ビール・ストリートの恋人たちのネタバレレビュー・内容・結末

上映館(2館)

ビール・ストリートの恋人たち2018年製作の映画)

If Beale Street Could Talk

上映日:2019年02月22日

製作国:

上映時間:119分

3.7

あらすじ

「ビール・ストリートの恋人たち」に投稿されたネタバレ・内容・結末

ジェームズ・ボールドウィン原作映画

題名通り恋人のストーリーと
黒人差別の問題が題材の作品

恋人同士が連れ添い歩いている
最初のシーンが印象的
黄色と青の衣装が
上着とインナーでそれぞれ
互いになっていて
未来が明るい二人に見える

でも、ナレーションでは
『こういう風にあいたくなかった・・』
そして、口づけの瞬間に
『壁越しに』と続いて
画面が拘置所に変わる

急な場面展開により、
一歩先に何が起こるか?
解らない不安感を感じる
演出は良かった

しかし、二人の出会いや馴れ初めが
中盤まで続き、何故、拘置所に
入っているか?なかなか解らない

敢えてそうした演出なのだろうけど
中だるみしてしまった

それでも、母親がレイプされた
女性にプエルトリコに会いに行く
所は力が入って応援したくなる

出産までに出所させることを
目標にしていたが、間に合わず
最期には子供もだいぶ大きくなっていた

弁護士の話があったのに
拘留後の理不尽な事や
裁判などの経緯が表現されない為
最期はあまり感情移入できなかった
70年代のアメリカで黒人差別を発端にレイプ疑惑で投獄されたファニーを救おうとする恋人ティッシュと家族の物語。

華やかさはないが日常に存在する愛や恋人達を支える人々の優しさに心をうたれる。静かに進む映画だがこの映画をここまで魅力的にしていたのは音楽と登場人物を引き立てるカットがあるからこそだと思う。

無実の罪でファニーは刑務所に投獄されれば家族は無実の証明に尽力し、それができないと直接会って愛を届けにいく。
人生の中に苦しみは存在するものだが、それでも人々は日常の中に喜びを見つけ愛を感じ生きていく。

生きていれば困難や不幸があるかもしれないけど人はほんのちょっとの愛と優しさで前を向けるんじゃないかと。
自分が今おかれている環境を見つめ直そう。自分は人々からの愛でできている。この当たり前に感謝しよう。
『ビールストリートの恋人たち』鑑賞。上質な映画。だからこそスクリーンで観たかった…
前作でも頻繁に出てきた人物の正面からのカット。非常に単純なのに、最早「バリー・ジェンキンス風のカット」へと昇華しているのがすごい。
わかりやすい希望も救いもなかったけど、
ラストシーン、
あの空気の中でも、両手いっぱいのお菓子を旦那に押しやるティッシュに色々込み上げてしまったね

衣装さいこうじゃない?
アンダー・ザ・シルバーレイクの人と同じなの納得
黒人差別が根強く残る1970年代NY。
ティッシュとファニーの紡ぐ言葉、視線、触れ方、全てが愛おしく大切にお互いが思い合っているのだということを感じさせると同時に、現実の辛さが対している。
無実のレイプの罪で刑務所に入ってしまうファニーを助けようとティッシュや家族みんなで奮闘する。良い結果でも、華やかな終わりでもなかった。だけど、刑務所のふれあいルーム?みたいなところで産まれてきた子供との3人で過す空間の優しさは特別だった。食事の祈りでパパが幸せでありますようにといつものように子どもがするのには、もうファニーの心も私の心も号泣です。
部屋を貸してくれた不動産の人が言ってた、「僕には黒、白、紫、緑、そんなの関係ない。違うのは母親だけだ」って言葉。全世界の人に届けてみんな優しい気持ちでいられたらどんなにHappyなんだろうと思った。
時代設定は少し前なのに、現代もそれほど変わらないと思わせる理不尽さと切なさを感じさせる物語。映像がとても美しい。

マイノリティや力の弱い側のつらい現実を、若く美しい恋人たちを通して描く。彼らの恋の幸せは尊くて大切なもの。なんの権利もないのに、それを邪魔する権力は完全絶許案件。

彼らと共に生きる白人たち(ローグ・ワンのディエゴ・ルナがとてもチャーミングで素敵)の姿も描かれていて、少しの慰みになったけれど……。

差別の意識はいま日々変わっているから、自分も情報を更新し続けて、無意識の差別をしないように生きていきたい。
バリー・ジェンキンスは伝えたいメッセージがあるとき、近道をしない。解りやすい描写がてんこ盛りの作品はすぐに胃の中で消化され、うんちになりトイレに流される。栄養価の高いものは人の血となり肉となり生き続ける。

