モリのいる場所の作品情報・感想・評価

モリのいる場所2018年製作の映画)

上映日:2018年05月19日

製作国:

上映時間:99分

あらすじ

自宅の庭には草木が生い茂り、たくさんの虫や猫など、守一の描く絵のモデルとなる生き物たちが住み着いている。守一は30年以上、じっとその庭の生命たちを眺めるのを日課にしていた。普段、守一は妻の秀子と二人の生活をしているが、毎日のように来客が訪れる。守一を撮ることに情熱を燃やす若い写真家の藤田くん、看板を書いてもらいたい温泉旅館の主人、隣人の佐伯さん夫婦、郵便屋さんや画商や近所の人々、そして、得体の知…

自宅の庭には草木が生い茂り、たくさんの虫や猫など、守一の描く絵のモデルとなる生き物たちが住み着いている。守一は30年以上、じっとその庭の生命たちを眺めるのを日課にしていた。普段、守一は妻の秀子と二人の生活をしているが、毎日のように来客が訪れる。守一を撮ることに情熱を燃やす若い写真家の藤田くん、看板を書いてもらいたい温泉旅館の主人、隣人の佐伯さん夫婦、郵便屋さんや画商や近所の人々、そして、得体の知れない男・・・。今日もまた、モリとモリを愛する人々の、可笑しくて温かな1日が始まる。

「モリのいる場所」に投稿された感想・評価

もりはそこにいた。
そこにいるのだ。
それ以上でも以下でもなく、それだけのこと。
そういう作品。

テンポを崩さず作り上げられた映画、ほんとすごい。
milne

milneの感想・評価

3.7
静かな映画だけれど退屈する暇は一切なく、それがそのまま画家の一日を表しているようだった。

いつもエンドロールが終わった後はさっさと席を立つのに、何かじんわりと感じるものがありいつまでも座って余韻に浸っていたい気分だった。
「生きるのが好きなんだ」という言葉は、その逆ばかり考えている自分の心に響き涙が出た。
小さな森のような庭と古い家は時が止まっているようで、家の外が妙に白々しく思えたり、どんどんと変わっていく様子との差が切ないような、なんとも言えない気持ちに。

猫好きなのでもう少し猫が出てきてくれると嬉しかったな。
ゆき

ゆきの感想・評価

5.0
楽しみに待ってた一本。
“つくる”人の拘りと無頓着さ。そんなモリと秀子さんの、尊敬と大事に思う気持ちと距離感がとても好き。
言葉、そこに集まる人たち…。
カレーうどんが食べたくなって、ウインナーを見るたびに思い出す。
何気ない日常が愛しい。

姪御さんの鼻唄で「じゅ〜り〜!」って言っちゃうかなって思ったり、盥のとこや異星人のとこも、面白味として受け入れちゃえ!
だって、私も明日はモリのとこに…大好きな人と行きたいもの(^^)
takuji

takujiの感想・評価

3.0

このレビューはネタバレを含みます

実在した人物を使ってフィクションを作るってよくわからない。
熊谷守一さんの実際の思想や生き方を知りたかったな。
ギャグもつまんないし、ドリフの話もとってつけたようだ。

いろいろなエピソードが描かれてるけど、それらがすべてとある一日に起こったことにすることに何の意味があったんだろう。

でも、あんな鬱蒼とした庭は好きだな。手入れされてない感じの。
熊谷さんはあの小宇宙に生きてたってことか。
モリのいる場所
97歳で亡くなるまで生涯現役だった画家 熊谷守一のある1日をフィクションとして描いた物語。

昭和49年 東京・池袋
94歳の熊谷守一(山﨑努) は、30年もの間殆ど外出せず庭の木々や生き物を観察し続けては時折絵を描く日々を過ごしていた。
76歳になる妻 秀子(樹木希林)と暮らす家には毎日のように守一目当ての来客が訪れ慌ただしい中、向かいに建設予定のマンションが建てば庭へ差し込む日差しが遮られてしまうという問題も発生。
庭の生き物達が行き場を失うことを恐れ、建設会社とのやり取りを先延ばしにし続けていた守一と秀子であったが…。
ある夫婦が過ごすおかしくも平凡な1日を通し、限られた今の儚さを描いた作品だ。

ぼくは今作に触れるまで熊谷守一さんの存在すら知らずにいたのに、劇中において彼の絵に触れる描写も殆ど無かったというのに、気付けば彼に夢中になっていた
山﨑努さん演じる守一の人となりに、妻 秀子との関係性に心惹かれていた

冒頭、熊谷守一の絵を目にした昭和天皇が言う
この絵を描いた子どもは何歳なのかと
そして、分解されて時を刻むことの無い時計が映し出されたかと思えば、高齢のため食べ物をあの手この手で細かく切断・粉砕する守一の姿が描かれる
90歳を過ぎても子どものような純真さを持ち合わせた男の話であることを、劇中で描かれる時間が何だか特別な時間であることを予期させてくれる不思議なOPであった。

