花のあとさき ムツばあさんの歩いた道の作品情報・感想・評価

花のあとさき ムツばあさんの歩いた道2020年製作の映画)

製作国:

上映時間:112分

4.2

ナレーション

「花のあとさき ムツばあさんの歩いた道」に投稿された感想・評価

kapo

kapoの感想・評価

3.9
愛おしい。
自然も人もすべて。
ムツさんの飛び切りキュートな
キャラクターとか、
武さんの自然と共存したからこそ
出てくる深い言葉とか、
自然の音や景色の浄化作用が
半端なかった。
人生って本当に、肉体って本当に
自然そのものなんだなって。

文明や科学の発達で救われる事は
多いけど、その反面
コントロール出来る事に慣れてしまって
思い通りに行かない雨にさえ
嘆いてしまう時がある。
いい意味の諦め力(受け留め力)を失って
しまってるんじゃないかとハッとした。

そもそも地球は人間ありきじゃ無くて、
自然ありきの世界な筈なのに。

私たちは自然という不可抗力の中で
生き抜く方法を創造して、工夫を
積み重ねてきた動物なんだろうけど、
素晴らしき社会システムの中で
いつの間にやら自然的な感性が
小さくなっているな、と
ここに住む人たちを見て思った。

厳しい自然の中で生きている人達の
そんな自然から、人生から得る
人間哲学が力強く優しかった。

癒し〜。
あと人間の個性ってほーーーんと
魅力的。
ムツさんのキャラがなかったら
この映画はきっとこんなに
魅力的にならんかったよなぁ。
あと18年も追い続けたスタッフ達の
愛もほんと素晴らしい。
ドキュメンタリーはスタッフの
愛をダイレクトに感じれるから好き。

て、通販会場でやたらうるさい
サクラババアみたいな集団がいて、
まじでずっとうるさくて、
何がオモロいねん!ていう笑いとか
最高の癒し映画やったのに、
イライラするという。愚痴。
絶対無駄にうるさいババアにならん。
という、誓い。
前頭葉鍛えよ。。
畑を終わりにして花を植えてゆくムツさんと旦那さま。
ご夫妻を軸に、秩父山間地の部落を静かに追ってゆく。
急な坂ばかりの厳しい土地で、懸命に生きてきた方々。
ご先祖を敬い土地と共に生きるさまに感心。
へなちょこに楽に生きている私は、立派なムツさんたちを尊敬するばかりです。

このドキュメンタリーを作ってくださった監督さんに感謝です。
欲を言えば、カメラワークがレベルアップ出来てたら満点だと思います。
うどんは出来上がるまで映して欲しかった。
2001年ごろから、秩父でも群馬県との県境近くの深い山あいの集落を18年に渡って撮影しつづけたドキュメンタリー作品。

序盤は、集落で暮らす年配の数家族を追っているが、年を経るにつれて住人が一人また一人と亡くなってしまい、最期にはムツさんと公一さん夫婦が植え育てて、御二方が亡くなったあとも、集落の最後の住人になった新井武さんが引き継いで育てていた花木だけが見事に今も咲き誇り、現在は住人のいない集落の花と景色を観るために、人がやって来るようになる。

NHKのドキュメンタリーらしく、あくまで教科書的な印象だが、山深い集落の終焉を描いて感慨深い。

また、ちょうど本作が撮影されはじめた頃から、たまたま自分も関西から埼玉県に移って暮らすことになり、職場には秩父の人もいて、埼玉の人というのはそれまで住んでいた関西の人に比べると、よそよそしい印象の人が多いなか、秩父の人はなぜか親しみやすい人ばかりでそれぞれ仲良くなり、あちこちに足を運んだこともあって、本作の舞台の集落までは行ったことがなかったものの、親近感が強かった。

さらに、自分の母方の祖父母が新潟のある山の麓で、似たような暮らしをしていて、幼年期から学生時代にかけて、母親の出産や、夏休みのたびに自分もその地で過ごしたこともあって、ムツばあさんや、寡黙な公一さんたちの農作業、新井武さんの山の手入れぶりやたたずまい、柔らかい笑顔、集落や山間の道を映すスクリーンを見ながら、日々厳しい自然に立ち向かいながら、どこまでもやさしかった祖父母の在りし日の姿を終始思い出し、懐かしさが込み上げて仕方なかった。

