「エイゼンシュテインはグリフィスに影響を受け……」という教科書的な説明を聞いたことがあっても、その具体的な参照項を見たことがなかったのでかなり衝撃的だった。確かにこれは、対位法的な二項対立のモンター…
>>続きを読む記録
フィルムで。再見。
ものの数ショットで資本主義社会を暴露してしまい、全く違和感なくふたつの異なる空間が同列(労働者と資本家で階級に差はあるが)に繋がれてゆく。グリフィスの知性が垣間見える作…
『今』(2025年6月時点)の映画すぎてウケる。グリフィスは画面の奥行きを存分に活かした画面構成が素晴らしく、広大な畑を歩きながら奥→手前に移動する人物と馬を映したショットは印象的。固定フレーム内で…
>>続きを読む富裕層のパーティと貧困層のパン屋の列とをクロス・カッティングで見せることで、本来は目に見えないはずの格差を視覚化する。しかしそのようなリアリズム表象をもこえて、ひとつひとつのショットの構図が光る。ス…
>>続きを読む突然小麦の山に寄ったかと思ったら、小麦王が落ちてきて笑いました。買い占めた小麦に溺れ死ぬとは皮肉すぎます。
農民がパラパラと畑に撒いて、女の子がちょこっと掬った小麦が束になって小麦王の息の根を止め…
Silent Film Days 2020
D・W・グリフィス選集 アーカイブ国立
ピアノ伴奏 神﨑えり
あれだけ言及され、N氏の言葉を想起しつつ
初めて観る
『小麦の買占め』A Corner i…
固定されたカメラによる画面構成は基本的に守られ続ける。人は画面から入っては出てくるか後を辿るように流れていく。つまり反復する。
小津安次郎、セルゲイ・エイゼンシュテイン、ペドロコスタまで結びつける源…
このレビューはネタバレを含みます
D・W・グリフィス(1875-1948)は1908年に監督デビューを果たした後、多くの短編映画を作り続けました。初期のサイレント映画において支配的だった演劇の影響から脱し、カメラポジションの変化やク…
>>続きを読む各場面はあくまでも独立していて、物語はモンタージュによって後からくる。農家の男の手からはらはらと滑り落ちるなけなしの小麦だろうと、サイロの管から吐き出される大粒の小麦だろうと、それ自体のビビッドな運…
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