生きろ 島田叡 戦中最後の沖縄県知事の作品情報・感想・評価・動画配信

「生きろ 島田叡 戦中最後の沖縄県知事」に投稿された感想・評価

このようなドキュメンタリー映画があることを知らなかった。
そして、このような立派な人物がいたことも知らなかった。
人の命の尊さを忘れてしまう戦争は恐ろしい。この世から無くなって欲しい。どうすれば戦争は無くなるのか。
Hiroki

Hirokiの感想・評価

3.0
塹壕から白旗上げて出てきた民間人が米兵に、中にいる日本兵を殺せと連呼したエピソードが衝撃とドン引き。その場にいた住民が沖縄住民にとってアメリカ軍より日本軍が怖かったと語っていて、軍が沖縄住民に強いた苦難を象徴している。
もちろんそんな軍人ばかりではなかっただろうけど、そういうことがあったということを僕らは考える必要がある。

当時、国を統治する側の人間にもまともな人は数多くいたということが意外だった。統治権力の側でも内部での対立があって結果的にまともでない人達の力の方が強かったということだったらしい。

戦争を経験した人の証言を聞けるのも本当にそろそろ最後だと思うと、今こういうドキュメンタリーはたくさん作られなければならないし、自分でも戦争体験を今のうちに直接聞いておきたい。
MK

MKの感想・評価

5.0
きっかけは島守の塔。
そして奇しくも自分の誕生日、終戦記念日にこの作品を観てるなんて。

これほどの大人物の存在を知らなかったのか、知らしめるメディアがなかったのかと色々気になりたどり着いた動画を鑑賞。

あの戦時下にあって大局を俯瞰し、人が人としてあるべき姿、見据えるべき将来を指し示すことのできる人間力、統率力に敬服するばかりだった。

島守の塔で描写されていた嘘みたいな他者を慮る言葉も全てリアルなんて、こんな風に県外から来た県知事、自らを最も愚かな知事と言い放てる信念が本当に素晴らしかった。

下にメモもしたけど、後ろから拝まれる人、死後、慕われる人。

ご本人の言葉のとおり、人生のお手本にしたくなるような人物を知ることができて本当に良かった。

あとは作中の言葉メモ

これが若い者ならば
赤紙一枚で否応なしに
行かなければならないではないか
それを
おれが誇示できる自由をいいことに
断ったとなれば俺は
もう卑怯者として外も歩けなくなる
俺は死にとうないから
どれかが行って死んでくれとは
よう言わん

仕事は創意と工夫のうえに力一杯に
しかも絶対に 早くやることだ

愛される警官になろう
市民の幸福のために
行き過ぎた杓子定規や
セクト主義に陥らないように

アホの勉強をせえ
人間アホになれたら一人前や

偉い人とは …
一言で言えば
後ろから 拝まれる人
死後 慕われる人だ

…77年後に誠に勝手ながら尊敬してしまっている。
Kento

Kentoの感想・評価

-

語られるのは戦中最後の沖縄知事を勤めた
"島田 叡"という方の物語

絶対的な権力を持つ軍に逆らってまで
自らの意志を貫いた彼に関わった様々な
人々に話を伺うドキュメンタリーです

"集団自決"、"捕虜になるくらいなら死を"
軍人でない住民さえも巻き込んで
そういった考えが当たり前だった中で
強い意志を持っていた事は本当に凄い事だと
思いました

加えて語られる地獄の様な沖縄戦での経験
それは米兵によって受けた物だけでは無かった

暴走する権力

戦争の為に有無を言わさず
全てを犠牲にしていた戦争

とはいえ全ての人が
その考えに飲み込まれていた訳でもなく…

もちろんそれは日本人だけでなく
当時のアメリカ人の方々も同じだとは思います

大事なのは、そういう"小さな声"をしっかり
拾って学ぶ事だなと思いました

島田 叡さん自身についての描写は
さほど多くはなかったので
自分でも調べてみたいと思いました
沖縄本土決戦直前に知事に任命された島田叡の、最後まで日本軍に抵抗し、沖縄に住む人たちを守ろうと尽力した姿を、証言と資料をもとに描きます。生きていてほしかったですね。
沖縄慰霊の日に祈りを捧げて。

日本軍に抵抗し最期まで沖縄県民の命を守ろうとした沖縄県知事嶋田叡氏についてのドキュメンタリー。
凄い方です。ぜひご覧になってみてください。

平和とは戦争のないことなのか。

民間人をあれだけ無差別に殺したアメリカが憎い。嗚咽した。腰の曲がった老婆達が逃げまどい、火炎放射され燃えさかる藁の家、頭にシラミがいっぱいついた子供の怯えた目。動画として残っていた。

追い詰められ狂った日本兵によって殺される赤子や幼児。沖縄の方言を使うとスパイ疑惑で殺される。同胞が同胞を殺す地獄絵のおぞましい話を生き証人達が語る。
どんなに憎んでも憎みきれない。

