放浪記の作品情報・感想・評価(ネタバレなし)

「放浪記」に投稿された感想・評価

あきた

あきたの感想・評価

3.7
さばさばしててちょっと口が悪くて、なんかちょっといいなと思わせる女の人だった。
男運がなさすぎる…
HappyMeal

HappyMealの感想・評価

4.3
すごい、今までの高峰秀子と全然雰囲気が違う

林芙美子のキャラクターがとても魅力的
原作読んでみたくなる
林芙美子の『放浪記』出版で貧苦の生活から抜け出すまでの半生記。母と貸間で食べることも事欠く毎日、芙美子に想いを寄せ親切にしてくれる加藤大介の印刷工に見向きもせず、いい男を求めては捨てられる男放浪遍歴。
昔、小説も読んだが短詩の入り混じった生活雑感日記に貧乏と男運の無さを嘆き泣き笑うありのままの姿が、当時の家父長封建的社会の中で自立を目指す女の生き方として共感を得たのだろう。高峰、宝田、加藤、伊藤、草笛それぞれいい味出してる。
成瀬巳喜男監督作品。
高峰秀子演じるふみ子は、幼少の頃より放浪する人生。書き手を続けながらの貧乏人生を描いた作品。

林芙美子の自伝的小説を基にした作品。書くことを続けながらも、住み込みの仕事をしたり、お金を借りたりしてどうにか暮らす。男と一緒に暮らすも、見てくれが良いだけで、浮気されたり、仕事しなかったりで生活は安定しない。主人公ふみ子の心情、人生について考えさせられる内容。

高峰秀子が感情的なシーンがあったりと演技を堪能できる。加東大介が珍しく悪い人じゃない。最後の居間での二人の話し合うシーンの構図が良かった。
伊藤雄之助の存在感がユルくていい。
白

白の感想・評価

4.0
遠くに揺らめく光に向かおうといつしか歩みを止めてみることすら忘れて、夢中で人生に踊らされ続けているうちに女は身も心も窶れてからやっと、辿り着くことから解き放たれる。
男と女の間の絶対的な距離、そしてそれを悟っている女の静かな諦めについて、相手の瞳をじっと見詰める高峰秀子の澄んだ瞳が寡黙のうちに雄弁に振る舞う。
タノ

タノの感想・評価

3.7
演技力が良い
森光子の舞台の話しか知らず、物語も知らなかったので、たまたま放送していたので観ました。
今なら流せないような、女性の姿が良かった。
幸せに見えそうでも幸せでない感じの演出が良かった。
最後は成功して大きな家に住んでるところまできたけど、やはり幸せそうに見えない感じが醸し出されてました。
男運の悪いおふみさんの、踏んだり蹴ったりなおはなし。

おふみさん(高峰秀子)のやさぐれ具合がめっちゃ面白い。詩人というのもあって言葉選びのセンスは秀逸であり、その淡々としたナレーションは、何度もツボにはまった。

しかし彼女の人生は決して可笑しいものではない。
本当に踏んだり蹴ったりで、哀れでしょうがない。しかしそれでも「負けてたまるか」と踏ん張りをつけてもう一度飛び出すおふみさんに元気を貰えた。

男運が悪いといいながらも、いい男に巡り会えていたし、いい旦那さんに巡り会えたのは、やはりおふみさんの負けん気の強さがあったからだろう。

他人にお世話に簡単にはならない、他人のお世話を簡単にはしない、おふみさんの一貫したその生き方に一つ、かっこよさを感じた。
成瀬巳喜男作品はこれが2作目。
印象的だったのは、画面内の人物の配置。構図とも言えるだろう。
たとえば、その場の状況の中での人物の力関係に応じて、人物を配置しているところなどが、それに当たる。手前に優勢なもの(大きくなる)、後ろに劣勢なもの(小さくなる)といった表現をしていた。
また、高峰秀子のオフのナレーションが多いのに少し気になったが、あれは原作の叙述の雰囲気を尊重してのことだったのだろうか。個人的には少しうるさいようにもみえた。
同性とつるまず異性に媚びず、さばさばと一人で生きていく女性の主人公。明るくたくましくは描かれず、身勝手で陰気な様がどこか色っぽい。
加東大介さんが天使にしかみえない。でこちゃんは下宿でうちわを扇ぐ動作を始め常に手に何かを持たされ、手渡され、運ばされているのだが(貧乏暇なし)、加東大介から手渡されるものといえばせいぜい金子ととんかつであって、そのとんかつも厳密には受け取っていない(はずだ)(忘れた)し何度かある金子の貸し借りも机や床に置かれ手渡しされることはない。一方でこちゃんは履歴書、原稿、タオル、手紙、書留など手渡し手渡されることによって次々と新しい生活へと放浪していくのだ。ラスト付近の火鉢を挟んだ二人を横から捉えた光景は加東さんの方が明らかに手に持ったたばこをもて余していて火鉢の底にぐりぐりやるそのしぐさはもう渡すものもその機会さえも失われた天使のやりきれなさがにじみ出てくるかのようだ
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