あなたやぼくが生きるこの現実においても、ふと見渡せば、じっと目を凝らせば、人間以外のありとあらゆる生き物の存在を認識できる
でも、大人になるにつれて見渡さなくなっていく
目も凝らさなくなっていく
せいぜい犬や猫にしか目が留まらず、動物園にでも行かない限り守一のように観察することも無い
同じ大人であるというのに、彼とぼくらで何故こうも違うのだろう

いつまでも子どものままではいられない
学生のままでもいられない
親に頼ってばかりでもいられない
もしも変化を拒むのであれば、それ相応の理由や代価が要る
人と違う道を歩むには、誰に何と言われようと臆することの無い勇気や覚悟だっている
一見子どものように自由奔放で才能に満ち溢れた守一であるが、彼が世間に評価され始めたのは50代を過ぎてからのこと
その年齢に達するまで変化を拒み続けてきたのであれば、絵のために自分の在り方を曲げずにきたのであれば、きっと多くの代価を支払ってきたはず
それまで貧しい生活を送り、深く言及されないが病気で子どもを亡くしている守一
それも、貧しさが原因で医者に連れていくことができなかったため
観客が目にすることになる彼の姿は、多くの意地を張り続け、多くの犠牲を払ってきたからこその姿
それ故に築けた地位・名誉・童心であった。

誰しもが辿り着ける境地では無い
そもそも辿り着くべき境地なのかどうかも定かでは無い
が、夢や目的のために自分はそこまでできるだろうか
そんな自分を信じて支えてくれるパートナーに巡り会えるだろうか
多くの者は道半ばで投げ出し、歩みを止める
所詮夢でしか無かったと、もう少し手頃な夢へとシフトする
それが決して悪いわけじゃない
多少の負い目は残れど、今を幸せだと感じることができるのなら何だってアリだと思う
けれど、意地を張り続けた先でしか手に入れられないモノもある
堪え難い犠牲を払った先でしか目にできない景色もある
少なくとも、守一はそれらを掴み取っていた

劇中、ある絵に対して彼は言う
上手くないと
だが、上手いものには限りがあるとも言っていた
下手だからこそ先があるのだと
下手なままで良いのだと
理屈では分かるけど、それを体現するのは難しい
誰だって上手くなりたいし、カッコつけたいし、一目置かれたい
しかし、彼の見据える先はぼくらと違う
国が与えるという勲章にすら見向きもしない
ありのままの自分を認め、ありのままの自分で作品作りに向き合っているだけ
そんな彼に最早ゴールなど無く、尽きることの無い探究心は小さな庭に大きな宇宙を見出した
それこそが生涯現役を貫けた理由
とんでもない。

数多くは口にせず、数多くを失い、数多くの日々を共に支え合ってきた夫婦
凡庸に思える代わり映えしない日々は、彼らが必死に掴み取った掛け替えのない時間
彼らにとってもぼくらにとっても、今ある日常は決して当たり前なんかじゃない
支払う代価が底を着けば、やがて終わりを告げる日々

劇的なことなど殆ど起こらないが、彼らの日常を見ているだけで多くのことに気が付ける
日頃目にする景色や人間関係にも、見落としているだけでいくらでも可能性が残されているのだと思えてくる
賛否両論別れるであろうファンタジー描写もあったりするが、そこ含めてぼくは胸揺さぶられました
何にせよ、熊谷守一という画家を知るキッカケに、彼が描く絵に触れてみようと思えるキッカケになるはずです。

ぜひ劇場でご覧ください。

青春★★★
恋 ★
エロ★
サスペンス★★★
ファンタジー★★★
総合評価:B
ほぼ満席。びっくりした。
「滝を見に行く」みたいに、少しのファンタジー。生と死。虫や小動物に寄ったカメラがよかった。守一さんの絵がほとんど出てこないのがにくい。どうしても見たくなるではないか!
何もしないのは、よいことだ

平日の午後、劇場はジジババでいっぱい 笑
【この庭は、主人の全てやからねぇ】

30年間、自宅の庭より外へ出たことのない超俗の画家、熊谷守一(通称モリー)

山崎さんの飄々とした演技も良いし、なにより麒麟さんが、俊逸!
寺内貫太郎ばりのホームドラマあり、ドリフのコントあり、ちよっとファンタジー入っている!

子供の絵を見せられた守一、【下手だ。下手でいい。上手は先が見えてしまう】の言葉にブチ感動。

モリ【もういい。この庭はわしにとって広すぎる。これ以上広くなると、母ちゃんが疲れてしまう。それが一番こたえる】

モリがいる場所、それはモリが守りたい奥さんとの家庭。それが【モリのいる場所】
佐藤

佐藤の感想・評価

5.0
私がうるうるしたシーン全て、お年寄りは爆笑していた。平均年齢70歳の劇場で泣いているのは私一人だった。お年寄りって、すげえ!!!
Takuma

Takumaの感想・評価

4.3
平日にも関わらずお年寄りの方々でほぼ満席の劇場が優しさに満ち溢れていたよ。

昔、どんな映画が好きか聞かれて「優しい映画」と答えたことがあったけどそれはこの映画のことなんじゃないかと思った。
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