居酒屋の作品情報・感想・評価

「居酒屋」に投稿された感想・評価

原作ファンなので、あの長い小説を纏められたのがすごい。

グジェ役がイケメンだったのも好ポイント。
 人の不幸は、「あの人は不幸だ」というように、他人によって見て取られるものです。もし自分で自らの不幸を感じるのなら、その人は自分を客観視しているのでしょう。
 人が他人の不幸を感じ取るのは、その他人に幸せをもたらす可能性、つまり「希望」が消えてしまったように見えるからです。一方、人が自らの不幸を感じるとき、彼は自分の「希望」が消え去ったことを客観的に見て取っているのでしょう。言い換えれば、彼は「希望」を持っていたけれど、その「希望」を失くしてしまったために、自らの不幸を感じ取るのです。
 本作において、主人公のジェルヴェーズは、明らかに不幸であるように描かれています。けれども、(本作に出てくる)意地悪な娼婦に対して、(よほど感受性がない限り)私たちは不幸を見て取ることをしません。どちらの女性に対しても、同情し得る不幸があるように思えるのですが、何故そのような違いが生まれるのか不思議です。
 これは、おそらく、不幸を生み出す「希望」が原因だと思います。つまり、ジェルヴェーズは「希望」に執着し過ぎたあまり、耐えられない不幸に見舞われてしまう一方、娼婦はこの「希望」に執着しなかった、あるいは「希望」を持つことなど、はなからあきらめていたために、不幸の外観を生み出さなかった、ということです。
 もちろん、どちらの女性も自らの不幸を感じていたのかもしれませんが、後者の不幸は、他人の目には映らないのです。ジェルヴェーズも、あるシーンまでは、不幸を表してはいません。そのシーンというのは、(映画でしか表現できないことですが)彼女が自分の誕生日パーティーで歌う場面でしょう。’Laissez-moi dormir’という歌なのですが、その内容は、「眠ることも夢見ることも何の意味があるのだろうか、どうせ人は死ぬのに」というものです。そして、「何気ない日常がわたしの人生を切り裂いていく」と言ったとき、彼女は「希望」を完全に放棄したのでしょう。
 最後に、ジェルヴェーズの娘ナナが、走り去っていくシーンは、『ナナ』を想定しているだけではなく、どこか「禁じられた遊び」のラストシーンに似ていて、あの音楽が鳴りだすような気がしました。
(本日=2017年12月31日、鑑賞)

ルネ・クレマン監督にしては、救いの無い映画である。
この悲惨な状況から幸せを感じるのは難しい。
もしかしたら、逆説的に「こんなに不幸な女性も居るのだから、これに比べたら貴方は幸せなのでは…?」と言いたかったのかも知れないが、とてもそういう気分にはなれない作品だった。ヒロイン演じるマリア・シェルが可哀そうだ。


物語は、ジェルヴェーズ(マリア・シェル)は、14歳の時にランチェ(アルマン・メストラル)という男と入籍しない(結婚しない)まま2人の子供をもうけて、一緒に住んでいるが、ランチェは好色男であり娼婦の宿に泊まって帰宅する有り様。
更に、共同洗濯場でジェルヴェーズは娼婦の一人と大ゲンカしたり、ランチェが女と逃げたり、と不幸のどん底。

そのうち、彼女は屋根職人クポー(フランソワ・ペリエ)と結婚して、子供も1人もうけるが、クポーが屋根から落ちて彼は仕事はしなくなるわ、彼女の貯金も使い果たすわ、またまた不幸のどん底。

不幸のどん底の様々なパターンを見せられているようである(汗)

ただ、彼女に好意を寄せている鍛治工グジェ(ジャック・アルダン)は、彼女が店を開く金を貸してやったり、そばで支えてくれて、一縷の光的な存在だったが……

本当に不幸な女性が描かれた映画であり、観ていて憂鬱になり、ウンザリであった。

このレビューはネタバレを含みます


この作品を観終えて、何と後味の悪いことか・・・・・
何かに例えるとすれば・・・・・

ある日 楽しくお散歩していたら、いつの間にか暗いトンネルの中に入り込んでいた。
当然 戸惑いはしたけれど、走ればすぐ出口があるのだし!と、走りだす。
途中 歩きながらも、また走る。
でもまだ出口が見えない。
途中 つまづいて転んだりしたけれど、またすぐ立ち上がり ひたすら走る。
でも走っても走っても 一向に出口の明かりが見えてこない・・・ もうクタクタに・・・。
でもやっと!向こうに明かりが見えてきた! という時に、また転んでしまった。
今度は立ち上がることができない・・・! ずーっと走ってきたから、身も心ももう疲れ果ててしまい、立ち上がる気力も体力も無くなってしまった・・・ もう出口の明かりがハッキリ見えているのに・・・・!
そこまで辿り着きたいとも思えなくなっていた。
ここでいいやと、その場に立ち止まってしまった。
歩きたくなくなった。
出口はすぐそこなのに・・・・・!

