孤独な場所での作品情報・感想・評価・動画配信

「孤独な場所で」に投稿された感想・評価

Ingmar

Ingmarの感想・評価

3.1
映画としては面白かったが、前半の二つのポイントで気になるところがあり、それ以降没頭できなかった。

まず、被害者女性を自宅に呼んだ理由。
彼氏との約束を取り消させてまで自宅に呼んだにもかかわらず、結局本当に本の内容を聞いただけですぐに帰してしまった。
ここはやはりカラダ目的か、そうでなければ女の方から押し掛けさせるべきだったと思う。どうして無理やり自宅に呼ぶ必要があったのか。

次に、グロリア・グレアムのセリフ「彼の容貌が好みだった。」
目撃者となったグレアムの証言。これは完全に個人的な好みだが、ボガートで良かったのかな?とずっと気になってしまった。
色男の裏の顔みたいな感じで展開してもらいたかった。ボギーならあの凶暴さが表の顔かと。

レヴィン監督は、より悲劇的な結末を最初に撮影したそうですね。撮り直しで現行版になった。最初の方の結末を予想していたので、そちらだったらどうだったろう。
Arx

Arxの感想・評価

3.5
人に理解されない孤独な部分(暴力癖)から逃れようとする男の話。

ヒロインは一般的にフィルムノワールで出てくるファムファタールではなく、男が堕ちていくのは結局のところ自分の性格によるものだったところがやるせない。

犯罪スリラーから恋愛映画、最後にはサスペンスとなっていく脚本が見事。

サイコサスペンスに恋愛ものの要素をうまくからませた傑作。

大事なことを語らせない脚本と、肝心なものを見せない演出とが抜群に秀逸で、まさに「原作に忠実」ではない工夫が功を奏している。
そのおかげで、観客は最後までたくみにサスペンドされたままにおかれる。

グロリア・グレアムの魅力たっぷりの名演が、ボガートのサイコぶりにリアリティを与えているようだ。
グロリアグレアムの視線に全てがある。
ボギーの暴力スイッチが入る時の猛烈なライティングもすごい!
あと海のセットがかなり好き。
ハンフリー・ボガードがカッとなると止まらないサイコ男を演じている。
彼の目の周りに強い照明を当て、異常の発露を示す場面が2ヶ所あるのだが、演技も良く表情がギラギラ。
『らせん階段』のジョージ・ブレントほどではないが、ゾッとさせてくれた(ブレントの場合は画面に加工があったかも)。

作品内には、軽妙な台詞の応酬が楽しい場面も多い。
またハリウッド住人である主人公の醜聞や、彼にまとわりつく人々、そして注がれる偏見なども描かれており、内幕的な雰囲気がある。
ただ個人的にはボガードでなく、もっと見た目の良い俳優に演じて欲しい役だった。
ウィリアム・ホールデンとかだったら、キャラの狂気にときめきさえ憶えたかもと感じたが、奇しくも本作は、やはり落ち目の脚本家が主人公の『サンセット大通り』と、同じ年に公開されたようだ。

オープニングのクレジットにHadda Brooksの名前があったので「あら」と思っていたのだが、歌唱場面と一瞬の演技が収められている。
YF

YFの感想・評価

3.9
前に高橋ヨシキさんがこの映画の紹介をしていた時に、この映画をざっくり説明すると覆水盆に返らずて言ってて、まさにその通りの映画だった。事件は解決して自分の身の潔白が証明されても、全くハッピーエンドにならず、まさにthe endて感じ。
最後までハンフリーボガートがほんとはやってるんじゃないかという疑惑が全く捨てきれない。実際に刑事の前で推理を実演した時には、明らかにテンションがおかしいし、タバコをもらう時に彼女の首に手を回した時は、ちょっとドキドキしたし。まぁ元はと言えばすぐにブチ切れちゃう自分の性格が端に発しているから自業自得の面もあるけど。
ropi

ropiの感想・評価

3.7
ある脚本家があらぬ嫌疑をかけられたことで裏の顔があらわになっていく。今やよくあるサイコサスペンス映画。こう言っちゃなんだがボガート氏の豹変ぶりにはあまり驚かない。悪役ばかり観てるから勝手なイメージがこびりついてるのかな。人は見た目では分からないもの。ディクソンの顔が好きで惚れたローレルだけど…愛してるのに恐怖に怯える日々。ハンフリー・ボガートとグロリア・グレアムの迫真の演技が良かった。
痣

痣の感想・評価

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サイコサスペンスとして撮れなくもないと思うんだけどメロドラマに帰着していくのがすげー。「孤独な場所で」というタイトルが効いてくる
これに限った話じゃないんだけど主演女優をビカビカに照らすライティング笑っちゃうんだよな、分かりました美しいのは分かりましたからという
ゴマ

ゴマの感想・評価

3.5
1950年公開
ニコラス・レイ監督
ハンフリー・ボガート
グロリア・グレアム

徐々に凶暴性をあらわにしていくハンフリー・ボガート扮する脚本家レスリーの暴れっぷりが恐ろしい。物語中盤でとある出来事がきっかけでキレたレスリーは車に乗り込み夜の峠を暴走して挙げ句の果てには横から走ってきた車と接触事故を起こしてその相手をボコボコにして最後は石でその相手を殺そうとするが同乗していた彼女に止められる、という何ともヤバい凶暴性を持つ。
めちゃくちゃ泣ける。

暴力衝動を抱えた脚本家が、アシスタントの若い女性の突然死に遭遇し殺人犯として疑われる。彼は隣人女性の証言で疑惑を逃れるが、刑事は彼が犯人ではないかと探り続けている。これをきっかけに脚本家と隣人で元女優の女が恋仲になるが、刑事夫婦と付き合ううちにこの元女優の女も脚本家が真犯人ではないかと疑い始める。彼女の疑いが強まるのと逆行して男のほうは彼女に結婚を申し込む。

ヒッチコックの招かれざる客のような「分身」もので、脚本家と恋人、二組のカップル、原作と脚本、脚本と現実、殺された女と殺されるかもしれない恋人と、いくつもの「対」の関係が描かれるのだが、実際に「対」の関係にあるのではなく、「人は他人を鏡のようにしてその中に自分を見てしまうし、そうして他人の中に見える自分の過去や不安としての自分の未来のせいで不幸を招いてしまう」というメロドラマになっている。

「脚本家(作家)」というのが二重人格者の比喩になっている。

ささやかな結婚式の食事の席で、皆がボギー演じる脚本家に注ぐ視線だけでこの男がヤバいやつだと思われているのがわかる。しかし、本人が一番自分のヤバさに無自覚なので、それが男を一層焦らせ孤独にする。
暴力衝動をむき出しにする時、照明の効果もあるが、ボギーの表情が緊張して神々しいほど鋭くなる。自分の中に野蛮なものを飼い慣らし、それと付き合っていかないといけない男、他人はこの男の野蛮さに誰も付き合ってはくれない。その孤独が泣ける
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