山奥の一集落のはかなくも、見事に美しい終焉を描いて、やや感傷的ながらもその地の歴史にも触れ、さらにことさら美化していない点にも好感が持てた。

さらに個人的な、秩父とそこに暮らす素朴な職場の先輩や同僚らへの想い、祖父母の昔日の姿がいつのまにか混ざり合い、重なり合って、胸のうちは温かく、ふらふらと酔っぱらったような心持ちで映画館を後にして、コロナが幅を利かせているせいか、いつもより少し静かだった昼日中の川越の街をフラフラと歩いて帰った。
☑️『花のあとさき』及び『あのこは貴族』『JUNK HEAD』▶️▶️
昨年からずっと気になってた、NHK特集だかの劇場版を休みの日に観にいくが、つづく2本が、傑作『グッド·ストライプス』の監督の待望久しい新作、個人製作人形アニメ労作とその場で知り、夕方まで(川越も物珍しく)居残ることにする。
元は、テレビにおける、かなり長い合間を置いての連続もので、都度期待して且つそれ以上の強い充足を得ていた。自分が生まれ育った環境と近いということもあるが、人間が生きていく中で感じてゆく、手離してはならない、人間も含む存在するものを包み繋ぐ空気に対する感触·意識が、人為がでしゃばらない世界との調和の中で感じられた為か。それからすると、過半は観た記憶がある劇場用の本作は、小林ムツさんが84歳で亡くなってから10年近く、2年前にはより生産性に結び付いていた部落の中心的で最後の住人、新井武さん夫婦も亡くなり、住民は0となり、が序終を括っていて、いくら所縁の者ら戻っての祭りとかを再現しても、拭いがたい喪失感は動かせないし、テレビ版には仄かに中心にあった、メンバーが老いたり、病や怪我で一時離脱しても不変·普遍の何かが流れていた安心感·無駄を含んだ柔かさとはすこしズレたものとなっている。
とはいえ、養蚕と炭焼の出荷で主に栄え、人口も100人近くを抱え、運び出す道を村人で作り上げてたのが、外国産が入ってくると価格が折り合わず、更に畑を潰しての大きな公道が引かれると、町へ車で降りての楽な勤めが増えて、居住地も移り出し、土も堆肥を入れぬと痩せて塞き止めないと流れやすいベースが低い秩父の奥の地の、ダムのはるか上の山斜面の部落の楢尾は、次第にさびれ、撮影班が偶然知り合った平成13年の時点では村人は10人位、土地に愛着の老人だけに減っていた。実際親交の中心のムツさん夫婦は、10年位前から、畑を潰しては色とりどりの樹木を植え、「山に全てを返し」ての身支度を始めており、その後でもこの地に旅人が足を止め、親しみ楽しんで欲しいと願うに続く行為を進めていた。それは決意·諦観などではなく、あくまで自然·当たり前の行為として。
以前は月に一回は祭という風に常に集まりがあったが、 祭りは戦争中の担い手の出征以来中断のままだし、戦後進めた杉の植林は自然には必ずしもよくなかったし、地主が離れて荒れっぱなし危険をムツさんの夫公一さんが診て廻ってる。しかし、冷たい湧水を朽ちにしながら、村人の一人が言うように、基本「好きでなければ、この土地にはやはり残っていない。自分が全てを決めれる自由には替えられない」。 ムツさんも姑さんの直伝のうどん他料理を皆に振る舞う「楽し」さを満喫もしてる。
やや広角での狭い道·坂を追いて歩いていったり、細かな生活や労働の工夫·愛情を捉えてくアップや角度の丁寧さ、何気の会話の果てなく続く穏やかな時空の味わいあるやり取り、そして今の無人の村等との時間のモンタージュ、等が組み合わされてく。なかなか見事な余韻を持つが、都度リアルタイムで放送されていた時の、恣意のない自然体のニュアンスが懐かしく思えた。
