嵐が丘の作品情報・感想・評価・動画配信

「嵐が丘」に投稿された感想・評価

R

Rの感想・評価

3.0
ワイラー版『嵐が丘』に続いて、田中裕子×松田優作の『嵐が丘』を鑑賞。吉田喜重監督によって、エミリー・ブラント原作に大筋は似ているものの、舞台を鎌倉時代の日本に移して、だいぶ翻案されている作品。独特な世界観が迫力あり。

「嵐が丘」のヒースクリフ役は「鬼丸」(松田優作)、キャシー役は「絹」(田中裕子)が演じており、オリジナルのような心に秘めた相思相愛ではなく、本作では鬼丸は絹を惚れぬいているものの絹は鬼丸を「鬼丸、私の呪いにかかりおって!死ね、鬼丸!」というようなアレンジあり。

この吉田喜重版『嵐が丘』を最初に観てしまうと、ほかの吉田喜重監督作品のような意味不明感を抱くのではないだろうか?
原作のオリジナルストーリーを知っていることが前提となっている気がした。

鏡に映った絹(田中裕子)を映すシーンが、とっても綺麗!

この日本版『嵐が丘』は、狂気に満ちた松田優作の迫力もさることながら、田中裕子・石田えり・高部知子の3人がヌードを披露。田中裕子は『北斎~』や『ザ・レイプ』でも、石田えりは『遠雷』でもヌード披露あり。当時はヘア解禁前だったので、本作ではフルヌードぎりぎりの見せ方。

どこでロケしたのかが気になったが、エンドロールでは御殿場や阿蘇だったようだ。
吉田喜重監督の正体見たり。日本批判三部作が非常にわかりにくく辟易したが、この映画はとてもわかりやすい。構想28年、55歳で制作した今作を観て感じるのは、難解さや前衛的な画作りの虚飾を剥いだ底力だ。松田優作もまた然り。田中裕子だけが突出していた。
なすび

なすびの感想・評価

4.0
うお…うおおお、うおおおおお!今まで見た『嵐が丘』映画化の中ではダントツいちばん良かった。凄まじい。嵐が丘の小説のすごさって何かといえば、激しさだと思うんだけどこの映画でもとにかく何もかもが激しくてすごかったです…

トニ・モリスンの『青い眼がほしい』の中に
「愛は、愛する者以上のものには決してならないのだ。よこしまな人々はよこしまに愛し、はげしい人々ははげしく愛し、弱い人は弱々しく愛し、おろかな人々はおろかな愛し方をするが、自由な人間の愛が安全なことはかつてない。」
という文章があるのだけど、ヒースクリフとキャサリン(この映画の中では鬼丸と絹)の愛はまさにはげしい人々ははげしく愛することしかできないのだと思わされる。さらに2人の生い立ちや血筋、住んでいる環境全てがそのはげしさの根源であり一要素であるのだと思う。鬼丸は絹を愛し、激しく愛するからこそ呪い、憎み、その矛先は絹を奪った一族や、絹の体を蝕んだ大地や、絹が行くことになったあの世にまで及ぶ。

主演二人の演技がすごい。てか適役です…

田中裕子の、あの声。どこから聞こえてくるのかよくわからない、一度地獄を経験して帰ってきた人みたいに落ち着いた声。それから左右非対称の顔。丸い手鏡をのぞきながら「鬼丸はあたし。あたしは鬼丸」という時、本当に半分は鬼丸で半分は絹なんじゃないかという気がした。あんな田中裕子のせがむ顔に「鬼丸、裸になれ」と求められたら断れないと思う。京マチ子とはまた違う、純粋さが強いだけにもっとイっちゃってる能面顔。こんな女優だったんだ、おそろしいね。他の出演作も見てみたくなった。

松田優作は待ってましたァ!こういう役が見たかった!似合う!183センチのバケモノ体格を生かした、マジガチの鬼👹こんな男が山奥に住んでたらそりゃたまに村に降りてきたら怖いわな。竹刀の使い方が獣的。顔も怖いし声も怖いし雰囲気が何よりヤバすぎて、いや松田優作はたぶん鬼丸を演じるために生まれてきたんですよ。色黒なのもいいよね、脱いだ時の体もすごかった…。ほんとに、乳の揉み方が荒々しすぎて見てるこっちが「やめてっ…!」ってなる。田中裕子に背後から襲われる感じもゾクゾクした。

音楽、舞台(すごいところ…)、祭りのシーン、殺し合いのシーン、全部雰囲気が統一されていて見応えある。長いけど、ゆっくりじっくり進むのが、嵐が丘の小説を読んでいたときの苦痛と全く同じで「これ、これ…この苦痛なのよ…嵐が丘ってまじでもう二度と読み返したくないような傑作なの…」って思い出しました。吉田義重監督の他の作品も見たいな!

