セリーヌとジュリーは舟でゆくの作品情報・感想・評価

「セリーヌとジュリーは舟でゆく」に投稿された感想・評価

HappyMeal

HappyMealの感想・評価

4.5
一体これはなんだ
話がどんどんどうでも良くなるのに、どんどん面白くなるのがヤバい

ラストカットが超最高
EDEN

EDENの感想・評価

3.6
11/22/2020

途中まで???、最後までみると面白い。
Jeffrey

Jeffreyの感想・評価

3.0
「セリーヌとジュリーは舟でゆく」

冒頭、公園のベンチに座り読書をする女。そこにスカーフを落とした女性現れる。不気味で不思議な屋敷、パリの街、幻想的な出会い、魔法のボンボン、共同生活。今、大人の迷宮へと一歩先へ…本作はジャック・リヴェットが1974年にフランスで監督した彼の魔法のような奇想天外で遊び心に溢れるファンタジー映画としてシネフィルに絶賛された映画で、この度DVDボックスを購入して初鑑賞したが面白い。既にヌーベルバーグの巨匠とされていた彼が商業的にも批評的にも大きな成功を得た作品として有名である。息を呑むような美しい映像の数々と何が起こるか分からないスリリングな物語展開が良い。

さて、物語は公園のベンチで本を読むジュリーの前を、不思議の国のアリスのウサギのように、落とし物を残して走りすぎるセリーヌ。落とし物を返そうとするジュリーはセリーヌの後を追ってパリの街を駆けまわる。そんな幻想的な出会いを果たした2人は、好奇心と遊び心いっぱいの共同生活を始める。そして魔法のボンボンを手に入れ、不気味な屋敷の中で繰り広げられる不思議なメロドラマの世界に迷い込む(DVDパッケージの裏の引用)…と簡単に説明するとこんな感じで、冒頭からセリフがなくずっと追いかけ回すシーンが続くのには驚いた。一応この作品180分越えの映画である。70年代のパリの風景が見られて良い。


やはり尺が長いのとゆったりと進む分、時間は更に長く感じてしまうが、視覚的に特別な施しもなく、二人の女性と「お化け屋敷」との関係が面白く描かれていて、夢のように展開する。個人的にはレズビアン、フェミニストの側面を指摘できるかと…可能性としては2人の女性が言いようのない犯罪を犯した統合失調症の看護師の2人の性格を表している事で、看護師としての一人の女性とその後の彼女の対応者の切り替えの間の繰り返しの切断を説明する。同じ狂った女性の角度の両側は、おそらく物語が経験豊富な魔術師のために潜水するパフォーマンスアマチュアである女性を含む理由かと…。お化け屋敷の登場人物マリー・フランスピジェがかなり良かった。神秘的に映る。本作は歳を重ねて観ると若い時に見た感性とはまた別の感想を抱くかと。
c5

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3.7
◯まぁ混乱したよね。ある程度あらすじや登場人物の関係を理解しておいたほうがいいかも。

◯ふつうな感じで、アニメみたいなことやるからビビる。
okawara

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5.0
父の不貞がトラウマで、セリーヌ=ジュリーは、男性とのロマンスに消極的になる。舞台スターになる夢も、それが「女らしさで男を釣る」水商売だと知り、自らその道を断ち切る。

毒殺される少女は、人生を狂わされたセリーヌ=ジュリーの幻影であり、決して救うことはできない。
それでも、楽しく、健気に芝居を打つ彼女(たち)に、涙が止まらない。

汚らわしい大人たちの亡霊が付き纏う、悲しい円環構造を示して、幕は下りるが、
「ひと仕事を終えた後の煙草」だけは、美味くあって欲しい、と願うばかりだ。
やっぱりリヴェットは合わない…『北の橋』のラストシーンだけは大好きだが。
この映画見てるときも何回も一時停止してYouTubeで霜降り明星(最近好きになった)のラジオ聴いてたし、それ流しながら見ようかと思ったほど、さすがに192分は長すぎるしダルンダルンになってる!
ROY

ROYの感想・評価

-
映画遊戯の迷宮、美しい虚無

〈秘教性(エゾテリスム)〉

「たいていの場合、物語はこんな風に始まった」

■STORY
パリの公園のベンチで魔術の本を読んでいたジュリーはふとした事からセリーヌと知り合う。唐突に開始される二人の共同生活。やがて、郊外の屋敷にひきつけられた二人は、そこで起こる少女毒殺に至る物語を幾度となく幻視する。二人は結末を変え少女を助け出そうとするのだが……。(『TSUTAYA』から抜粋)