こんな残念な結末でした・・・・・。

最後の主人公の姿、表情は 忘れることができません。
自然主義の名のもとに映画を沈黙させたルネ・クレマン「居酒屋」

救いようのないフランス自然主義文学です。

一番救いようのないのは映画が完全に沈黙していることです。

主演のマリア・シェルがなぜか「麻雀放浪記」の大竹しのぶさんと重なりました。
ついでに意地悪女シュジ・ドールでなぜか草笛光子さんを連想しました。
本作を観れば、なぜに「女優ナナ」のナナはあんななの?の疑問が解決することでしょう。
とことん悲劇的な女性の半生を綴った作品の中で、個人的には5本の指に入る傑作。
また、女性同士の取っ組み合いシーンが観れる作品としては他作品を大きく引き離してのベスト1(ケタ違いの凄まじさ)。
愛する(憎しみも含めて)男性に対して自己主張が出来ない女性は、共感すべき点が多い作品だと思います。
しかし、それではいけませんよ!ホントに!!
言うべき時には言える勇気を!

先日、「ケス」のレビューで書いた通り現在オールタイム・マイベストを作成しているのですが、最低でも同監督作品は2作品までにしようと決めました。
どうでもよいことに俺は時間を費やしてんなぁ~的な、非常に困難極まりないこの比較切り捨て作業が快感になりつつあります(笑)
前レビューの監督マイク・ニコルズにしても私だと
「卒業」
「バージニア・ウルフなんかこわくない」
「イルカの日」
「心の旅」
ら辺から選ぶことになると思うのですが、普通に考えたら選べるわけがないわけで…^_^;
本作の監督クレマンに関しても同様です(;´Д`)
まつこ

まつこの感想・評価

3.4
不憫な女の人生を覗きながら「女って怖い…」と身震いした。

友達のフリをしながらマウンティングする女…いるいる!人の男を欲しがる女…いるいる!イヤな女のあるあるに溢れている。

もう可憐なマリアが苦境に立たされるたびにツラくてツラくて。やっと光が見えたと思ったら突き落とされる残酷な運命。おじさんが落ちた時は思わず「あっ!ああ〜‼︎」と声が出た。

そんな女のそばで描かれる男の弱さ。女は海と書いたとこだけど、キャパ越えしてあんなラストになるくらいなら、適度にダメ男を突っぱねないといけないんじゃないかなと思ったり。ありのまま受け止めて沈んじゃうなら放り投げて浮上して!

傑作なんだろうけど女が観るには心が痛みすぎる。あの娘の可愛さでちょっぴり中和されたかな。
Hero

Heroの感想・評価

3.6
【ツイてねぇなお前】
ツイて無いの一言では到底片付けられないレベルのどん底映画。さすが自然主義文学エミール・ゾラ原作。

内縁の夫を寝取られることに始まり、性悪女との腐れ縁、2人の子供と自分を受け入れてくれた新たな夫は事故に見舞われアル中に、せっかく開いた自らの店もそれが原因で閉店へ、そして家なきホームレス………。

何処まで地獄に落とせば気がすむのか、と同情したくもなるのだがジェルヴェーズにも非はある。
とにかくまぁ男を見る目がないのです。初恋の男が何だ、自分を受け入れてくれた男が何だ、すぐ目の前にお前の味方がいるじゃないか。世間の目とか、結婚とかいう悪魔との契りなぞ捨てて飛び込め。
だいたい、人生でただ1人を愛しますなんかアホらしいぞ笑。(←いや盛大に間違ってる。)ってな感じで全員に対して苛立つ仕上がりとなっております。

これがルノワールの『女優ナナ』へと繋がっていくのです。ちなみに、このナナと言うのは今作に出てくる家族の末っ子。その美貌を武器に高級娼婦として金持ちを騙しに騙しポイ捨てしていく性悪女へと見事な成長を見せてくれています。しかし、この家庭で育ったのです。許してあげましょう。
エミール・ゾラやベぇ〜ʅ(◞‿◟)ʃ

2017-
Shiori

Shioriの感想・評価

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前に大学の授業で鑑賞.

自然主義文学者であるゾラは「居酒屋」という作品に、ありのままの現実、フランスの庶民の生活を描いた. そして、私は彼の思い通りにその作品の世界観に飲み込まれたのだ. 率直な感想を言うと、なんて残酷で救われない人生なのだろうか. 観終えたあと、様々な疑問が頭をよぎった. ジェルヴェーズは一体何を間違えたのだろうか. ゾラは何故、彼女を光が射す道に進ませてあげなかったのか. きっと、読者のこのような問いから生まれる考えに、ゾラは期待し、気付いてほしかったのだろう.

まず、ジェルヴェーズの間違えだが、確かに突っ込みたい所はたくさんあった. しかし、彼女はおそらく間違っていない. なぜなら、誰もが彼女のような選択をしてしまう心を少しは持っているからである. ジェルヴェーズが主人公だったが、その当時誰もが主人公になれてしまうということだ. つまり彼女の人生は、もちろん彼女自身のせいでもあるが、その背景にあるフランスの環境も影響しているということになるのだろう.

そして、彼女が手にしていたグージェという希望. これは、当時のフランスの生活において、誰しも希望は持っているということを示唆しているのではないだろうか. 希望という名の人間性. どんなに残酷な生活であっても人間性は完全に失っていない. そのようなことを、訴えているのではないだろうか.

この物語の結末はハッピーエンドではない.それがゆえに心に残るもやもや感がなんとも言えないが、当時の裕福層の人々が同じ感情を抱いたと思うとなんだか面白い.

これもレポートとして書いたので、文章硬いです〜笑
誕生日パーティーの人々の食いっぷりとかを滾る感じで見ることもできるが、いかんせん通しての胸糞が悪い……。主人公のどこまでいっても報われない薄幸さにいらいらする、性根が弱者サイドな者への同族嫌悪かも
目が離せない作品であることは間違いない
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