リバー・ランズ・スルー・イットの作品情報・感想・評価

「リバー・ランズ・スルー・イット」に投稿された感想・評価

ss

ssの感想・評価

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幼少期のお兄ちゃんがジョセフ・ゴードン・レヴィット!
かっ、かぁ~わぇ~!!
今の面影残しながらもちゃんとちびっこの顔しとるがな!

JGL目当てだったんだけど、水面に反射する光、森林の青々しく素晴らしい景色、家族との思い出…。
映像美だけでもうっとりできるし、本当に小説の中に入りこめる作品。

それにブラピも若々しくてちらちらした前髪も可愛くて、もう!
兄弟っていいね。男の子同士だと容赦なくて見ててヒヤヒヤするけど微笑ましい。

ストーリー自体は、あれ何かデジャヴ?って思う位4コママンガ的な展開ではあるものの、情景や釣りのシーンが美しくて、それはもう最高でしたわ。

2018/4/12
足立涼

足立涼の感想・評価

4.5
フライフィッシングをとおして人間同士のつながり、家族の絆を描いた作品。
アメリカの大自然の美しさも見逃せませんが、若かりしブラッドピットのフライキャスティングがかっこいいです。
小倉

小倉の感想・評価

4.2
釣りのシーンが美しく印象的。男ふたり兄弟の長男が観るとひときわ感慨深いものがあるように思う。あとは、若かりしブラッド・ピットがかっこよすぎる。
初めて観たのは何年前だったか。
レッドフォードの再来を思わせたブラッドピッドの美しさがこの作品にはあります。フライフィッシングという一見地味なものにフォーカスを当ててそこにすら芸術を感じさせる作品。

http://www.wolfofactor.net
俺はいたって普通の人生だが、弟ときたら…って感じ。人生は川の流れの様か、なるほどそんな映画だ。さすがアカデミー撮影賞撮るだけあって、フライフィッシングシーンなど風景描写が美しく印象に残った。そして爽やかなブラピ。こりゃ確かに世界中が惚れるは。

このレビューはネタバレを含みます

フライフィッシングのシーンだけでも見る価値のある映画...

悲しい映画ではあるんだけど、老人の目線で語られるので、フラットな気持ちで見られて、何故か鑑賞後は爽やかな気持ちになる。
(2018年DVD35本目)
(2018年通算73本目)
numa

numaの感想・評価

4.0
ストーリーは派手なものではなく、淡々と兄弟と父親を中心とした話を描いている。
フライフィッシングの釣り糸が空中を大きくなびく場面が美しく、話の顛末を納得させる。
釣りをしている人を見ると毎回思い出す映画。
とても綺麗で美しい作品。
セリフの言葉選びがとても綺麗で和訳が素晴らしいと思った。

母にブラッド・ピット出演のおすすめはないかと聞いたところこの作品を勧められた。

生き方はその人によって様々。それは兄弟も例外ではなく、お互いに知らないことも沢山ある。それでも絆はあるということを教えてくれた。
年をとってからもう一度見たい。
az

azの感想・評価

3.0
ブラピが出てなかったらお兄ちゃんも良い男に見えるんだけどなぁ、って思ってずっと観てた。わら
ある家族の物語と美しい自然の姿が溶け合い、フライフィッシングという人間の営みのリズムで、この映画がラストの敬虔な信仰告白に導かれる時、信仰者は静かで深い感動に包まれる。

"川にある岩は大昔に堆積した砂を雨が固めてできたものだ。しかしその下には神の言葉が横たわっている。"

これが冒頭で父の言葉として引用される。

神の言葉によってこの世界は創造されたという信仰だ。

映画は牧師の家に育った二人の息子の話が中心になっている。兄は優秀で、弟は頑固だが内に秘めた強さがある。しかし牧師の家に育ちながら二人ともがそろっていわゆる「悪ガキ」で、成長しても酒をあおったりいかがわしい場所へ出入りしたり、あまりお行儀はよくない。禁酒法時代のアメリカである。
ところが厳格な父の姿が描かれる場面は稀で、むしろ心配はしながらも、もはや大人である彼らを見守る姿がそこにある。

弟が無惨に殺される前に、父と息子ふたりでフライフィッシングに出かける場面がある。兄がシカゴ大学に職を得たことを家族に知らせた日だ。いまや賭博で借金を作り、問題を抱えた弟息子は、複雑な表情を浮かべながらも兄を祝福する。その弟が兄や父を超えて技を磨いたフライフィッシングで大物を釣り上げ、その姿を兄はこう表現する。そこにあったのは完成された美そのものだった。そこはいつもの川ではなく、芸術品のような弟はこの世を超えた空間に立っていた、と。
弟は神の創り給うた類まれなく美しい存在なのだ。岩が、その存在の下に神の言葉を持つように、弟もまた神の言葉によって創られしものなのだ。

直後に、弟の死が告げられる場面が続く。衝撃を受け言葉を失った母、弟の死について何か他に知っていることは、と尋ねる父。

時間が経ち、父は最後の説教で語る。助けたくても、相手がその助けを拒むこともある。そんなとき私たちに何ができるだろう。しかし私たちには理屈抜きに愛するということができるのだ、と。
父はずっと、理屈抜きで兄弟のことを愛してきたのだ。見守ることしかできなくても。

ラストでは年老いた兄がひとりフライフィッシングをする場面とモノローグで閉じられる。
既に愛した妻もこの世にない。

しかしこの映画は単に失われたもの去った者たちへの郷愁や感傷に浸って終わるのではない、兄の姿、魂が谷間の夕べのなかで風景と溶け合うとき、そこに流れる川はもはやこの世のものではない。いつか信者がその中に入れられる天の都の川。黙示録に描かれる生命の川なのだ。そこで再び彼らは相まみえることだろう。

「私は川のとりこだ」

彼が最後にそう語るのは、彼がそこであらゆることを希望のうちに想うことができるからだろう。

深い余韻を残す映画だ。たとえ信者ではなくても、この映画の語ることに注意深く耳を澄ませば、すべてが滅びゆくこの世から、永遠の世界へと思いを馳せることができるかもしれないと思う。
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