ひとりは空間をねじ曲げる魔術師、もうひとりは時間を司る記憶の万人。女性ふたりの分身が交わり、幻想的で遊びに満ちた冒険が始まる。多くが即興演出から導き出されたという描写のひつとひとつが生き生きとして、見る者を快く惑わせる。70年代リヴェッとの最高傑作。(『アンスティチュ・フランセ東京』から抜粋)

駆け出しの魔法師セリーヌと図書館員のジュリーがアリスのように現実と夢を巡り、郊外の屋敷にまつわる忌まわしい過去の秘密を解く…。(『Amazon』から抜粋)

■NOTES
本作は、『不思議の国のアリス』にインスパイアされたという物語だ。屋敷内の話は、『ねじの回転』などを書いたヘンリー・ジェイムズの『The Other House』を翻案したものである。

意識の流れ

YouTubeに、本作のレビューをしているラジオ動画(Radio 2.4km)があった。

「『セリーヌとジュリーは船で行く』は、二重になった若い女が追跡の散歩をした後、幻想からなる純粋なスペクタクル、家族のいざこざのなかで生命を脅かされる少女を登場させる。分身あるいはむしろ二重になった女は、自分自身、魔法の飴の助けを借りて、これに立ち会うのである。そして、不思議な薬のおかげで、女は、観客のいない、楽屋しかないスペクタクルのなかに入り、船で遠くに連れていかれた子供を、八方塞がりの運命から教い出すのである。実に滑稽なお加噺である。」(ジル・ドゥルーズ「時間 イメージ」『ユリイカ』1989年12月号, p.80-81, 青土社)

「映画内部にさらにもう一つの『映画』を配置し、両者を衝突させるというやり口はリヴェットの偏愛する幻惑的な手法の一つだ。『狂気の愛』における16ミリ画面と32ミリ画面の縫合がいい例だ。セリーヌとジュリーの二人は魔法の飴のお陰で、医霊屋敷の惨劇を幻視する。しかもそのもう一つの『映画』の中に潜り込んで筋書きを勝手に変えてしまうのだから痛快だ。現実と幻想とは互いに流入し合い、遂には文目が判然としなくなる。」(加藤幹郎「映画史の中のヌーヴェル・ヴァーグ」『STUDIO VOICE』 1994年2月号, p.46, INFAS)

BFIからリリースされてるDVDのジャケットも普通にいいね。やっぱCriterionのが一番カッコいいけど。

ホント最後に舟出てくるね

今度は本かい!
リンチのマルホランド・ドライブを観た時は、ノーランのメメントとはまた違った難解さを感じましたが、マルホランド・ドライブは本作に影響を受けたのかなと思います(ファンタジーの要素はインランドエンパイア寄りでもありますが)。

ファンタジー×サスペンスという相反する要素の構成で、アメを舐める行為で別の物語にトリップするという仕掛けですが、最初は説明もなく理解し難かったです。

そういうことかと理解できた時には、最初から観返したくなって、この映画自体3時間以上あるのに更に見返した分、4時間以上観るのに時間がかりましたが、結果的にそうして良かったです。

後半から伏線がジャンジャン回収されていくのですが、めちゃめちゃ楽しめました。

映像もフランス映画の中でもトップクラスに洒落てると思います。

さすがの一言。
いや、最高だった。人生ベスト。
最初の追いかけっこが不思議の国のアリスだというのは少し違って、通常の世界から不思議な世界に飛び込む場合であって、この場合初めから魔法にかかってしまっている(『魔法』を読みながら砂にマークを書いているのは既に魔法にかかった作品だと言うこと)ので単なる鬼ごっこという感じだろうか。『北の橋』よりもパリは綺麗で想像のパリだった。それが不思議な世界を演出している。突然のミュージカルには??が止まらなかったし、多分ゲリラ撮影なんだろうか公園のガキがずっとみてるのすげえ不思議。コメディ映画的でハリウッド的なテレコのシーンもベタにおしゃれだった。「しかし、翌日の朝」の「しかし」ってどういうことだ?
途中に、黒が挟まれることでカットが分断され、時間軸が覆されるために、服の色を覚えておかなくてはならない。でないと、順番がわからなくなってしまうため。『パルプフィクション』とは違い、必要な分断である。
papi

papiの感想・評価

4.0
数ある女の子2人ものの中でも群を抜くのがレネットとミラベルのレネット、そしてセリーヌとジュリーのジュリー、何がってその演技のゾワゾワするウザさがツートップ!自分映画鑑賞歴でもベストテン入するほどゾッとするジュリーのショータイムシーン!奇声あげ、すぐ泣く、感受性強いとかほざく、イキる、とにかくジュリーやば過ぎて映画としてのなんたらとか何にも言えない。
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