ひめゆりの作品情報・感想・評価

ひめゆり2006年製作の映画)

製作国:

上映時間:130分

4.2

「ひめゆり」に投稿された感想・評価

まなむ

まなむの感想・評価

4.5
ドキュメンタリーちっくな過度な演出がない分、語り部の方々の言葉の重みがストレートに心に突き刺さった。

米訳版を作成していただいて、戦争大好きな国の人たちにも観てもらいたいです。
まめ

まめの感想・評価

3.0
こういうのって大事だと思います。
戦争を伝えるのは、
伝えようとしてる人達も凄いと思う。

でも伝え方も大事だよな、と思う。
映画は観てくれなきゃ意味ないし
「ひめゆり学徒隊」の真実に迫ったドキュメンタリー。

当事者のインタビューを観ているだけなのに、戦場に身を置いているような感覚。
“追体験”とはまさにこのことを言うのだろう。

「平和な時代の記憶をお土産に、亡き友のもとへ旅立ちたい」
この一言に涙した。



終映後、本作のプロデューサー:大兼久由美さんの舞台挨拶がありました。

今回でポレポレ東中野での上映は、15年目になること。
これからも上映を続けることで、語り伝えていきたい、と。

また、本作にも登場する『ひめゆり平和祈念資料館』は民間による運営で、コロナ禍もあって運営が難航していること、などをお話しされていました。
あんぬ

あんぬの感想・評価

3.9
目を背けたくなる現実、どんなに時が経っても鮮明に思い出される日々。生きるか死ぬかは紙一重。
楽しいだけが沖縄ではないですね。
生存者の方達が語った言葉が研究者とかとは違った重みがあってかなり胸にくるものがあった。壮絶すぎて何とも言えない気持ちになった。
上映終了後監督のトークがあった。
高校の修学旅行で行ったひめゆりの塔、そこでこの作品の一部が上映されていた。
aki

akiの感想・評価

-
再鑑賞

戦争を題材とした作品は沢山あるけれども実際に体験した方のお話は何よりも重みを感じた。

お国のため、一奥玉砕と教えられて何の疑いもなかったがいざガス弾を投げられ死ぬ間際には「助けて、お母さん、お父さん、先生」と言う。
みんな生きたかったのだ、と言う言葉に涙が止まらなかった。

今の私達には考えられない光景が75年前にはあったと突きつけらた。

生き残ったから伝えなくてはと辛い記憶を証言して下さったからこそ今生きている私達が伝えていきたいと、いかなくてはいけないと心から思った。

ひめゆり平和記念資料館に行こうと思う。
Moomin

Moominの感想・評価

4.0
確かにひめゆり学徒さん達の話は凄まじく、どれもこれも衝撃たるものだった しかしドキュメンタリー映画の手法として見た時、もう少しひねりが欲しいというかテンポを変えて欲しいというか、もっと伝え方があったのではないかと観てて思った

是枝さんのCoccoさんの方を先に観ていたので、逆だったら良かったなって後悔した…
沖縄で地上戦が勃発した終戦前、女子学校の者達が兵士の看護役として戦場に引っ張りだされた(ひめゆり学徒) 彼女たちは赤十字の旗の下ではなく、銃撃戦のど真ん中で業務を課された 数十年経った今でも覚えてる程の荒治療 苦しむ兵士達の叫び声
何よりも彼女たちを苦しめたのは、アメリカ兵に濠が包囲された状態で出された「解散命令」 逃げ惑うしかなくなった彼女たちは看護していた時より数十倍の犠牲が出た 又、無残に殺される姿を目撃し手榴弾を求める人もいたとか
そんな彼女たち 死の極限に生きる者たちが絞り出す言葉や歌は何であったのか

「生き残ってごめんなさい」
真っ当から否定できる言葉ではないから
「語り継いで頂きありがとうございます」と伝えたい
そしていつかひめゆりの塔を自分の目で見てみたい
ひめゆり学徒隊 生存者の記憶記録
壮絶な戦争体験、生き残った彼女達
言葉で聞いた事を想像しながら耳を傾けた(翌日沖縄スパイ戦史で写真を見た)
兵士同様砲弾飛び交う最前線での看護、飯炊き
歌を歌いながら朗らかな気持ちで従事していても一寸先は闇
たった一瞬でそこは地獄に変わる。
友達や姉妹、従妹が一瞬にして肉の塊になる。
壕の中で手術していた話は想像も絶する痛みと恐怖に見舞われ、少女が抱える腕や足の重さはより一層この戦争の悲惨さを物語る。
本来なら私達と同じように学校で学び、成長する筈だった尊い命が沢山失われた戦争
戦争はしたらいかん、戦争体験者の声はとても重い。
話してくれて、ありがとう。
敗戦の日、ということで『日本人の忘れもの』『ドキュメンタリー沖縄戦』とともに映画館で。

劇場公開は2007年3月23日。3月23日はそれから三ヶ月にわたる沖縄戦の始まった日。

ひめゆり平和祈念資料館の(決してネガティブな意味ではなく)プロモーション映画といえる。
各方面に気配りの行き届いた(それを「中立」と言って良いかどうかは別問題だが)非常に粘り強い作家の決意が認められる。インタビューをメインにした撮影は13年に及んだという。
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