最初のほう、琵琶で弾いてた歌、ぜったいKate Bush のWuthering Heights ですよね!!あの歌めちゃ好きです!!今のところ、嵐が丘の翻案だと歌がいちばんでこの映画が二番目に好き!
有名な原作である「嵐が丘」の設定を鎌倉時代にして描いた作品。

松田優作の狂気の芝居と、当時の女優ならではの美しさと妖艶さが際立つ。

山部一族に拾われた鬼丸。

当主の高丸に気に入られてはいたが、長男の秀丸からは下人と言う事もあって、蔑まれていた。

そんな中、長女の絹に恋をし、ふたりはいい関係になる。

しかし絹はこのままでは巫女にならなくてはいけない為、鬼丸と肉体関係を結んだ上で、西の荘へ嫁ぐ。

そして領主の高丸が殺された結果、鬼丸は山部一族を出て行くのだが…

終始、幻想的で壮大で、且つ美しい風景が頭に残る作品。

そして、その非現実的な風景の中に、生々しい人間達が、人間らしい争いを続けるところがアンマッチで良い。

松田優作は本作に臨むのにあたり、能を学んだとの事。

口跡は置いておいて、所作は素晴らしいものがあった。

万人におすすめ出来る映画では無いが、個人的には大好きな部類に入る一作。

エロ文学系で恋に溺れる作品は邦画に多いが、そのジャンルの良いところを上手く使ってるなと思った。
 吉田喜重『嵐が丘』(1988)において、キャサリンであるお絹はヒースクリフである鬼丸と再会を果たすべく、恍惚と苦しみを同時に引き受けるような呪いを鬼丸にかけている。幼子の頃からともに仲を深めていたお絹と鬼丸は、お絹が初潮を迎えたことをきっかけとして都へ上り巫女となることを命じられる。巫女になってしまえば鬼丸とは一生はなればなれになってしまうことを案じたお絹は、西の荘の光彦のもとへ嫁ぐことを決める。お絹は婚姻の前夜に東の荘の開かずの間へと鬼丸を誘い、二人は一夜限りの契りを結ぶ。この肉体を伴った契りが第一の呪いとなる。それまで観念的な深い繋がりをお絹との間に感じていた鬼丸は、この一夜によって、性愛という身体を伴ったより深き特段の愛情を抱くようになる。この肉体への執着を鬼丸に与えることが、お絹の見出した鬼丸とともに少年期のような無垢なる幸福を獲得する手段であった。ジョルジュ・バタイユは「呪いとは、もっとも確実な祝福への道だと言うこともできるだろう」とエミリー・ブロンテを論じるなかで述べている。吉田喜重『嵐が丘』において前景化するのはまさしく呪いがもたらす祝福であり、現実世界への呪詛と愛欲を通して徹底的に死へと接近していくことでそれが果たされるのである。
 愛欲を知った鬼丸にかけられる第二の呪いはもちろんお絹の死である。バタイユは「死こそ愛欲の真理であり、愛欲こそ死の真理である」と断言するが、死して骸となったお絹の姿を見んとするために、鬼丸はお絹の墓を掘り起こし、棺を開けてしまうのだ。腐敗の過程にあるお絹の骸は美と醜が同居したおぞましきものとして、鬼丸を酷く取り乱させる。眠っているかのような超然とした美しきお絹の顔を目にした鬼丸は一瞬の間恍惚とするが、その次の瞬間に蛆虫に食いつくされている脚を見てしまう。第一の呪いによって愛欲となったお絹への愛情は、肉体への執着を鬼丸に与えたのであった。そして、その肉体がまさに骸となり果て、永久に滅びようとする現実世界の惨さを目撃してしまうのである。以後、時間をおいては何度も墓を掘り起こすようになる鬼丸は「たえしのばなければならない「永劫の苦しみ」」を負うこととなる。愛するお絹の肉体が失われた現実世界は鬼丸にとっては無間地獄のような果てしない苦しみであって、彼に残された恍惚は自らの死である。
 第三の呪いはお絹が死の床で口に出す「鬼丸、死ね」という言葉である。この言葉は映画の終盤にヘアトンである良丸と鬼丸の決闘の際にも良丸の口から反復される。死の床でお絹は「あの世の地獄に(鬼丸と)ともに落ちてみせます」と光彦に告げる。お絹は鬼丸のことを何度も「悪人」だと罵り、「ともに地獄へ落ちてみせ」ると言う。なぜ「ともに」なのか。それはお絹には死こそが恍惚への道であることがわかっているからである。「人を呪い、この世を呪い、あの世までも呪う」鬼丸は「悪人」であって地獄へと落ちてもおかしくない存在だ。だが、お絹もまたその鬼丸に呪詛する「悪人」である。「悪人」はこの世の社会秩序や掟に対する背反性を有した人物のことである。従って、「鬼丸、死ね」という言葉は当然ながらお絹が鬼丸を憎むあまり出た言葉ではない。むしろ鬼丸を呪うことで鬼丸を現実の世界から救いだし彼らの恍惚の至高性を手に入れるための希望の祈祷なのである。
 お絹を失った鬼丸は開かずの間において、お絹との愛欲の契りを反復する。イザベラである妙を凌辱し「死人の代わりに犯されるのは嫌じゃ」と言わせるまでに残忍に肉体を貪る。妙は憤死し、お絹の骸と交わろうと鬼丸が棺を開けると、そこにはお絹の娘のお絹が入っており、鬼丸を揶揄する。鬼丸は娘のお絹のことも辱めようとする。そこにお絹の肉体の残滓を探し求めるかのように。だが、これは娘のお絹の策略であって、情を通じていた良丸に助けを求めることで、良丸は鬼丸との決闘を申し込み、良丸は鬼丸の片腕を切り落とす。鬼丸はここに至ってお絹の棺を抱えて火口へ向かうことで映画の幕が下りる。鬼丸がお絹とともに「死と崇高な陶酔の瞬間」を迎えることが示唆されており、お絹のかけた呪いが祝福の死を導くのである。
nekosuki

