ヒューゴの不思議な発明の作品情報・感想・評価

ヒューゴの不思議な発明2011年製作の映画)

HUGO

製作国:

上映時間:126分

3.4

あらすじ

「ヒューゴの不思議な発明」に投稿された感想・評価

げざん

げざんの感想・評価

3.5
子供の大冒険感しかない。
クロエちゃんが若いし、かわいい。
こういうの見ると、メカニックになりたいなと思う。
PORU

PORUの感想・評価

3.8
映画「キックアス」の クロエ・グレース・モレッツ を見てほかの作品も観たいと思い、探していたら好きなジャンルのファンタジーで見つけたので鑑賞。1930年代フランスのパリの話で 1930年代パリの雰囲気が素敵で昔のパリを味わえました。この作品は あまり俳優がしゃべっているシーンが少ないので、俳優の動きや映像に集中することができ、私が普段見ている作品と異り、異なった面白があって満足できました。

発明家の話なんですが、発明家を実際に見たことがなく物語や歴史上の人物でしか発明家を知らないので発明家ってかっこいいな~と思って観ていました。昔のおもちゃや道具は全部ゼンマイ仕掛けで、ゼンマイは現代でも使われているし形がかっこよくて、ザ発明家って感じでゼンマイを集めたくなりました(笑)。

ファンタジー映画なので魔法などを考えていた人は少し物足りない作品だと思いました。けれど撮影の仕方がこっているし、ドラマ性が高くて情熱を感じる映画でぜひ見てほしいと思う作品でした!!

We need to have some panache.
少しの勇気は持たなくちゃ。

この映画は、初期映画史への愛と、リスペクトに溢れた映画監督マーティン・スコセッシの優しい作品である。老監督スコセッシが、自分もひとりの映画監督として、過去の映画史を尊敬しつつ、いつくしむような、そういう上品な映画である。

手回し式のプロジェクターを、ルネ・タバール教授が回し、スクリーンにイン・カラーで映る『月世界旅行』を家庭で見るシーンがある。このシーンは、レトロで新しく、あまりにも可憐で、切なく、悲しく、優しく、美しい、淡く、楽しい感情のcomplex(複合体)であり、私はここを見たとき感動してしまっていた。シュールレアリズムの芸術家たちがジョルジュ・メリエスの作品を愛したのは当然だと思わされた。

役者の演技や、ご都合主義的なストーリー展開(ノートがどうなったのか説明されないこととか、ヒューゴのおじのクロードがストーリーを回すために、いきなりセーヌ川で水死させられたこととか)にケチをつける人が多いみたいだが、私はとてもいい映画だと思った。愛のためなのだから仕方がないではないか。

それと、ここで扱われている題材はかなりの程度で実話なので、①「モンパルナス駅から汽車が飛び出すなどという展開はまったくリアリティがない」とか②「映画技術をたくさん発明したジョルジュ・メリエスが評価されなくなり、絶望して、モンパルナス駅でおもちゃ屋をやっていたなんて展開はありえない」とか、③「機械自動人形が出てくる展開は荒唐無稽だ」とか言っている人々は、少し調べてみたほうがよい。

一応書いておくと、①1895年にこの列車事故は実際にあったし、②モンパルナス駅でジョルジュ・メリエスは実際におもちゃ屋をやっていたし、③このジョルジュ・メリエスの師匠だった(とされることもある)近大奇術の父ロベール・ウーダンもセリフに出てくるし、そのロベール・ウーダンの劇場にオートマトンはあり、彼は青年期に家業である「時計職人」として機械装置に精通しており、いくつかの精巧な自動人形(=オートマトン。日本の類似物を挙げれば、西村真琴が1928年に作った東洋初のロボット「學天則」)を作成している。

役者陣もなぜか妙に豪華で、サシャ・バロン・コーエンが視察官役で、ベン・キングスレーがジョルジュ・メリエスを演じ、ムシュー・ラビスはクリストファー・リーが演じている。ヒューゴの父役はジュード・ロウだし、クロエ・グレース・モレッツの英語は可愛い。

この映画の原作は、『キングコング』(1933)『風と共に去りぬ』(1939)のプロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックの類縁であるブラアイアン・セルズニックが書いたグラフィック・ノベルであり、「この本を書いたのが、ヒューゴが発明した機械人形である」というオチがつく話なので、『ヒューゴの不思議な発明』というタイトルでなんの問題もないのだが、この映画の邦題が、『ヒューゴの不思議な発明』だと問題があり、それを批判されかねないのを分かっていたからこそマーティン・スコセッシ監督はタイトルを『Hugo』としたのに、それをさらに『ヒューゴの不思議な発明』に戻してしまったのはなぜなのだろうか。

