夕やけ雲の作品情報・感想・評価

夕やけ雲1956年製作の映画)

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3.9

「夕やけ雲」に投稿された感想・評価

家族のしがらみ それぞれの抗えない宿命 母親の度量の大きさ いいね!景観が素晴らしい それと少年の友情の描き方も新鮮!
温八

温八の感想・評価

4.5
昭和のリアルを感じる作品。口減らしに子供を養子に出す、自分の意思に関係なく親の後をつぐなど、懐かしくて暖かいだけの昭和像はそこにはなく、ただただ日々を耐え忍び過ごす人々の姿があるのみ。
奔放な姉・豊子と違って寡黙で真面目な弟・洋一。妹との別れのシーンは涙。親友・原田との友情も微笑ましく可愛らしい。
少年は青春時代の様々な憧れに別れを告げ大人になる。
「さようなら、僕の愛した人たち。遠眼鏡の女、妹、友達、船乗りに憧れた自分。さようなら」
東京タワーが建った翌年制作の昭和映画。冒頭「この大都会の片隅で‥」の文字からはじまり、ああアレのもとはコレかぁともだえる。ああたまらんなぁ。面白いなぁ。けどこれ超弩級長男号泣映画。たぶん。次男の俺でさえむせび泣く。木下恵介はほんと感情の一番淡くて脆い部分をゴルゴ並みの精度で狙い撃ちしてくる。観終わっても思い返してくわっと泣きそうになる。その涙は有村架純とかがさあ泣けほら泣けと強要してくる涙とは次元が別。なんともしれん市井の悲哀を映像そのもので紡ぎ出すプロの技。小さく狭い舞台の向こうに大地と大空と永遠の広がりを感じる大きな映画。聖女が多めの久我美子さまに超絶Bichやらせるあたり、それを鉄壁に演じてみせる久我さま、安定の昭和オヤジ東野英治郎、その他の皆々様、プロだねぇ。
人生のすべてが描けている映画
木下惠介もすごいなあ。。

少年はいくつものさよならを経て、
大人になってしまったのだなあ
浮浪者

浮浪者の感想・評価

3.6
ほぼ赤貧が産出するほぼ狂気の実存ミュージアム。意志という観念は現代の神話と言えるまでの道行き。
櫻

櫻の感想・評価

-
僕は遠くを眺めている。もう手に届かなくなってしまったものたちに想いを馳せている。遠くにいってしまったものほど、きれいに輝いて見えるんだ。大人になることは、多くを諦めていくことなのだと、なんとなく知ったあの頃のこと。

正直に正直に生きてきたのに、生活は良くならない。戦争なんか起こらなければ、少しは暮らしも変わっていたかもしれないのに。それでも、母と父が一生懸命に働く姿を横目で見ながら、僕は夢の中にいた。魚の匂いが嫌いだった。

父が心臓病を患ってなくなり、貧しさから妹は養子にとられ、窓際の淡い恋は成就せず、友とも別れなければならなくなった。僕の青春の終焉は、そのすべてに別れを告げること。さようなら、僕の愛した人たち。さようなら、叶わなかった僕の夢。さようなら、僕の青春。

僕は現在、あんなに嫌だった魚屋になっている。
木下恵介監督作品。

オープニングは、都会の街並みを空撮のような俯瞰から始まる。

魚屋で働く若い男と母親が居る。そして、4年前に遡って物語が始まるが、4年前には父親(東野英治郎)が居て、派手で美人だが薄情な姉(久我美子)も居る。
久我美子が、タバコを吸ったりして、スレた女の役は珍しくないだろうか。

その後、淡々と物語が続くが、一般的な物語なので、安心して観ていられる映画。

途中、昔のトラックやバスなど時代を感じる風景が見られたり、特に「貸本屋」(看板に「貸本 漫画…」と書かれている)の外観が見られる。「貸本屋」は初めて見た。

妹が大阪へ行く別れ、友人が北海道へ行く別れ、そして父とは死別という形での別れなどが続き、切ない思いが込められた映画であった。
卵黄

卵黄の感想・評価

4.1
主人公一家よりも赤貧な人たちまで想像させられた

木下恵介ってすごいんだなぁ
かめの

かめのの感想・評価

4.3

ハッピーエンドでもなく、バッドエンドでもない、少年の未来へ続く終わりだった。(換言すれば、運命に抗えない少年の)

この映画を観て、俗的な言い方をすれば、腐女子だと思っていた自身の考え方に変化があった。個人的なことだが、私はプラトニックな同性愛を愛していた。そしてその欲望に忠実に、そうした漫画や小説を読んでいた。二次創作もその一つだ。しかし、そうした二次創作によるBL化を批判する友人がおり、彼女曰く、どうして腐女子は少年漫画の友情を恋愛関係に変換するのかというものだった。

わたしは彼女を差別的だと感じていたが、この映画を観て、何だか彼女の気持ちが分かったような、そしてそれは私の歪んだ価値観の中で理解された。

つまり、この映画の少年同士の友情を恋愛的なものとして受け取ることは、傲慢であると。恋愛なんてものに変換してくれるな、と思ってしまったのだ。

まぁ私のこうした個人的な話は置いておいて、感想に戻ると、私が最も悲しかったのはお母さんが大阪へ行く子の靴を履かせているシーンである。もちろん、その後のヨイチの言葉にも胸が詰まった。

それでも、お母さんが自分で履くことの出来る年齢の子供の靴を履かせてやる、その心理があまりにも「母親」的で悲しい。いつまでたっても、「今日は寒いから、暖かくしていくんだよ」という母のように。
少年二人の友情の表現方法にびっくりしてしまった。木下はゲイの噂があるのか、知らなかったよ。
肝心の映画はね…… いやだって、男の子同士で手繋いだりするから、なんだか気が散っちゃったじゃないか。

木下は2作目。きっとわたしの好み。
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