nekosukiの感想・評価

2.0
名作のリメイクだが、さも芸術的に見せてる、独りよがりな作品だと思う。

特に、死体にウジがわいているシーンが醜悪!

かなり、“松田優作”と“田中裕子”の演技に支えられている。
松田優作がすごい。後半特に凄い。まさに鬼。声に立ちすくみ、顔から目が離せない。武満徹の音楽も好い。
ローレンスオリビエ主演の嵐が丘が子供心に残っていたので、
あの閉塞感と狂気を、見事に富士山の中腹で再現したことに感動したのを覚えています。


この役は松田優作しかできないなぁ。他の人だったら薄っぺらくなる。

            昔映画館で
ozabon

ozabonの感想・評価

5.0
松田優作は自分の置かれた状況がわからず「なんじゃこりゃあ」ってなってる様がいちばんの持ち味な気がする。この「嵐が丘」と鈴木清順「陽炎座」での松田優作が私は好き。そして能面のような田中裕子が素晴らしい。
yaaa

yaaaの感想・評価

4.0
原作読んだことないけど、こんなに壮絶な話なのかと思う程激しい。
欲望をめぐる話なら「蜘蛛巣城」俺は君のこと大好きだー!バージョンに見える。
芸術という名の過剰や誇張をおもしろポイントに変換したら結構楽しめる。バタイユも絶賛した禁忌の物語と読み解いた吉田喜重監督は男女が見つめ会って…みたいなあまちゃんなことはしない。主人公、松田優作さんと田中裕子さん、石田えりさんらと濡場があるが強烈。優作さんの背部から犯しにかかる田中さんのアクロバティックなキス。石田さんのおっぱいを揉むというより乳を引きちぎろうとする優作さん。と過激に攻める。が、全体的にじんわり汗かくほどねっちょり繋いでいったら濃厚なのだが、結構スパーン、スパーンと省略して進行する。そこで熱が冷める感じ。長期の時間軸なのでしかたないが勿体ない。その分濃縮された優作さんと田中さんの狂気滲み出るお芝居は見もの。
強者ばっかりの現場なんで緊張感MAXなんかなと思ったが、メイキング見ると結構和気あいあい。なんかほっこり。
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