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『あのこは~』。前作を越えたかどうか、別の意味でこれは、今時珍しい硬派?の傑作である。映画手法や俳優の力に頼らない真の、画策され組立てられた純粋なものだけが核にある、映画の快楽にもおもねる事のない、社会や表現へのコミットを突き放した、ささやかも毅然と屹立した、個性ある作風すら感じさせない存在がある。少なくとも皮肉な喜劇が真の歓びを紡ぎだしもした、快適な進行のリズムがあった前作に対し、これは進行がまるで齟齬·チグハグを拭い去ることがない。製作費の為か、意図的か、画面がくすみ色のりもよくない、カラーなのにモノクロめの貧しく気を惹かないもの。カットも切返し·角度変·どんでんらの対応が、隙間か冷めるものがあり、その不味さがより高いレベルのコントロールを証明もしてる。終盤、偶然再会で、振り合う手の幅を拡げていったり、バイオリン演奏会を示し合わさずも同じ視界に共有し合っていたり、するシーンも決して盛り上げたりしない(逆に余計冷静に響いてくる)。
東京と地方、政治家や医者やその家庭にも手が届くルートに乗った者と·職業も学歴も家族も友人もグニャグニャ定まらず知らぬ方向に流されてく社会的に守られていない者。「階層」ということの意識が断絶というパターンを呼ぶのではなく、平板な現実に徴し、視角と折合いを与えてくる。地方から受験に勝ち抜いて出自階層を感じざるを得ない大学に入り、経済事情からドロップアウトし、横道の水商売に入り、戻る以上の足掛かりを得、また境あった大学生旧友とも忌憚のない関係にスムースに入れる、上記の後者の側が役者としては初めて見た水原希子が演じている。「私達の東京は現実のものでなく、私達の夢が勝手に作りあげたもの」「田舎にずっといたら、やはりそこのレールに乗るだけだったろうが、夢の為には戻った田舎で、起業を」「初めてみる東京の光景? 階層で視る場はまるで違うものに。」「えっ!? 夢がないの」 意志なく越境·交差の生き方は、ひとつに留まった生き方にも、決定的な跡を与えてく、いろんなパターン·個別性で。
映画は、数章に分けられ、二つの人生、各々の同性のスタンダードを少し外れた影響者·協力者、そして2人を繋ぐ共通の異性の存在、2人の邂逅と殻を染み出る交流、その影響もある自分の生き方の自分による決定を、映画的ケレン·滑らかさと無縁に要素を積み上げてくだけである。水原を含め誰も、名演·力演·リアリティ等とは無縁に、表現者としては無欲にただ、いるだけの佇まいが素晴らしい。
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『JUNK~』。知人で私より年配だが、1日最低4本を365日毎日休みなく、会場を走り回り、帰宅後はDVD·VHS·BSCS+関連書籍を読破、を10年を超えて、欠かしていない人には恥ずかしいが、1日3本目は休みの日でも体力的にきつい。年齢的に見通すちからがない。それでも、汚し方も堂に入ったリアリティ·立体感(光感·ボカし·ネガ風·ブレOL·手描き線面も)、キャラと美術の造型·その変幻と情報量·ユニークさ·奇々怪々さ、詰め込んだ構図の密度·パースペクティブ角度とカットの臨場感·生命力溢るる細かさや移動力、それらの確かにアマプロ超えた仕事量·努力の詰め込み·結晶度には目を見張るがあるも、それを潜って突き抜けくるものは弱い。残った可能性の地下世界の労働の為に作った 人工生命体の多様勝手危ない進化·繁殖力の凄み·ユニーク、自らは生殖能力失ってそれらを危険な中探る、フード被った人間らと、中間の手段·手立てとしての地上の「神」とするツルッとしたのや·明らかな寄せ集めロボットの·バラバラ分解や再生組合わさりの有り様(よくは分からないが、後で読んで整理し直すと、このツルッ·包みロボット風が送り込まれ一旦壊れ再建の「人間」らしく·地下では「神」崇めも·で、多くの人らしきが造られたコミカル一般労働生命体、怪物らしきがそれらの大元産み出しベースで怪異変異進化?形らしい)。
neko

