東のエデン 劇場版 II Paradise Lostの作品情報・感想・評価・動画配信

「東のエデン 劇場版 II Paradise Lost」に投稿された感想・評価

陽佑

陽佑の感想・評価

3.5
細かい話は無視して、名作へのオマージュと滝沢のかっこよさを観るのが1番の楽しみ方かなと。
zoni

zoniの感想・評価

3.2

このレビューはネタバレを含みます

あまり期待していたような展開ではなくそれとなく物語が終わってしまったのが残念だった。
utkt

utktの感想・評価

-
 じゃ見なきゃいいのにって自分で思うけど、どうしても攻殻機動隊の良いイメージがあって、見てしまった。
 そういう意味合いじゃないってわかるけど、お金もらう側が楽しい社会は、ちょっともう生きていたくない。資本主義ありきじゃん。"健全"ってどういう意味?って思う。
 あと、自分でやれじじい。
ゆみ

ゆみの感想・評価

2.8
言いたいことはダイレクトに伝わるけれど
2020年に改めて見ると
なんとなくしっくりこない感がある。

当時ほど社会に、目を背けるような閉塞感がない気がする
社会問題を意識する若者や企業が増えてきてるし
ここ10年で、人の意識が
社会に向き始めてる感じがするからかな?

少しずつ時代の価値観が変わってるのかなあ
滝沢が最後に言ってたことめちゃくちゃよかったんだけど、なんだっけ忘れちゃった。
亜東さんは免許返納してくれ😇
ひより

ひよりの感想・評価

4.5
ラストを全く予想できなかったし、自分だったらどう使うか考えてみたけどそれさえも思いつかなかった
Jimmy

Jimmyの感想・評価

1.0

このレビューはネタバレを含みます

テレビシリーズ版と劇場版ニ作と合わせた上での感想。

ここまで、社会問題に対して不誠実で、幼稚極まる表現は、古今東西見回してもそうそうあるものではない。製作陣の視野の狭さ、思考力や想像力の無さがそのまま提示されているようで、その意味では人の無神経さや愚かさを知る、いい勉強になった。カッコイイとかカワイイとかでなく、仮にこの作品でで何か崇高なものを感じた人がいるならば、明日からはもう少し人間や経済や社会、とりわけ倫理について、観察し考えてみることをお勧めしたい。

世代間格差や、機能不全に陥った既存の社会システムを、「ノブレスオブリージュ」としての「テロ」によって修正するというテーマ自体は、倫理が先鋭化し最終的には強烈なアンビヴァレンスに直面せざるをえない運命を秘めた、極めて思想的に重厚かつ切実な問題だ。これをうまくエンターテイメントに落とし込めたならば、2010年代を代表するエポックメイキングな作品になったことだろう。
しかし、斯様に重大なテーマに対するこの作品のアプローチ方法は、あまりにも稚拙である。製作陣は、プロットを組む際に必要となる最低限の社会的知識も良心も有していないようで、提示している思想が説得力を持たないばかりか、むしろその思想に矛盾するような描写を繰り返してしまっている。論っていけばキリがないが、視覚的に一目瞭然な破綻を起こしているのは「ニート」の描き方だろう。思い出してほしいのだが、このアニメの序盤で「ニート」を「ゾンビ」に喩えたのは、ロメロの映画に擬えた、単なる比喩的な表現だった筈だ。プロタゴニストの周辺に存在する「ニート」を称する学生(この時点でその定義に疑問を持つべきだが)は極めて能動的かつ理知的に不労働を選択していた。彼らは、その当否は別として、確信犯としての不労働者、自己犠牲的な小さな小さな革命家である。しかし、ドバイに移送されてから連れ戻されてきた「ニート」達は、まごうことなきゾンビそのものとして描かれている。なるほど「ゾンビ」というのは喩え話でもなんでもなかったのですね、しかも揃いも揃って男、しかもオタク要素ヒキコモリ要素も揃って三拍子!「ニート」のイメージにぴったりで分かりやすいです!逆説的に労働の義務があるのは男だけということになりますが、もちろんニートの女なんていませんよね、そしてもちろん働かない無産者は社会的実存じゃないからニンゲンとして描写しなくていいですよね!…と、視聴者に同意してもらいたい、同意してもらえると思っているならば、製作陣が、世代間格差や既存システムへの疑義といというテーマに沿って、少なくとも建前の上では向き合っているはずの日本の経済的な衰退とは、プレカリアートの悲哀や苦しみや絶望とは、一体何なのか?描かれているゾンビ「ニート」の中には、低賃金で使い捨てで働かされて家庭も持てずに社会を先細りさせていく労働者になることを拒絶した者、先の見えない人生で悩んだ末に労働を辞めた者、肉体や精神を病んで労働ができなくなった者は居ないのか?そこに居るのは無責任で怠惰で労働意欲が無い者たちだけなのか?労働しない彼らは自我や思考さえ鈍くなりニンゲンでいられない者なのか?という疑問を抱かないではいられない。映画編の最後でニート達がフリーマーケットを開く描写だけで人間性を遡及的に付与したことになると考えているなら大間違いで、今日日、ロボットでさえあのような非人間的な描かれ方はしないだろう。仮に、これは敢えて世間が持つニートへの偏見をそのまま具現化することによってその偏見の不当性を視聴者に気付かせるアイロニーの効いた巧妙なメタ表現なのだよ、ということなら、テーマとの関係であまりにも根本的な「ニート」という世界観構成要素のイメージを視聴者に丸投げしていることになり、表現者として怠慢であるし、卑怯である。