それでもなお、タイトルに「不思議な発明」を入れたいならば、「ヒューゴが「修理」に成功したオートマトン(=ぜんまい式自動人形)が撮影したのがこの映画である」というオチにしないと辻褄が合わない。ただ、強いて言えば、「映画」という装置それ自体を「不思議な発明」だと言いたい気持ちはとてもよくわかるので、「不思議な発明」という言葉を興行収益との関係でどうしても使いたいというのであれば、『ヒューゴと不思議な発明』というタイトルにしたらいいのではないか。

ストーリーそれ自体は、ロマン・ポランスキー版の『オリバーツイスト』の下位互換のような、ありがちなものなのだが、パリが舞台なのになぜかブリティッシュ・イングリッシュを喋らせていることをはじめ、舞台設定がいちいち面白い。(また、アカデミー賞の撮影賞受賞だけあって有名カメラマンのロバート・リチャードソンの撮影もいい。)

「『嵐が丘』のヒースクリフや、チャールズ・ディケンズの『二都物語』の主人公だったシドニーカートンも泣いてるんだから泣かないで」というイザベラ(クロエ・グレース・モレッツ)のセリフも奇妙である。同じく文学少女イザベラのセリフには、ジュール・ヴェルヌも出てくるし、詩人のChristina Rossettiの詩の引用もあるし、ディケンズの『デイヴィッド・コパーフィールド』も出てくる。

世界映画史に詳しいマーティン・スコセッシの作品だけあって、「映画史の研究をするなら、「ゾーイトロープ」(パラパラ漫画を本格的に見せる装置)から始めるべきだろうか。」「いや、フランス南西部のニオー洞窟の壁画から始めるべきだ」という謎のセリフもある。

また、映画内でレファレンスされている情報もなぜかものすごく膨大なのだ。舞台は1931年のパリのモンパルナス駅で、コメディアンのHal RoachやCharley Chaseのポスターが貼られていたり、アイルランド出身の大文豪ジェイムズ・ジョイスも登場するし、チュッパチャプスのロゴや『アンダルシアの犬』で有名なサルヴァドール・ダリも登場するし、ジプシー・スウィングで有名なジャンゴ・ラインハルトも出てくる。当時パリにいたジェイムズ・ジョイスはカトリック神父になるのをかつて諦めた経験があり、これはスコセッシがかつて神学校に行って聖職を目指していた経歴と同じである。(ジョイスの『若き芸術家の肖像』(1916)と『ディパーテッド』は筋がよく似ている。)

映画内で登場する古典映画のポスターは年代順に並べると以下の通り。

1.Louis FeuilladeのFantômas I: À l'ombre de la guillotine (Fantômas: In the Shadow of the Guillotine)(1913)

2.Louis FeuilladeのJudex (1916)

3.Charles ChaplinのA Dog’s Life (1918).

4.Fred NeymeyerとSam TaylorのSafety Last! (1923)

5.Joseph Henabery監督でRudolph Valentino とNita Naldi主演のCobra(1925)

6.Leo McCareyのWhy Men Work (1924).

7.F. Richard JonesのThe Gaucho (1927)

8.Edward SedgwickとBuster KeatonのThe cameraman(1928)

9.René ClairのUnder the Roofs of Paris (1930)

実際、リュミエール兄弟が初めて『ラ・シオタ駅への列車の到着』を一般公開したその試写会(1895)に、のちのスターフィルム社を作ることになる映画創生期の興行師ジョルジュ・メリエスはいたわけだが、その後の戦争もあって同時代人に忘れ去られていしまったメリエスは、落胆して自らのフィルムを燃やし(←この映画で燃やされたのかもしれないノートの運命と同じだ)、モンパルナス駅のおもちゃ屋で働いていたのだが、シュールレアリズム運動の芸術家たちがジョルジュ・メリエスを再評価して、回顧上映会を開いた。この事実はこの映画で描かれたこととそう遠いものではない。老いたメリエスと一緒に暮らしていた孫娘マドレーヌ・マルテット=メリエスがメリエスの評伝『魔術師メリエス』を書く展開まで似ている。

映画創世期へのオマージュも至る所にあり、『工場の出口』(1895)がカーテンに映ったり、ヒューゴのオートマトンが描く絵が『月世界旅行』(1902)における「ロケットが月の眼球に突き刺さるシーン」だったり、メリエスの『妖精たちの王国Le royaume des fées』(1903)の撮影シーンが出てきたり、時計からぶら下がるシーンでは『プロジェクトA』(1983)に習って1920年代のハロルド・ロイドの『要心無用』(1923)へオマージュを捧げている。


参考文献は柳下毅一郎著『興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史』青土社、2003年12月。
34