nekoの感想・評価

3.7
「人生はあっという間」かぁ。。
素晴らしい生き方でした。優しい生き方でした。
ムツさんの笑顔を思い出すだけで感極まってしまう…
花椒

花椒の感想・評価

3.9
秩父の限界集落を超えて、もはや消滅は時間の問題である集落を一人の老婦人を中心に約20年の歲月を追って作られたドキュメンタリー。

昭和25年当時は26歳だったセツばあさんはこの世界の片隅にのすずさんとほぼ同い年。水道が戦後になって家に来るまではすずさん同様井戸汲みを毎日していたそうな。

農業や養蚕業中心の集落も工場が近くにできるとサラリーマンやパートになり、子供たちは街を出ていく。

森林も管理されなくなると台風など自然災害で倒木、道路の通行止めも。

林業は治水の側面もあるし、材木としての価格競争以外の総合的な判断しないと産業は衰退してしまう

人がいなくなっても春になったら花は咲く。

故人をスクリーンに映すのって遺族の代表だけの許可で足りるのかな?
この集落に住んでいた登場人物全員亡くなっているわけだよね?

NHKの製作。映画を正規の料金で設定するのは受信料の二重取りのような気がしてならない。まあ、劇場版〇〇と違って映画にして初めて知る人もいるからこれはこれでいいのかな?
KTNB

KTNBの感想・評価

4.0
優しい映画だった。
言葉で表す必要もない。

コロナ禍でなんか心が疲れてきていた夏の終わりに観て良かった。
ハル

ハルの感想・評価

-


じんわりと、込み上げる映画だったなぁ。

秩父の山深い集落。

後継者もなく閉じることにした畑を
「せめて花を咲かせて、山に還したい」と
1万本もの花を植えたムツばあさんと、集落に住む最後の人々の暮らしを追ったドキュメンタリー映画です。

変りゆく時代の流れの中で、命を育み続けた土地への愛。そして消えゆく村へ寄せたムツさんの想いが、切なく、あたたかく。

人がいなくなっても、花となった命が、また引き継がれていくのでしょう。

春、満開の花々に囲まれた彼女の笑顔は、本当に素敵でした。
おーじ

おーじの感想・評価

4.5
とっても良い映画だった…
泣きに行ったと思ってもらってもいい。

埼玉県秩父市吉田大田部楢尾
「だんだん畑を山へ還す」と、ムツさん夫婦が少しずつ自分達で花の苗木を植えていく。
明るく朗らかなムツさんと寡黙な旦那さんの対比も良いし、数少ない村人も自分たちの畑を守って暮らしてる様がね〜。
ムツさんが「自分たちの器量いっぱいに咲いてくれて、かぁわいいよぉ」と、度々花たちを可愛い可愛いと言うのがまた可愛らしかった。

NHKが18年も見守ったので、まぁ村に人は居なくなってしまうんだけど、人の記憶と村の姿が共に山に還っていく訳なんだな。

誰も住んでいない村で、ムツさんたちが植えた花たちが咲き続け、その花を見に人が訪れる。
いずれ見に来てくれた人に、とテーブルと椅子を用意した旦那さんの言うとおり、紅葉を見に来た夫婦が椅子に座り景色を眺めている。

シャンと凛々しく美しい人を見るとグーッと胸が詰まるね。
春陽

春陽の感想・評価

3.8

このレビューはネタバレを含みます

山間の小さな集落に暮らすムツさんは小柄な女性で、10代でお嫁入りして大家族の嫁として家事に育児に畑仕事に、それ以外にも外に働きにもいっていたこともあり働き詰めだったが、晩年、夫婦だけになり、手が回らなくなった畑を山に還している。ただ還すだけではなく、季節の木々や花を植え育てている。作品は77歳から18年間密着して亡くなった後までのドキュメンタリーだった。使わなくなった農地を放置するのではなく元に戻すのは素晴らしいと思ったが、それ以外にも道沿いにも植えて、この村を訪れた人に楽しんで貰えるようにと全般的に手入れをしている。頼まれた訳でもなく無償で。たまに、こういう田舎に行き、花が沢山咲いているのをみると、自然が豊かとしか思ってなかったが、こういう住人の好意もあるだと気付かされた。小さな体で、それはそれは大仕事をしている。車道にちょろりとはみ出してしまった木を、通る人が危ないからと切る。大してはみ出している訳でもなく、車通りも多い訳でもないのだが、その気遣いが素敵だ。住宅街の小さな庭の手入れを全然せずに、伸ばし放題にして道路を圧迫して交通の邪魔をしているのに、伐らずに変な権利を主張しているアレさんは、見習えよ!と思わずにいられない。

ムツさんが亡くなった後、数少ない他の住民も次々亡くなり、集落に住む人は居なくなったが、時たま子供らが帰って来て伝統を守っていくという終わり方だった。子供らも60代にさしかかる年齢だから住むのは難しいだろうね。誰も住まなくなりドンドン朽ちていく家々をみるとなんとも言えない切なさがあった。

一番印象的だったのは、旦那さんに先立たれた後も、1人で木々を手入れをしているムツさんが、山で草刈り途中にひと休みしている姿。自然に溶け込んでいて妖精に見えた。
なんとも不思議な作品だった。

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