西部戦線一九一八年の作品情報・感想・評価

「西部戦線一九一八年」に投稿された感想・評価

 圧巻のラスト30分。ワイマール時代の中~後期におけるリアリズム映画の旗手パプストが、ヒトラー政権誕生前夜に撮った反戦映画の傑作。この1930年代の前半に、パプストは本作や『炭坑』のような左翼的な映画を何本か撮っている。
 ことさらに悲惨さを強調するような表現は抑えられており、劇伴を一切使わないところにも好感がもてる。そうはいっても結末は当然に悲劇的なものであり、野戦病院でのラストシークエンスはかなりきつかった。
 
 いわゆる「古典的ハリウッド映画」の影響が色濃い娯楽的な要素と、ドキュメンタリーのようなリアル志向とが混在している。前者に関しては、類型的なメロドラマを織り交ぜている点がまず挙げられるだろう(まぁ悲劇の伏線であることは後で分かるのだが)。戦場を撮るにしても、すでに敗色濃厚とはいえジョークを交わしたり軽いコメディを演じる余裕のある前半では、地下壕に埋もれた側と救出側とをカットバックでテンポよく見せていくなど、緊迫感を盛り上げていくための娯楽的な手法がとられている。
 
 後者は遠景を長回しで撮るショットに典型的である。基本はフィックスだが、時としてドリーやパンも用いて、空間の連続性を意識している。例えば、登場人物のひとりで休暇で帰ってきた町をうつすとき、パン屋の前に女性たちがつくった行列をカット割らずに撮るなど、食糧不足に陥ったドイツ国内の疲弊を客観的に写し撮ろうとする姿勢が顕著にみられる。
 なお、ここでもメロドラマ的一幕があるが、兵士が妻にみせた反応はそれをあざ笑うかのように淡々としたものである。こういった心理面の洞察もところどころ興味深かった。通常期待される類型的メロドラマ的な展開への裏切りをつうじて、戦争が引き裂いた夫婦の絆とか、長い塹壕生活が兵士の感情を平板化してしまうことなどを描こうとしているように思えた。
 
 この映画はいろいろな意味で重要な作品だと思うが、技法という面では、塹壕戦で用いられる固定長回しが、のちのオーソン・ウェルズやネオレアリズモを予感させて興味深い。劇伴を一切排し、砲弾の風切り音や爆発音、兵士達の声だけが聞こえるなか、塹壕を進む兵士や周囲に落ちる砲弾、吹き飛ぶ地面、舞い上がる煙などだけを黙々と写し撮っていく。
 しかも、それらのショットでは常に、手前と奥それぞれにモノや運動が配置され、画面を満たしている。ここには、戦場を「全体」として描こうとすることで、リアリティを出そうとする演出的意図があるだろう。とくにフランス兵が抵抗を退けて徐々に近づき、やがて噴煙の向こうから装甲車の姿が見えてくるまでを、手前に死体を配置した画面でただ捉え続ける固定ショットの迫真性は特筆に値する。
 本作はもちろん反戦映画ではあるが、情動を抑えて対象から一定の距離をとり、フレーム内に出来事の全体を収めようと努めるそのスタイルによって、ドキュメンタルな迫真性(バザン的なリアリズム)を獲得している。
AS

ASの感想・評価

4.2
互いに塹壕の中へ身を隠しながら、ポテトマッシャーみたいな手榴弾をポンポコポンポコ投げ合う描写が地味に恐ろしい