なるほど、思想を前面に出すことが商業アニメの目的ではないだろう。ゾンビニートも見た目が面白ければ一興かもしれない。だが、百歩譲ってそれを度外視したとしても、この作品で視聴者が追うのは、サスペンス的な謎解きでもなく、キャラクターの感情でもない。ただただ勿体つけつつ無遠慮に展開される転換のための転換でしかない。記憶喪失の主人公を中心に配し、彼からバックボーンやそれに基づくポジショントークを排することで得たものはと言えば、極めて少女漫画趣味的な男女関係と、野放図で場当たり的な展開に、一見賢く、合理的に反応しているように見えつつ、その実何の深謀遠慮もない主人公の単なる対応だ。日本という閉塞感には、向き合うふりだけしてまるで向き合わず、アニメ的なギャグ、アニメ的なナイーヴさ、アニメ的な派手さ、すなわち既存のアニメという表現形態の閉塞性を存分に補強しつつそこに逃げ込んで居座っている。猫撫で声で声を当てたり、眼を○で描いて狼狽させたり、デフォルメして可愛くみせておけば「面白さ」が出ると思ってる。これこそが、耐久年数を過ぎた既存システムに他ならないと私は思う。このような小手先の慰撫で視聴者が喜ぶと考えたスカスカなプロットに従って、勤勉なアニメーターが唯々諾々と作業をしているならば、彼らこそ格差の下で働くプレカリアートであり、或いはこの作品の表現を借りて述べるならば、ゾンビに片足突っ込んだニンゲンであり、私は深く憐憫の念を抱かざるを得ない。

本作は、世代間格差というテーマの芽を、ひょっとしたら将来にわたって無駄死にさせつつ、アニメ一般の表現の可能性に限界があるかのように見せている点で、駄作の域を超えている。寄り添うよに見せかけて世に一層の閉塞感と絶望を与えた罪深い作品として熾烈な批評に晒されて、初めから存在しなかったものとして扱われるべきものだ。ゲバ棒で塵一つ残らぬように丁寧に粉々に砕いて概念としてのドバイの砂粒にして、この作品の作成や視聴に割かれた関係者や視聴者の労働を供養したい。
Soshi

Soshiの感想・評価

3.0
世界中の人々にミサイルの発射
スイッチが配られたら
日本の政治家は皆、自殺するだろう
うに

うにの感想・評価

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映画までやる意味あったかな?って思うのは自分だけでしょうか?
buchi

buchiの感想・評価

3.7
何度記憶を失っても滝沢は滝沢ですね。常に前向きで他人のために力を使える。余談ですが、最後に「11日間の話だったのか!」と驚いてしまいました笑
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