34の感想・評価

5.0
スコセッシ監督の子供も観れる映画。
ファンタジーでも現実的。キャスティングも良い。美しいパリが映える。
miho

mihoの感想・評価

3.5
邦題ジャケット詐欺案件
中身は、スコセッシといえばディカプリオの暴力多めの映画の印象しかないから、ちょっと意外で
クロエがかわいくて
ジョルジュメリエス知らなかったので古い映画のシーン、楽しかった
最後いい感じに収まっててハッピーエンド感すごくてほっこりしたけど、ふと孤児院送りにされた子供たちが気になったり
映像がとても綺麗で、夢のある作品。時計を調整するというなんだか素敵なお仕事。
LiaoHe

LiaoHeの感想・評価

3.9
相変わらず邦題はよく分からないけど内容はしっかりしたヒューマンドラマ。ほっこり系
1/Sep
356/2019
りっく

りっくの感想・評価

4.2
本作では映画史を語る上で欠かせない、ジョルジュ・メリエスという人物にスポットライトを当てる。
いわゆる「トリック撮影」によって作られた彼の映画は、当時の人々からすれば、まさに「マジック」であり、「イリュージョン」であったのだろう。
映画とは、今まで行ったことのない場所に、連れて行ってくれるものである。
そして、今まで見たことがないものを、見せてくれるものである。そこには今も昔も変わらない、普遍的な夢や感動や興奮が詰まっている。
だからこそ、映画は廃れず滅びず現存し続けているのだろう。

スコセッシは本作を3Dという手法を使って撮った。
そこに進歩したテクノロジーに対する、彼なりの回答が見えてくる。
本作の3Dは「飛び出す」という原初的な映画体験を再現するために用いられている。
それは、今から100年以上前に、列車が駅に到着した映像を観て逃げ惑った当時の人々と、現在の人々を繋げようとする試みでもある。
「新しいもの」を生み出すことは、「古いもの」を捨てることではない。
「新しいもの」を生み出すことによって、「古いもの」を再生させることさえできるのだ。
まさに、劇中で子供たちが、「機械人形」を動かしたように。
あるいは、再びメリエスに輝きを与えたように。

スコセッシは現在、古典映画の復元やリバイバル上映に尽力している。
時間とは残酷なもので、経てば経つほど消えてなくなってしまうものも数多くある。
映画もフィルムが消失・劣化し、二度と観られなくなってしまうかもしれない。
そんな「古いもの」をデジタル化という「新しいもの」で復元しようという試み。
あるいはそれらに色や音を付けて再生しようという試み。
それはなんと感慨深く、意義深いことなのか。
嫌味ではなく、本作はスコセッシ自身の活動を正当化するものでもあるのだ。
majizi

majiziの感想・評価

3.5
マーティンスコセッシなのに、ギャングとか出てこない!平和な映画
souma

soumaの感想・評価

3.5
“Happy endings only happen in the movies.”

特撮映画の父:ジョルジュ・メリエスを
リスペクトしたドラマ作品。

いいですか!これは「ドラマ」作品。
SFでもファンタジーでもなく「ドラマ」作品。

これすっごい重要なポイント!
魔法も不思議な発明もないから!!
そこじゃないから!
この作品の観るポイントそこじゃないから!!
自分もファンタジーだと思って見始めたから
観る前の自分に全力で教えてあげたい。

ファンタジーとしてみると
たぶんすごくつまらない。
だって「魔法も不思議な発明」もないんだから当然だよね。
でも、ドラマ作品としてみると、あら不思議。
素敵な作品に早変わり!

キャラ一人一人の深堀が丁寧で
舞台となるモンパルナス駅はすごく美しい。
単純にヒューマンドラマとして心暖まる内容だけでなく
映画愛に溢れた作品でもある。
映画の原点である特撮撮影シーンや情熱が伝わってくる。

さらに、銭形警部みたいな保安官もいて
ユーモアも忘れなてないのがいいと思う。

■キャスト
・監督:マーティン・スコセッシ
いやいやいや。
そんなバカな。
信じないから。
スコセッシがこんな暴力とかけ離れた作品作れるわけないから。
僕はこれがスコセッシ作品だなんて絶対に信じないからな!!!
お願いだから同姓同名だと言ってくれぇ~

・イザベル:クロエ・グレース・モレッツ
パパ・ジョルジュの養女。
あかん。パパの響きが破壊的や。

・パパ・ジョルジュ:ベン・キングスレー
頑固おやじ。

■3D作品
これどうやら3D作品とのこと。
2Dでみたからいまさらだけど
蒸気機関車のシーンや時計台のシーンとか
今思うとそのためかなって思えるシーンがちらほら。

■戦犯
この作品のスコアがいまいちな二大理由。
・タイトル
・ジャケット

邦題はいわずもがなよくないんだけど
原題「HUGO」もあまり褒められた題名じゃない。
あと、ジャケットもこんなファンタジー色強くしなければいいのに。
損しかしてない。
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