息を殺しての作品情報・感想・評価

「息を殺して」に投稿された感想・評価

iq3

iq3の感想・評価

3.0
息止めると呼吸しやすくなるんだよね
ワンチャン、工場、幽霊、ダンス
ヨーダ

ヨーダの感想・評価

4.0
息を殺して黙ってれば全てうまくいきそうだね
ダンスシーン、犬
明らかに不自然な動きをする作業員とか、すごく黒沢清イズムを感じる。

サバゲーってやったことないんだけど、撃たれるとあんな感じでスッ...て倒れてくの?
海

海の感想・評価

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むかしから、とるにたらない願かけをするくせがある。たとえば、夜布団の中に入って、20秒まばたきを我慢できたら明日はいい日になる。たとえば、眠くてたまらないけど今描くのをやめたら、この絵は永遠に完成しない。たとえば、あなたが朝、おはようと言ってくれるとき、わたしの名前を呼んだならまだこのままでいてもいい。ときには、大事なひとの不幸や、自分の遠い未来のことを、立ててみることもあった。一度きり試して、一度きりそうなったことなら、結果は五分五分。何度か試して、何度でもそうなったことなら、そのとおりになるような気がする。たぶん思い込み。でもその思い込みが、もともとあるものを受け容れているのか、もともとわからなかったものを勝手に決めつけているのかは、わからない。帰りたくないとおもうときって、大抵の場合、そこにいたいよりも、あそこにいきたくない、って気持ち。それでもときどきは、ここにいたい、って思っているんだよ。気づかれたくても、言う方法がわからない。どんな意味のない会話でも、ぜんぶおぼえてしまってる。あなたはわたしを、さみしがりと言って笑うだろう。そう簡単に終わりにはできなくて、思ってるよりずっと時間はわたしのなかから連れ去られていくから、このまま、このまま死んでいくかもしれない。わたしだって。夜が、そっと照らしていた暗やみは、朝がくれば、影に抱かれ、息を殺して待っている。つぎに夜がめぐってくるときを。光りのなかで踊る暗さ。闇のなかで踊る明るさ。わたしを満たすかなしみは、ときどきそこから、あとかたもなく消えてなくなる。そういうとき、あなたがきているのだと思う。そこにいないものと生きていることをそこにいて知る。
mera

meraの感想・評価

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このレビューはネタバレを含みます

thanks theaterにて。

偶然ですが、単純にSNSなどで評判良いものを順番に観て、3本目で3本とも幽霊ものでした。

うーん、映画に合うテーマということ? 人の心に響きやすいということ? 3作とも違うタイプの映画なのに、なぜか幽霊は毎回そこにいるのでした。え? また? と、ちょっとびっくりしました。

小さい画面でしか観られなかったので評価は保留。
Chillies

Chilliesの感想・評価

3.3
前半退屈だが、ラストのダンスは音楽含めて良かった。

「黙っていると、全部うまくいくような気がするね」が作品の核を表している、のか。設定的にはアピチャッポン。

黙って過ごすとに耐えきれず、浮気をしたりサバゲーに興じたりする。偽の銃弾で倒れた先が生者の世界か、はたまた本当に死んでしまったのかは、知る由もない。

カメラワークも良かったけれど、飽きさせないポイントは台詞の妙かもしれない。暗証番号のくだりやサッカーゲームの用い方など、必要最小限の言葉で関係性を描き出すのが素晴らしかった。
Haru

Haruの感想・評価

4.2
サンクスシアター慌てて観てます。
これカメラワークが最高。
そしてこのロケーションも最高。
さらにここに出て来る人物像も
なんだかリアル。
良い作品でした!
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

4.2
【サンクスシアター40:息を殺して生きる者の微かな愉しみ】
ダミアン・マニヴェルと組んで『泳ぎすぎた夜』を撮った五十嵐耕平監督過去作『息を殺して』がサンクスシアターにあったので観ました。よくある日本閉塞感モノで本来私との相性は最悪なハズですが、これがとんでもなく凄い作品でした。

2010年代の日本インディーズ映画は「会話劇」「閉塞感もの」「黒沢清再解釈系」に集約できると考えている。会話劇系は2010年代、色んな監督が挑戦し、濱口竜介、今泉力哉、瀬田なつき、山戸結希と天才が現れ道を示したからあまり心配していない。 ロメール、ジャームッシュ、サンスを多少真似ても、自分の理論が確立されていれば面白い映画になりやすい土壌はできているんじゃないかなと思う。

一方で、閉塞感ものはキネマ旬報ベスト・テンをみると御察しの通り、自分不幸ですアピールをどんよりとした灰色のキャンバスに塗りたくっていれば高評価もらえる傾向があり、社会問題にあぐらをかき過ぎだと思っている。叫べばいいもんじゃない。黒沢清系は、どうも映画学校ではやたらと黒沢清を持ち上げる傾向があり、それのフォロワーともいえる禍々しい雰囲気醸し出し映画をチラホラ見かける。ただ、黒沢清映画があまり好きではないので刺さることは少ない。

さて、『息を殺して』は私の苦手な閉塞感ものと黒沢清再解釈ものが悪魔合体した映画である。東京五輪の足音が聞こえてくる日本を舞台に、ゴミ処理工場で未来を見出せない者たちの人生を描くいかにもという内容だ。そして、御察しの通り、黒沢清的陰影表現があり、灰色のキャンバスに映画が塗られている。録音状態が悪く、日本映画なのに聞き取れない箇所も少なくない。

でも、他のサンクスシアター映画との格の違いを観た。

仄暗い空間。壁を盾に死角が生まれる。映画は神の視点であることを強調するように、工場に迷い込んだ犬が映り込む。そして、これが登場人物を動かすマクガフィンとして機能する。

帰る場所がなく、夜な夜な謹賀新年パーティーの準備をするおっさんが映し出される。カメラがじっくりと前進すると、おっさんがボールをぶちまける。ただ、それに怒ることなく淡々と作業をする。パーティという華やかさとは裏腹に、どんよりとした灰色の空気がそこに流れている。

別の作業員は、妻に電話をする。すると「ふざけているの?もう帰ってこないで」と言う。

ガランとしたオフィスで、男たちがサッカーゲームを持ち寄り遊ぶ。そこに、女性社員も加わる。彼らには、未来という概念はないく、ただひたすらに虚無の時を過ごしているようだ。東京五輪という華やかな場所とは裏腹に、希望もなくただ毎日が過ぎ去っていく。そういった人の肖像を映画的に捉えている。

虚無に生きる者にも微かな愉しみはある。廊下で追いかけっこしたり、暗闇でボールを投げたりする。何気無く「明日サバゲー行きたい」と女性社員が言うと、「行く?」を恥ずかさと嬉しさ混じった笑みを浮かべる男、そしてガランとしたゴミ収集所がサバゲーの会場になり、彼女は踊り始める。彼女のダンスは、心象世界だろう。抑圧された世界にある微かな喜びを唐突に表現している。このお茶目さも映画の魅力に繋がっている。

不思議な映画ではあるが、映画を観ている快感を癒してくれました。
am

amの感想・評価

3.5
パラレルワールドかとおもったらそうじゃないっていうのが良かった。気まずいときの間がリアル。ひさしぶりにキュア、世紀の光、観たくなりました

このレビューはネタバレを含みます

画も映っている人も華やかな感じではないけど、ふとよぎる多幸感と寂寥感がすごくて好きだった
ダンスシーンが最高、鼻つまんでるのかわいい
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