キャラクター像の輪郭をはっきりと捉えて観客に愛着を持たせることで、物語と無関係だとは言えないように心を掴んで離さない。また、ロケーションや美術のディテールにもこだわることで、その場の空気感や匂いまでもがスクリーンから感じ取れるような気さえしてくる。

本作も『ムーンライト』同様、問題を提起するときにまずは物語の人物のテリトリーに優しく招き入れ、彼ら(登場人物たち)と仮想的に親しくなる。その瞬間に観客たちから"他人事"という概念がなくなる。そうすることで自然な流れで違和感なく問題と向き合わすという仕掛けだ。そこにストレスを感じてしまうと本題に入る前に拒絶されてしまう。

22才と19才のカップルならではの若い力を感じるシーンが引き立っていてとても印象的なのだが、特にふたりが新居の内見を済ませた後のシーンが記憶に残っている。街中で周りの目を気にせず喜びを爆発させるふたりの姿を見て、この幸せを絶ち切る権利を持つ者などいてはいけないと強く思わされる。これが素晴らしい。直接力で対抗するのではなく、優しさに溢れたシーンを見せて、あれ?と気づかせる。後者のカウンターはどんなパンチよりも有効な手法だ。

やはりアカデミー賞助演女優賞を獲った、レジーナ・キングの演技は圧巻で泣いてしまった。ファニーにレイプされたと訴えるプエルトリコ人の被害者に考え直すように説得する場面。被害者は事件のことがフラッシュバックして怯えているのか、それとも精神的に追い詰められ、見ず知らずの青年を犯人だと嘘をつき事件から逃避したことに罪悪感を抱いているのか。急に泣き喚き始める。それに対するレジーナ・キング演じるティッシュの母は、憤りや焦り、自分の無念さなどあらゆる方面に散らばった感情をひとつに集め涙として流す。すばらしかったです。

ただ、ティッシュが赤ちゃんにお腹を蹴られてガラスのショーケースに力を入れてしまうカットだったり、駅のホームでティッシュを追いかけるファニーの前に鉄格子があり叫んだりするカットが個人的に過剰に見えてしまったのが残念だった。

映画を撮っているんだから、映画の特性を生かした作品を作ろうとする姿勢が好き。映画という制限された範囲内での立ち回りの旨さだったり、表現の仕方の驚きだったりを与えてくれる作品です。
ムーンライトの監督さんですが、、私はあまり合わないのかなと思う。

差別の話は重くなりがちですが、絵画のような映像で優しさというか、若干の暖かさは感じた。
幼馴染同士の純愛ですが、そこには入り込めなかったです。

ティッシュの母とファニーの母や兄妹の合わない感じは結婚にはありがちな風景だけど、宗教にのめり込みすぎた人はホントに付き合いにくいと実感。怖ささえ感じる。

昔NYで、白人しか入れない店で追い出された経験があったので、この差別がまかり通っていた時代が確かに憎い。そこは伝わったといえ、ワンシーンの甘い時間の尺の長さとか合わない部分が多かった。曲も好みが分かれるだろうけどあまり好きではなかったな。

一つ印象的だったのは部屋を貸そうとしたユダヤ青年の言葉。

人の違いなんて、母親が違うというだけさ!
みんな母から生まれてる!当たり前なのに響いたな、、
「おまえは愛しあったわたしたちから生まれてきたの。愛を信じるなら、うろたえるな。」

二人が家を借りれることが決まったあと、路上でさけぶシーンが好き。
嫌がらせや露骨な差別、人々の心のなかに潜む醜い気持ちを感じとり日々やりきれない思いもしながらも、愛し合う二人の希望とよろこびが手に取るように伝わった。
■ んー、こんなにもウェットな芸風でしたっけ?
多用されるスローモーション、心情に巧みに寄り添う挿入歌、ナレーションによる語り、いかにもな差別主義者。ちょっとだけ過剰な気がします。

■ このひとは良い人、このひとは悪い人、と登場人物がはっきり色分けされている中で、ファニーの母や被害を訴えた女性は「いかにも」から逸脱して映画に混乱をもたらすナイスなキャラクターかと思ったのですが…。普通に胸糞案件としてサッサと退場しちゃったよね。むむ。

■ 主役ふたりの「恋愛力」が高過ぎて、差別という大きな問題が単にふたりの邪魔をする障害物として後景化してる、いやまあ恋愛映画だし別にいいんスけど、とか考えてしまうのって、知らぬ間に「ポリコレ脳」的なものに冒されてるんかしらね。
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