ほとりの朔子の作品情報・感想・評価

「ほとりの朔子」に投稿された感想・評価

浪人の朔子。彼女はこの物語を進めはしない。周りの人間が進めていく。彼女は空っぽなのだ。彼女自身どこにいるのか分からない、水から地の間に、ほとりにいるのである。
友達から恋人の間(ほとり)。
若者と大人の差。
台詞の芝居くさい感じが苦手だった。
ずっとどこだか分からない原風景的な舞台設定が続くの8/32みたいでいい
99

99の感想・評価

5.0
フランス映画っぽい ロードムービー大好きなわたしにとってはどストライク エンディングの曲すごく良いけど音源見つけられなくて残念
夏とリアルは定番化されつつあるけれど、二階堂ふみの台詞回しなどなどもあって好きになった あんまりこういうジャンルの映画未開拓だった中学生の時に見たから当時は感動した 別に何も答えは出てない
これはねー集中できなくて観れなかった

またはつまんなかったから観るの止めた

最後まで観てないんでスコアなし
konyudo

konyudoの感想・評価

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『淵に立つ』に続き2本目の鑑賞。
『淵に立つ』の方が後に制作された映画。『淵に立つ』を観てからだと、深田晃司監督の映画の赤色の使い方に狂気を感じてしまうんだけど、『ほとりの朔子』はストーリーは割と穏やかなので、まぁ落ち着いてみれた。
『ふきげんな過去』もそうだけど、二階堂ふみの夏との相性の良さと少女性がよく出てるなぁ。
Yuka

Yukaの感想・評価

5.0
朔子とたかしの徐々に縮まる距離感、雰囲気、話の内容、いいなあ、、そして二階堂ふみと太賀の脱力感も良い、、茨城のおじいちゃんちと夏が恋しくなる
真夜中

真夜中の感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

赤いワンピースの朔子が河原に足を踏み入れる。瞬間、彼女の足を中心に水面に波紋が広がる。
このカットだけで、すっかりこの映画の虜に。
主役二人の瑞々しい演技がとにかく自然体で素晴らしいです。
全編にわたって印象的深いシーンややりとりが沢山ありました。誕生日会とか、執拗に映されるふみちゃんの尻とか。
表向きは淡々とした雰囲気ですが、水面下では様々な感情や駆け引きが渦巻いているドラマチックな作品です。
人物それぞれの背景にわりと複雑な事情があるようで、それを台詞で説明しすぎるかと思えば、
重要な部分をさらりおわす程度にとどめていたりと、観る者に揺さぶりをかけてくるようないびつさに独特の味わいを感じました。
ネット

ネットの感想・評価

5.0
大好き。この時間がずっと続いてほしかった。
映像に刻まれたあらゆる時間が愛おしい。このどうしようもなさ、血は選べないこと、時間は過ぎゆくこと、彼を好きな別の女性がいること、夏はいずれ終わること、さよならを言わなければならないこと。終わりが見えている時間は美しい。事象の美醜に関わらず。
撮影はカラッとしているのに、感情がダダ漏れ。

肩出しシャツの二階堂ふみが屋外で喋りまくるシーン、おそらくアフレコなのだろうが(ピンマイクを付けるところなさそう)、ビックリするくらい違和感がない。アフレコが上手いってこういうことか。それとも同録…?
ねぎお

ねぎおの感想・評価

3.8
深田晃司監督鑑賞はこれで3作目。
「海を駆ける」のコメント欄でこれを勧めていただき、ようやく鑑賞。
おススメポイントは湖と朔子(二階堂ふみ)のシーン。
探さなくてもわかりましたよ!作品中でも際立って素晴らしい撮影。ひょっとしたらカラコレの勝利かも。Filmarksのジャケ写にもなっているので垣間見えるかも。

朔子が叔母(鶴田真由)と花を探しに湖へ。そして青々とした木々が水面に反射しているんですが、真っ赤なワンピースの朔子がそーっと水に足を入れ、その波紋はゆるやかに水面の木々をゆらゆら不可思議模様に。いやあ<深田史上最高の画>というコメントはその通りだなと思いました。

《以下、よりストーリーに触れますので、情報を遮断したい方はご遠慮ください》



撮影は「淵に立つ」と同じ根岸憲一さん。「海を駆ける」は芦沢明子さん(「さようなら」も)。
「淵に立つ」のカメラ位置や画角に「?」がたくさん付いたので今回撮影に注目しましたが、上記シーンは極めて美しかったです。一連で花を見る鶴田さんと二階堂さんのショットも太陽光を使ってシルエットを綺麗に見せた秀逸な画。

しかしそれ以外は天候もあるかもしれませんが、道路のミラーを使ったショットや3分近いワンカットの会話シーンを除き特筆すべきところは・・。
「淵に立つ」と二作並べて思うのは、なんだか室内の撮影に「?」が付くのかも。



この作品はナント三大陸映画祭グランプリだそうで、深田監督を一躍有名にした映画ですが、残念ながら正直わたしには合いませんでした。
深田監督には4:3の画角の理由を聞きたいなあ。特に横に見たいものがあったわけもありませんし、演技を捉えることに集中していたのでそれもしかりですけどね。
それよりも中盤、亀田父娘(古舘寛治+杉野希妃)とみきえ(鶴田真由)らの食卓シーンはなんだったのか??ホン・サンス劇場でも始まったのかとビックリでした。雰囲気としては役や設定がありつつも役者さんたちの素に近い状態でのアドリブを絡めつつの撮影だったと推測します。朔子がいろいろうずまく大人の事情をほとりから眺めているということなのでしょうか?
そして朔子と亀田甥(太賀)とのストーリーもやや中途半端な印象。一夜を共に過ごすんですが、行動面、精神面でも何も起こらなかったという表現?もったいないですよね。
むしろ亀田甥(太賀)がホテルでの売春をに憤るあたり(買春の女子高生は公園でカツアゲされていた娘ですよね)が心の変化ですが、これもなんらか回収されることもなく・・。
観る者の想像に任せていただくにもちょっと情報が少ないのでは?

あと亀田娘の杉野希妃さんはこの作品のプロデューサー。今を時めく方ですね。
二階堂ふみの佇まい。鶴田真由と並んで歩くカットを重ねていくあたりは完全にエリック・ロメールの手法。しかし次第にロメールとは別の何かに変化していく様子が不気味かつスリリング。

深田晃司は一作ごとに作風が変化していくのが面白いけど、通低しているのは共同体(未満)の不気味さを撮る点だろうか。
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