カプチーノはお熱いうちにのネタバレレビュー・内容・結末

「カプチーノはお熱いうちに」に投稿されたネタバレ・内容・結末

最初の40分くらいは ??で、特になぜアントニオとエレナが恋に落ちたのかその部分が全くわからなかった。これは最後まで観てやっと少し納得が行く感じ。でも
、あの部分の時系列を逆にする必要性はなんだったんだろう…最後ハッピーシーンで終わらせたかったとか??それが理由ならわたしなら写してないこれまでの思い出のシーンとかをいれるとかにするな、、too confusing すぎる。それにしてもあんなにレイシストセクシストの男を急に好きになるか? 恋はそういうもの、ということを伝えたかったのか…でもそうだとしたらアントニオの最初の差別的な発言とか違う方法でそれを表した方がよかったような気がするし、逆にエレナがアントニオにアントニオの差別発言について言及する場面が欲しかった。
ストーリーも、なんかよくある感じだったし、音楽がなんか冬のソナタみたい( No offense ) で謎にドラマチック。
でも、海のシーンは確かに綺麗だったし、最後の笑い合うシーンも素敵。なによりもイタリア語を聞いてイタリア人の2人の友達のことがすごく恋しくなった。
Özpetek監督大好きなんです。
イタリア人じゃないのに(から?)彼が描くイタリア人はリアリティある上に最高にチャーミング。ママ姉妹とか好きすぎる。

ヘビーな内容も笑わせてくれる。
もう最後彼女がどうなっちゃったかなんてどうでもいいの。辛すぎる現実は省いちゃおう。

そう、ただ、乱気流に備えなければ。
イタリアの海、風景、食べ物、人との関わり方が垣間見れる映画。

話したことが少なくても、それが親友の彼だとしても、ビビッと来る人っているんだろうなぁ。
悲しいけど明るい。
海でのシーンはすごいよかった〜!
好きなセリフ

あるがままのあなたを愛してきた
皆は私たちを不釣り合いというけど
それは違う

あなたの本当のよさも
2人の愛の深さも
知っているのは私だけ

本当の愛とは他の人には理解される必要などなく、お互いが決めることだと感じた。
正反対な二人が惹かれ合って始まる恋からはアンバランスな生活が導かれることが多いけどでもやっぱ深いところでは言葉では説明できない感じで愛し合っているんだよな。。
表面的にはぶつかり合っちゃうんだけどさ。
っていうのが私にはメインテーマに感じてしまったけど、全体的に何を伝えたいのかぼんやりしてました。
話も、突然直角に進んでく感じで流れがよく変わりました。

カフェ予定地でエレナが偶然見た光景(あの表情、良かったな)から想像していた顛末と、ラストで明かされた舞台裏は、明るく友情をフィーチャーしたストーリーになっていていい意味で期待を裏切られほっこりしました。


主演女優さん、鼻から上がまるでキーラ・ナイトレイだった。綺麗〜
こういう作品は「こわい」よ。
たいしたことないなって、見ながら思っていたくせに、見終えて、じわじわと評価が今もなお自分の中であがり続けている。よくあるようで、こういうのをとるのが一番難しいんじゃないかな。見せないことで、逆に見えてくるものがあるんだ。それは、13年の欠落。

エレナは自分の店をもつという夢の道すがら、石ころに躓くようにアントニオと出会う。第一印象は、最悪。しかし不思議と惹かれ、お互いに恋に落ちたのが決定的になった直後、カフェは開店13周年で、アントニオとは結婚しており、病魔がエレナを蝕んでいる。飛行ではなく、跳躍なのか。意表を突かれたものの、その不自然は無視した。お話自体は、なんてことはない。「人生の乱気流」は映画になる、なり過ぎるから。当事者にとっては人生の節目でも、物語の世界としては古びれている。病気との闘いを通して、涙を誘う。その過程で、人と人との絆を描く。では、ないんだ。

原題「シーベルトをお締めください」には含みがある。軽い命令口調、少なからず危険を匂わせる、こわい、まだ大丈夫、けど気を引き締めて。 この映画、感動させようとしているわけじゃない。準備させようとしている。突入する前に。(その点では「カプチーノはお熱いうちに」の邦訳もひとつのアプローチ。)

闘病生活の現在を起点に語りかけているのは、13年後の13年前の僕らにだ。ここにきてじわじわと効いてくるのが、抜け落ちた年月。乱気流のなか、飛行機は激しく揺れ、もしかすると墜落するかもしれない。そのとき思い出すことはなに?、それを思い出して。最良の時間、さりげなかった幸せ。呼び起こせる記憶に対して、あっという間に過ぎ去っていくそれまでの人生なんて、総量を考えると、抜け落ちたも同然。でも今の関係性のなかに、隣に座っている誰かと重ねた手のなかに、確かにそのすべてを感じることができる。

エレナとアントニオ。彼女たちの13年間を、誰も知らない。いや誰にも知ることはできないんだ。その二人のことを、その二人以外には。たとえ13年かけて見せたとしても、本当に知ることはできない。ましてやたった30分ほどの、恣意的な選択を免れないダイジェストを見せれば、無闇な感動や玄人の食傷や偏った評価を産むだけだ。些細な積み重ねである二人だけの大切な時間を、観客という他人に口を挟ませないで、そっと二人だけのままに置いておいた。これは監督から劇中の二人への、いや、あらゆる二人への粋な計らいってもんだろう。そして誠実さでもある。ああ、なんて「強い(こわい)」作品だ。見せていないのに、だからこそ。

それでもなお、浮かび上がってくる瞬間(とき)があって、それはむしろ、削ったからこそ、切なく、すばらしく映える。なんの心配もなく、友と腹を抱えて笑いあった、恋人と肌を合わせた、その欠片が、乱気流の切れ目にみえる、澄みきった青空と白く輝く太陽になることを、完うすべき難航の中途でも、自在に着陸できる岸になることを、心の片隅に置いておきなさい。胸がきゅっとなった。分厚い雷雲は来たるべくして来るものだから。心配はいらない。
この監督の前作、明日のパスタはアルデンテは近年のイタリア映画の中でもダントツで好きな映画。

今回も原題無視っぽいタイトルがやけに鼻に付く(笑)
個人的には明日のパスタは〜の方が好き。

今作も前半は所々コメディタッチで軽いノリが続く。
前作は序盤のカオスなお笑い展開以降もずっとコメディ路線で行ったのが好きだったので、非常に期待が持てた。

カメラの視点移動を使った映像演出も凝っていて、更に加点。

しかし、後半はヒロインの乳癌発覚からシリアスな展開にシフトしてしまう。
しかも癌という設定自体も治療経過の展開も凡庸であまりよろしくない。

ラストに結婚に至るまでにあった一波乱を持ってきて、観客を笑わせて終わるのは正解だったと思うが、だったら癌完治しちゃうまでやっちゃって人生讃歌映画にして欲しかった。

それこそ、俺がこの監督に求めるのはそういう内容の映画。