大本営に見捨てられ、本土上陸を遅らせるため時間稼ぎの捨て石にされた沖縄。民間人を巻き添えにし、盾にした日本軍。民間人だと知っていて攻撃したアメリカ。

怒りと悲しみが沸き上がる。
アメリカが憎い。日本軍には…言葉が出ない。

平和とは憎しみを飲み込むことなのか。憎しみの連鎖を断ち切り、未来に生きることなのか。

クストリッツァの「アンダーグラウンド」で長い戦争の後に「許してやる、でも決して忘れない」という言葉が印象的だった。

未来の平和のために憎しみを飲み込み、「赦す」なんてできるのか。世界では断ち切れない憎しみの連鎖が未来を葬っている。

嶋田知事は県民の命を守るために、戦火のなか生き抜くことを勧めた。今なら当たり前だが、当時は最期まで戦い「玉砕」することが日本人としての誉れだった。戦争とは死ぬ覚悟で戦い必ず死ぬことを意味し、生き残ることは恥だった。嶋田知事は、最後は白旗を揚げて降伏し、アメリカに命乞いすることを女性や高齢者、子供達若者に勧めた。いくら軍が民間人に竹槍で兵士のように死ぬまで戦えと迫っても、無駄に命を捨てるだけだと突っぱねた。

命より名誉が尊ばれた時代、人々に「生きろ」と伝え続けた。

嶋田知事と関わった人は「当時は嶋田知事の言葉の大切さがわからなかった。戦後ずいぶん経ってからわかった。民主主義とは何か、嶋田知事は時代の先を生きている方だったことがわかった。」

戦後も、長い占領の後に日本に復帰しても、憎しみを飲み込み続けている沖縄。

平和とは、命を守り、和平を維持し続ける不断の努力のことなのだと、戦争がないとはそういう忍耐と努力の結果なのだと、思った。

国民の命より、国土と愛国のために、軍人ではない市民に銃を持って戦え、それが国民としての名誉だとしたウクライナのことを思いながら観ていた。

⚠️イデオロギーに関しての議論はご遠慮ください。
mugcup

mugcupの感想・評価

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このレビューはネタバレを含みます


泣いた

沢山の骸の上に成り立つ今は平和だろうか
人々の涙は本当に乾いただろうか

泣きやまぬと頭を銃で撃たれる子供たち
母親からオムツを口に突っ込まれ窒息する赤ちゃん
捕虜になろうとする人をなじり叩き切る
殺すのは敵ではない

玉砕するのが善とされた中
島田知事は「生き抜いて」と人々に伝える

生きていればまた春がくる
春がくれば花が咲き人々は歌い踊りだすだろう
悲しみや憎しみだけでは生きられないから

「平和と呼ぶにはまだ遠く、歴史にするにはまだ早い」
モンゴル800が戦後70年の時に作られた歌の一節だ

大好きな沖縄
その悲しみが繰り返される事のないように
祈りを込めてウートートー
miki

mikiの感想・評価

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今日は沖縄慰霊の日

本島から来た役人たちが、沖縄を虐げ見捨て(逃げ)るなか、島田叡は人間味ある「人」として、真摯に沖縄に寄り添っていた。
それまで沖縄の文化が見下げられ、禁止されて来たのに対し、島田は酒や煙草、方言や踊りの禁止を撤廃した。文化風習が戦禍の中で無駄な事だとされていたのだろう。だけど無駄だと思われる事によって人間は人間らしさを作っていくのだと、無駄を真っ先に排除する戦争から教えられる。
壕から出てきた人々は、アメリカよりも同じ壕に過ごした日本兵を憎んだ。戦争は、単なる国と国同士の争いなんかじゃない…同胞とか敵味方関係なしに、目の前の人への憎しみなんだと思う。
島田があの時代の中で人間の持つべきバランス感覚を保ち続けてたのはどれだけ難しい事だったか少しばかり想像はできる。沖縄の人が沖縄の人らしくあることをひたすらに尊重する人だった。周りの人に元気でいることを励まし、生きろと背中を押し続けた島田の働きを知ることができてよかった。「命どぅ宝」という言葉の重みを私なりに背負う。
pherim

pherimの感想・評価

4.1
第二次大戦末期、死地と覚悟のうえ沖縄へ赴任、軍の横暴へ抵抗した島田叡。

人々の食糧買いつけのため、無制空権下を自ら台湾へ飛ぶ選択に始まる勇断の数々。うすら寒い“死して虜囚の”等々のドグマに憑かれた軍部から遥かに遠い足跡に、真の独立自尊をみる。



島田叡主役の劇作2022新作『島守の塔』後日追記
当時、島田さんを始めとする民主主義的考えをもった行政官がいて、劣勢でも戦い続けようとする軍部に抵抗したこと、軍部の決定に振り回される沖縄県民など、沖縄戦の状況が理解できた。
軍部の長の孫が登場して、「(祖父は)本土のことしか考えておらず、沖縄のことなど何も考えていなかった」と冷静に分析していたことが印象的だった。
島田さんの家族は最後まで沖縄赴任に反対していたということだけど、証言に登場していなかったので、何か複雑な感情があるのだろうと思った。
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