これがロシヤだ/カメラを持った男の作品情報・感想・評価

これがロシヤだ/カメラを持った男1929年製作の映画)

CHELOVEK S KINOAPPARATOM

製作国:

上映時間:67分

3.9

「これがロシヤだ/カメラを持った男」に投稿された感想・評価

カメラで撮影する男を映したショットがあれば、スポーツ観戦をする観客を映したショットがある。さらにネガを編集するショットがあれば、全く関連性のないショットをつなぎ合わせた編集がある。映画を撮ること、編集すること、上映すること、観ること、映画にまつわる一連の過程への思索が促される。
やはりこのシュールリアリズムとドキュメンタリズムの絶妙な凄さ。
大きな影響を与えたことを伺える。
最初かっけ、ヤベッとかしか感想なかった気がするが
物凄い孤高な映画であり、早い段階で欲望の視線やメタをやってる恐ろしい。
masa

masaの感想・評価

3.0
1920年代当時の最先端の様々な撮影技法を駆使したモノクロのサイレント映画
ストーリーなしで映像のみで成立させている作品
kazu1961

kazu1961の感想・評価

4.0
▪️JP Title :「これがロシヤだ/カメラを持った男たち」
Original:「Man with the Camera」
▪️First Release Year : 1929
▪️JP Release Date : 1932/03/10
▪️Production Country : ソ連
🏆Main Awards : ※※※
▪️Appreciation Record : 2020-548 再鑑賞
🕰Running Time : 67分
▪️Director : ジガ・ヴェルトフ
▪️Writer : ジガ・ヴェルトフ
▪️Music D : (マイケル・ナイマン)
▪️Cast. : ※※※
▪️My Review
全編に流れる音楽がマイケル・ナイマンのスコアにのりながら、当時のソ連の日常がリアリティを持って伝わってきます。凄いですね!!
とにかく当時、精一杯トライアルした前衛的、芸術的作品だったんでしょうね。ゴダールらのシネマ・ヴェリテにも影響を与えた、ソヴィエト記録主義映画のパイオニア、ジガ・ヴェルトフによる実験的ドキュメンタリーの金字塔作品です。
都市と都市生活者の一日を、鮮烈な映像美と超絶的なモンタージュ技巧を駆使して綴った本作は、プロパガンダの枠を超えて、映画言語のひとつの究極を示したことで知られています。
映像そのものは同時期のパリのシュールレアリスム実験映画に通じます。映像を“動く写真”として解釈した当時の実験映画らしく、簡単にいえばPV的イメージ・フィルムといったところ。
今回再鑑賞のDVDはマニアックな復刻。マイケル・ナイマンが新しく音を担当しました。ナイマンならではの、モダンなスコアがうまくハマっていて素晴らしいですね。

参考)
多重露光、低速度撮影、スローモーション、フリーズフレーム、マッチカット、ジャンプカット、分割スクリーン(Split Screen)、ダッチアングル、超接写、トラッキングショット、逆回転、ストップモーション・アニメーションおよびSelf-reflexive(映画の制作過程を題材とすること)など、当時では画期的な最先端の特殊撮影技法を用いています。(参考:Wikipedia)

▪️Overview
「カメラを持つ男」の題名で知られている映画で、ソビエト映画界一方の雄たるジガ・ヴェルトフが自己の主張する「キノ・グラアズ」の理論に基づき製作したもの。彼の実弟たるミハエル・カウフマンが撮影を担当しているがこの映画製作中、意見の相違からカウフマンはヴェルトフのもとを離れ「春」をつくるにいたったと言われている。(無声)(引用:映画. com)
hitoe

hitoeの感想・評価

-
授業用にみました。
衝撃的な映画。
映像の雄弁さを突きつけられました。

映画、写真を撮ったりみたりするひとだけでなく、"携帯ネイティブ"の現代を生きる人間にも時代を越えて届くものがあることに感動した。
そのうえ私たちは身体性をもって映像を持ち出せる。

理解できない部分が多かったけど、多層的で複雑な世界観と、その世界が画面のこちら側にまで拡がってくる不思議な経験をさせられました。

一度見て、すぐ二度目をみたけど、これは経験を積んで何度も見なければいけない作品だと思いました。
映像と音楽だけにすることで視覚的に伝わるので、映画こそが世界の共通言語になりうる。
mochi

mochiの感想・評価

3.2
帝政ロシア期ではサロン風メロドラマが人気を博していたため、ソヴィエト連邦になってからそれに対する対抗策としてアヴァンギャルド・前衛映画が作られたが、その代表作。ゴダールがベスト映画にあげている。
監督のヴェルトフは映画によって人間の知覚(特に視覚)の革新を目指した。彼によれば映画のカメラと眼によりキノグラス(映画眼)が得られるらしい。
この映画をこれ以上高く評価されるものにすることも、低く評価されるものにすることもできない。この映画の直したい点を直すと、その分魅力がなくなる。+0.2点したら−0.2点同時にされるような映画である。
映画による文学的表現を否定したいため、ストーリーというものはない。映画独自の展開を狙う。しかしヴェルトフが見落としているのは、文学性は文学に起源を持つものだということではなく、人間が生活で求めているものだ、という点である。文学性が文学起源ではない、というのはおかしな話だと思うなら、ストーリー性という言葉を使えば良い。人間は日々ストーリー性を求めているように思える。有名俳優が自殺したら理由を求めてしまうのは、納得できるストーリーを組み立てることで不安を無くしたいからだ。ストーリー性が文学という芸術の一形態からできたというよりむしろ、日々の欲求が文学という芸術に発言したと考えたい。すると、やはりこの映画は物足りないということになる。
しかし、この映画が持つ利点は確かにある。ストーリーがないため、モンタージュにより提示させる各ショットは、我々の心理により意味づけされる。後に続くシーンによって前のシーンでの人物の表情の解釈が変わることは有名である。各ショットに我々が意味を与えるのである。現代の一般的な映画は、監督の側に正解があり、それを前面に押し出すので、意味は我々が与えるのではなく、むしろ我々が意味を与えられるのである。
要するにこの映画の利点も何点も表裏一体なのである。だから、この映画はこのようにしか評価できない。ただ、こういう表現に挑戦した映画が少ない点は非常に残念に思う。
佐藤

佐藤の感想・評価

-
カメラの眼、人の眼、ブラインドの眼、
そして観客の眼。

スプリットスクリーンやストップモーション、スローモーション、逆再生、この時代に様々な撮影の技法が用いられている作品。1900年から30年で大きく進歩した映像は圧倒的な将来性を見出す。

マイケル・ナイマンの曲が極上過ぎる。
曲自体は20年代のサイレント映画の曲っぽいんだけどどこかやっぱりナイマンの感じが伝わるような。
そして当時にしては物凄いカット数。
色んなカットの切替がすごいスピードで切り替わる。この時代にしては珍しかった。

カメラが自立するところには恐怖を覚えた。
人間はいつか要らなくなる。
ストーリーは無いけどカット割や画面構成でそう見えた。女性がフィルムを編集しているシーンは有名なんじゃないかな。なんかで見た事ある。
Relax

Relaxの感想・評価

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音楽がスゲエ。かっこいい。スタイリッシュ。ドキュメンタリーっぽくないと思ってしまった。でもそこには機械や街や人々のうねりが記録されている
ノノ

ノノの感想・評価

3.0
映画眼
非演技の世界、人々の生活、リアルをただただ撮り続ける男
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