な視点は初期から一貫してたんだと思った 
80年代の作品に見られるダイレクトなグロさはまだ無いとはいえ、意味を成さない臓器だの耳から出る泡だのと絶妙に気持ち悪い描写が多くて良い ナレーションで語られることも起こってることもなんか全部よく分からないままに続くので余計キモく感じる

劇伴と呼んでいいか分からない、ノイズ強めの謎サウンドが良かった スキャナーズ以降のハワードショアの劇伴も良いけど、この嫌悪感を煽る方向にガン振りした音も作品によくあっていて好き
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